84.カナン大平原を越えよう(11)
「凄いです! それならワブ族だけでなく、ユオ族の中でも風習に辟易した者や、毛色で蔑まれている者まで救われます! 移住、素晴らしい案です!」
「いや、むしろどうして今までそれをしてこなかったのかが疑問なんだけども」
「移住はずっと禁じられていたんですー。余計な争いを生むからってー、ワブ族の方からー。こっちはアチシが族長になってからは何もないですよー」
ヤス君が呆れたように鼻で笑う。
「やっぱり、セイオとかいうクソ野郎のときは何かしらあったんすね。まぁ、聞いたところで胸糞悪くなるだけなんで、どうでもいいっすけど。それでユーゴさん、肝心の予言と組み合わせるみたいな話は?」
「それなんだけどねー、昨晩デネブさんが『血の憎悪を断ち切る』って言ったんだけどさ、そこがどうにも引っ掛かってね、予言を思い返してみたら『血の憎悪を打ち払う』だったんだよ。予言を知っているデネブさんが『断ち切る』って言葉を無意識に選んじゃってるってところが何らかのメッセージとも受け取れてね。それも予言に含まれた部分なのかな、と。なんとなくだけど、組み合わせることで最良が導き出される気がしたんだ。つまりこの予言は、血の憎悪に深く関係した者たちを、カナン大平原から『追い払い縁を切らせる』っていうのが正解なのかなーっと」
アープが「え?」と声を出して硬直する。
「英雄様……! それは、それはまさか、ローガたちだけでなく、アープも、この部族と縁を切れるということですか⁉」
「うん、アープは族長やめたいって言ってるし、デネブさんもユオ族に未練はなさそうに見える。ていうか、デネブさんはアープから離しちゃ駄目だと思う。制御役は必要だからね。それでフィルよ。俺たちは今、あることで困ってるだろ?」
「僕たちが困ってること? あー! ルームシェアか!」
フィルが大声で言う。だらだら聞いてたのに、急に前のめりになる。現金な奴め。でも素晴らしいリアクションだった。仕方ないから後でアイスをあげよう。
「まぁ、そういうこと。アープとデネブさんとローガの三人は俺たちと暮らす。或いは隣家で暮らすとかね。悪い話じゃないと思う。ただ、二人が黙って集落を出ると、百人以上いる風習にうるさいユオ族が取り戻しに動いちゃうから、そうならないように、その風習大好きな頭を逆手に取らせてもらうんだ」
「どういうことだ?」
サクちゃんが眉間にしわを刻んだところで、ヤス君が手を叩いて笑う。
「ハハハッ、そういうことっすか。風習って、要するに予言の口伝も含んでるってことっすもんね。それだけしきたりを大事にしてる頭なら、予言通りに救済があるって信じてないと逆におかしいっすわ。要は予言の英雄を完成させるんすね」
「流石、察しがいいね。俺たちが予言の英雄一行だってことはもうこの集落じゃ周知されてるじゃない? だからそのまんま予言に沿った行動を取るんだよ。そしたら陰で偽物だって吹聴したり疑ったりしてる連中も黙らせることができる」
「つまり、俺たちが訪れた時点で予言が開始されたことになり、血の憎悪には悪名を轟かせているローガたちが当て嵌められる。それを取り除けば、予言に沿った行動になり、俺たちは英雄と認められる訳か。さっき聞いた話で条件は達成するな。だが、それでアープたちを解放できるのか?」
「できるね。色々考えたんだけど、いくら英雄と認められたからって、青毛を神聖視したことが間違いだったとか、赤毛は忌み子じゃなかったとか言ってもさ、頭の凝り固まった連中に言葉だけで改めさせるのは正直難しいと思うんだ。誰が何を言っても響かん者は多いからね。だから、もうアープを嫁にもらっちゃおうかと」
えー! という大声がフィルとアープの口から発せられる。
「ユーゴ結婚するの⁉」
「ワフッ⁉ アチシを嫁に⁉」
驚くのは分かるが、こういうことだけ反応が機敏なのが困る。デネブさんは理解しているようで、アープに「お座り」と言って、俺に頭を下げた。
