83.カナン大平原を越えよう(10)
怖ろしい夢を見た、と思った。しかもはっきりと覚えていた。見たこともないはずのデネブさんに似た男が現れて、あんな風に思いを吐露するというのは、どこか神がかっているように感じた。
それでステボを確認したところ『精神感応』というものが増えていた。説明を読むと『他者の心と繋がる超感覚的知覚を得る。ただしそれを強く願う者にのみ発揮される』とあった。
おそらく昨晩の夢はデネブさんと繋がったことで見たのだと思う。とにかく俺に伝えたいという強い思いがあったのだろう。俺も寝る前にもう少し詳しく知りたいと思っていたし、過去に体験した場面を見せられたのだと解釈。任意で使えないか試してみたが、誰にもまったく反応しなかった。
使えるのか使えないのかよく分からないスキルだが、無意識に人の強い思いを感じ取るとしたら厄介なスキルを得てしまったと思う。正直、ポカンと忘れられるのならそうしたい。五つ以上覚えたら交換ポカンでもいいと思う。
それはそうと、朝食時に、ヤス君は何事もなく合流した。外に出て《箱庭》に入って男泣きしていたら泣き疲れて寝てしまっていたという。多少、目は腫れぼったいが、スッキリした顔をしていた。これなら作戦に参加できそうだと安心する。
ヤス君の意見も聞きたいので、食べながらざっくりと昨晩の話をした。ヤス君は最後まで黙って聞いた後で、何かを話そうとした。が、俺はそれを止め、意見は後にしてもらうようにお願いした。さらっと解決されると寂しいからね。
朝食はアープとデネブさんも交えて俺が《異空収納》から出したものを食べた。パンとスクランブルエッグと香辛料たっぷりの腸詰め入りのポトフ。
昨日の泣き顔はどこへやら、アープは目を輝かせて尻尾を振り回し、大喜びで食べていた。デネブさんも美味しいと驚愕の表情を浮かべて食べてくれたが、やはり遠慮したようで、少し物足りなさそうだった。ミヅキさんのときもそうだったが、それが普通だと思う。客が出した食事を無遠慮に食べるアープが異常なのだ。
こいつで本当に大丈夫なのかねぇ……。
やや不安だが、ピースが嵌まるのだから仕方がない。腹ごしらえも済んだので、予言の内容を踏まえて、組み立てた作戦を皆に説明することにした。
「はーい、それじゃあ作戦について説明します。と言っても至極単純です。ローガとワブ族の野盗集団にはとっとと死んでもらいます」
「そんな、英雄様⁉」
デネブさんが険しい顔で口を挟むのを手で制して止める。アープも愕然としているが、話は最後まで聞いてもらわねばならない。
「早とちりしないでね。死んでもらうというのは、飽くまでも世間的にということね。本当に死んでもらうという訳ではないよ」
「何を考えてるかは知らんが、被害者がいるんだ。捕縛と償いは必要だぞ」
「勿論、捕縛はする。償いもね。死んだことにしてもらうのは捕縛後の話。今の俺たちに必要なものを増やす良い機会なんだよこれが」
「勿体ぶるねー。僕は降参。早く聞かせてー」
フィルが匙を投げた。両手で体を支えて足を投げ出す。アープも真似をしたが、すかさずデネブさんが《異空収納》から膝掛けを取り出し、下着の露出を覆い隠す。
「デネブ兄様ー、見せようとしているんだから邪魔はしないでくださいー」
「断固拒否する。色仕掛などしても英雄様には通用せん」
「やってみなければ分かりませんよー?」
「あー、俺たちは『魅惑無効』ってスキル持ってるから、打算が含まれてるような誘惑は一切効果がないよ。わざとやってるんだったら意味がないからね」
アープが目を丸くした後で膨れっ面になる。その隣でデネブさんが「ほらみたことか」と肩を落として溜め息を吐く。話の邪魔はしないで欲しいものだ。
「はーい、話を続けるよ。現状、俺たちが最も必要としているのは戦力だよね。魔物化騒ぎに、ひいてはラグナス帝国の謀略に対抗する手駒が一つでも多く欲しいと望んでる。早い話が、そこにローガたちを加えるってこと」
「おお、その手があるか。いや、でも罪はどうするんだ?」
「命の危険を伴うような仕事をさせることを条件に、エドワードさんに頼んで不問にしてもらう。ローガは死に場所を求めてるし、連れのワブ族の若者も自暴自棄になってるだろうから、危険は望むところだと思うんだよね。とはいえ、鍛錬は思いっきりしてもらうつもりだけども。簡単に死なれちゃ困るし」
「双方のニーズに合う上、見ようによっては罰を受けてる形になりますからね。貢献で償いにもなるし。俺も同じこと考えてました。で、冒険者ギルドの討伐依頼はジオさんに取り下げてもらうか、完了扱いにしてもらうかするんすね」
俺は「そういうこと」とヤス君を指差して言葉を続ける。
「できれば討伐完了扱いが望ましいね。死んだことにしてもらいたいから。それで、新たな身分を用意してもらって、ローガ以外の身元の引き受けはサイガさんとヒューガさんにお願いしようと思ってる。元がまともなのが狂っちゃってる感じだから、環境次第じゃまた更生すると思うんだよね。仮に駄目だったとしても、二人にしばかれて終わりだから憂いもない。でもって、ローガは兄妹に任せる」
デネブさんが「英雄様……!」と呟いて目を潤ませる。アープは両手を組んで膝立ちになり、満面の笑顔で目を輝かせる。「はいそこ、尻尾で絨毯を叩かない。埃が立つからね」と注意したところでサクちゃんが腕組みし、軽く息を吐く。
「なるほどな。パイラブ村でも思ったが、ユーゴは本当に知恵が働くな」
「サクヤ、よく恥ずかしげもなくその村の名前を口にできるね」
「ぐっ、仕方ないだろ。そういう名前なんだから。名前は呼ぶ為にあるんだ」
「間違ってもミヅキさんの前では言っちゃ駄目っすよー。どうしてもってときは開拓村とかスパイキークラブの村って略さず言うのをお勧めします」
「あー! そういや俺、リンドウさんとこにスパイキークラブのお土産渡してないや! うわー、すっかり忘れてたよ!」
不意に頭を殴られたような気分。異空収納内にはどれだけあったろうか。確認したが、まだ二十匹はあった。お土産にするには十分な数だろう。ホッと一安心。
「ユーゴ、話が変わってるよー」
「ああ、ごめん。えー、それでね、ローガ一味がいなくなることで、ほぼワブ族は存続不可になる。だから、ユオ族の中で風習を気にしない人たちを移住させる」
アープとデネブさんが目を見開いて顔を見合わせる。そして喜びを分かち合うように頷き合うと、興奮した様子でまた俺に顔を向けた。




