86.カナン大平原を越えよう(13)
「次から次へと! よく思いつくな!」
そっちがその気ならこっちにも考えがある。俺はローガの方を警戒しながらも天井へ視線を移す頻度を上げる。出入口が開き、二十三人目が降ってくる。
ここだ!
「サクちゃーん! ヘルプー!」
大声を張り上げる。出入口は音を通す。俺の声は届くはずだ。
ローガは驚いた顔を俺に向け、二十三人目はうつ伏せで床に体を打ちつける。肉が叩かれるような鈍い音が鳴った直後、壁に出入口が現れ、二十四人目を押し込むようにサクちゃん登場。敵の体を力任せに突き飛ばす。
「呼んだか!」
「呼んだ! そこの赤いのぶっ飛ばしちゃって!」
OK! と答えたサクちゃんが二十四人目を棒で殴り飛ばし、ローガに飛び掛かる。俺は二十三人目を《過冷却水球》で氷結拘束。床に散った氷の欠片は邪魔なので解除し、意識が戻った連中を拳で再度気絶させていく。
とはいえ、意識が戻った敵は目覚めたばかりで朦朧としていたようで、術を心詠唱で放ってくることはなかった。ようやく終わったと額の汗を拭いつつ振り返ると、ローガが床に倒れていた。その側では、サクちゃんが腕組みして俺を見ている。
「いやー、助かったよー。結構キツかった」
「こっちもだ。こいつがローガだろ? とにかく厄介だったから早目に落としたんだが、こっちでもそうだったみたいだな」
笑顔で会話しながら歩み寄り、ハイタッチを交わす。
「冗談抜きで強いよこの連中。急な落下の衝撃って痛いよね? でも狼狽えてる時間が短いんだよ。拘束しても心詠唱で術撃ってくるしさ」
「ああ、分かる。外でも術がかなり厄介だったからな。フィルとヤスヒトが壁を作って防いでくれたから助かったが、一瞬ヒヤッとするよな」
壁に出入口が現れ、ヤス君とフィルが「お疲れー」と言いながら入ってくる。
「うわー、なんか前半めっちゃ几帳面に詰めてありますね」
「アハハ、本当だ。パズルゲームみたいだね」
「最初は順調だったんだけどねー。ローガが降ってきてからは拘束するだけで手一杯になっちゃったよ。まさかこんなに強いとはね。あ、それでさー、ちょっと困ったことになったんだよねー。こいつら心詠唱で術使ってくるでしょ? ロープで拘束するつもりだったんだけど、やっぱ解かれちゃうよね?」
「んー、術封印の呪符があればいいんだけど、僕は十枚も持ってないなー」
「ローガには絶対に貼ろう。今のうちに拘束もし直そう」
こんなことになるとは思っておらず、準備不足が否めない。誰が術を使ってきたのかをまるで思い出せないし、使う前に気絶させた者もいるので、選別して呪符を貼ることもできない。というか、そもそもロープが足りない。
「参ったなー。どうしたもんかねー」
「ヨナ婆ちゃんの眠り薬ならあるけど、使う? 魔物用だけど」
「魔物用って、危なそうだな」
「うん、そうなんだ……。人に使うと一粒で三日は起きないらしいんだよ……」
「怖っ、それ死ぬんじゃないすか?」
「一日以上は怖いよね。じゃあもうローガだけ外に出そうか。結局は説明しなきゃいけないし、この群れの頭なんだから、決定権もあるでしょ」
全員の同意を得られたので、術封印呪符を貼り付けて体育座りに拘束し直したローガを外へ運び出し、顔に水球をぶつける。起きない。もう一発。
二度目の水球で意識が戻ったようで、ローガが軽く呻いた。
「おーい、起きたかー?」
顔の前で手を振ってやると、ローガはハッとしたように目線を上げた。それから怪訝な表情になり、軽く俯き、周囲を見回してから俺を睨みつけた。
「手前ぇ、こいつは一体どういうことだ! 何故生かしてる! 早く殺せ!」
「いや、そういう訳にもいかないんだよ。話も聞いちゃったし、アープとデネブさんにローガを救ってくれって頼まれてるからさ」
「あ? アープと、デネブが?」
ローガが呟く。怒りの中に戸惑いが混ざったように見えた。
「話は聞いたっすよー。セイオの糞野郎の所為で酷い目に遭ったそうっすね」
「僕らは君たちに仕事を紹介したくて来たんだよ」
「セイオ? 仕事? 何言ってやがる? 手前ぇら、一体何者だ?」
「ああもう、少し黙って聞け。いいか、選択肢は二つだ」
サクちゃんがローガと目線を合わせ、真っ直ぐに見つめる。
「今お前は岐路に立たされている。忌み子のまま二十三人の仲間と共に悪名高い野盗として死ぬか、それともアルネスの街でアープとデネブと手を取り合って人生をやり直すか。後者の場合は二十三人の仲間も仕事を得る。罪は不問。お前らは死んだことになり、新しい身分を持つこともできる。どうだ?」
「な、何言ってんだ? 罪を不問? 新しい身分? そんなことできる訳がねぇだろうが! 人を馬鹿にするのも大概にしやがれ! とっとと殺せ!」
「うーん、しょうがない。じゃあヤス君《箱庭》から一人出してくれる?」
「うわー、嫌な展開。承諾しなかったら殺すんでしょ?」
「え⁉ ユーゴ、それはいくらなんでもまずいよ!」
俺は肩を竦める。勿論、演技だ。殺そうなんて微塵も思っていない。だが脅すのが手っ取り早いと思ってしまったのだからしょうがない。それにローガはヤス君とフィルの発言で少なからず動揺しているようだ。
んー、あとひと押しといったところかね?