「それならば、英雄様とよしみを結ぶという形で、風習にうるさい者たちからも喜びをもって受け入れられると思います。俺も付き添いとしてユオ族から離れることができますし、これ以上ない妙案だと思われます。それで、おそらくそうだとは思いますが、その話は建て前ということでよろしいでしょうか?」
「うん、飽くまで建て前。連れ出す為の手段に過ぎないよ。式とか祝いの宴とかもなし。俺たちもなんだかんだ忙しいから、そういうのに時間は取られたくないんだ。デネブさんの方で上手くやってもらえないかな?」
アープがしゅんとし、フィルはホッとしている。デネブさんは「なんとかしてみます」とは言ったものの、難しい顔。やはり何かしらの証は立てないと厳しそうなので、ここでもエドワードさんに助力を願うことにした。
《異空収納》から紙と万年筆を出し、手紙を書いてデネブさんに渡す。
「これをアルネスの街の冒険者ギルドにいるミチルという名前の職員に渡してください。デネブさんは一人で向かうだけの力はありますよね?」
「大丈夫です。すぐに向かえばいいですかね?」
「集落でやることを終えてからの方がいいですね」
「分かりました。では、こちらですべきことを済ませます」
デネブさんがお辞儀をして立ち上がり部屋を出ていく。
「アチシは何かすることありますかー?」
「英雄様に嫁ぐことになったって言ってればいいよ。時期は血の憎悪が払われた後で、準備が整い次第アルネスの街から辻馬車の迎えが来るって」
「わふー。本当に結婚するとかは?」
俺は笑顔で「ない」と断言する。アープは「そうですかー」と項垂れたが、よくもまぁ出会って間もない男に求婚なんかできるなと思う。大丈夫か本当に。
「さて、それじゃあ俺たちはローガ一味を取っ捕まえに行きますか」
「それはいいんだけど、捕まえた後はどうするの?」
「ヤス君に運んでもらう」
「え⁉ 俺っすか⁉ あ、ああーそうかー。《箱庭》かー……」
「この集落には馬があるからね。乗馬って大変らしいけど、ヤス君なら大丈夫さ。頑張って慣れて。お尻がやられても、俺が回復してあげるからね」
溜め息を吐くヤス君の背中を軽く二度叩く。「俺、動物苦手なんすよね」と言うが、残念なことにヤス君以外は《箱庭》を使えない。呑んでもらうしかない。
「あー、それとね、別に今回は気は張らなくていいよ。戦う必要もないからね。俺が《箱庭》に入って待ち構えてるから、ヤス君はどんどん落とし穴みたいにして放り込んでって。落ちてきた奴から順番に《過冷却水球》で凍らせていくから」
「凄い合わせ技だな。で、俺が二人の護衛って感じか。よく思いつくもんだ」
「相手が気の毒っすわ。怖ろしいこと考えますね」
「それなら僕は防御と牽制に徹する感じだね。了解したよー」
アープに「ほんじゃ行ってくるね」と軽い感じで別れを告げて部屋を出た俺たちは外に出て驚いた。ユオ族の民がズラッと並んで道を作っていた。皆、敬意を表す言葉を掛けてくれたが、目つきがどこか異常に感じられた。俺たちはちょっと恐怖を感じる眼差しで見送られながら集落を後にした。
「お婆さんに『ありがたや』って拝まれたんだけど……」
「僕もー。五、六十人は来てたけど、ほとんど皆、目が飛んでたよね。僕の知ってる尊敬とか羨望の眼差し超えてたよ。もう崇拝っていうか、危ない感じ」
「畏れ多いって意識があるからか、どこ見てるか分からないんすよね。一人でも十分怖いっすけど、群れを成されると異世界に迷い込んだ気分になりますよね」
「実際、迷い込んだんだけどな。異世界」
サクちゃんが言った後、沈黙が訪れる。俺たちは皆で静かに顔を見合わせ、謎の我慢大会を開始したが、フィルが噴き出して全員「だよねー」と手を叩いての大爆笑。一頻り笑った後は、談笑しながらカナン大平原を東に向かって歩き続けた。