「そうは言ってもねー。俺たちだって暇じゃないでしょ? 《箱庭》の中は空にしておきたいし、承諾してもらわなきゃ、結局全員極刑になるんだから、この場で殺したって一緒じゃない。無駄は極力省かないと。時間が勿体ない」
「確かにな。もう選択肢は提示した。前者を選ぶなら全員この場で殺せばいいだけだからな。破格の条件だと思うんだが、信じないことにはしょうがないよな」
サクちゃんも俺の演技に乗ってきた。目配せがあったので間違いない。いつぞやのフィルのように、とても悪い顔をしている。
「ま、待て!」
ローガが初めて焦ったような顔を見せた。
「まずは俺を殺せ。他の連中は後にしろ。命乞いしたら助けてやれ」
「え、命令? いや、あのさ、自分の立場分かってる?」
「こいつは駄目だな。話にならん。ヤスヒト、連れてきてくれ。俺がやる」
「ま、待て、待ってくれ! 頼む! 頼むから俺を先に殺してくれ!」
ローガが必死さを感じさせる口調で言う。声音はやや高く、眉尻を下げ、目は見開き、懇願と言っても過言ではない様子を見せる。
だが、何だろうかこの不快感は。凄くイライラする。心からの願いなのは間違いないだろうが、こちらの同情心を誘っているようにも感じられる。
ああ、そうか。これは哀願だ。
「お前、いい加減にしろよ」
俺はサクちゃんを軽く退けて跪き、ローガと目線を合わせる。
「顔に書いてあるんだよ。『もう嫌だ。俺の所為で人が死ぬのは見たくない。俺がいるからこんなことになるんだ。俺なんかいなきゃいいんだ。誰でもいいから殺してください』ってな。なぁローガ、お前、母親に救われたとき何て言われた?」
ローガが困惑したような素振りを見せ、呼吸を荒くする。
「『生きろ』。そう言われたんだろ? お前はそれに従ったに過ぎない。お前が呼び込んだ災いなんて何一つない。周りが勝手にお前をそうなるように仕向けただけだ! お前は忌み子なんかじゃない。ただのまともな男なんだよ!」
「ち、違う。俺は、俺は母親を食った忌み子だ。俺が死ねば、皆は――」
「お前が死んだら、皆死ぬぞ⁉ 皆がお前の後を追うぞ⁉ お前は大切に思われてんだよ! 友達だと思われてんだよ! だから一緒にいるんだよ! 仲間なんだろう⁉ だったら助けてやれよ! お前が助けなくて誰が助けるんだよ! 何でお前が死ぬ必要があるんだよ! 生きろよ! お前がまともでいられる場所を俺が用意してやるから! 生きろよ! 仲間と一緒に生きろよ!」
ローガは泣きそうな顔で俺を見つめる。目に涙が溜まって、溢れる。
「生きて、いいのか……? 俺は……?」
俺は「ああ」と言って頷く。
「生きてバスケでもすればいい。ローガ、バスケがしたいですって言ってみろ!」
「いや、ちょっとそれおかしい。ユーゴさん、それおかしい」
「バスケがしたいです!」
「いや、言わなくていい。おかしい。ローガも言わなくていいからそれ」
なにはともあれ懐柔は完了した。しかしまさか本当に言うとは思わなかった。
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