78.カナン大平原を越えよう(5)
夕暮れ時、俺は太陽が沈んでゆくのを眺めながら夕食の準備をしている。
ヤス君が《箱庭》を使えるようになったので、別に外で食べる必要もないのだが、多数決を取ったところ、全員一致で外での夕食が選ばれたからである。
「この絶景っすよ? 眺めないなんて嘘ですよ」
「だな。今日だけでも満喫したい。いつまでも天気が良いとは限らんしな」
「僕も同感。どちらかと言えば雨の日が好きだけど、景色を楽しむなら断然晴れてる方が良いよね。凄いよやっぱり、星もちらほら出てきてる」
「気が変わってなくて良かった。取り敢えずテーブルと椅子だねー」
俺の《異空収納》はパーティー内で最も容量が大きい為、野営道具が入っているのだが、いつでも快適に食事がとれるようにやや小ぶりな四人掛けのテーブルと椅子も入れてある。それらを出して配置すると、何も言わなくても皆椅子に腰掛けた。
食事に関してはお任せだと言われたので、適当につまんで食べれるものを皿に載せて出した。フライドポテト、骨付き肉、串焼き、それとパンと水。
「他に何か注文あったら言ってねー。在庫はたっぷりあるよー」
「毎回思うんだけど、本当にお金はいいの?」
「んー、今のところいらないね。必要になったら声は掛けると思うけど」
「いつでもどうぞっす。こんな美味いものが無料っておかしいっすからね」
「だよな。金払ってでも食いたいくらいなのに」
「まぁ、パーティーだし、俺が好きでやってることだからね」
最初はものを買い揃えるのにそれなりに費用は掛かったが、実のところ、そこまで大きな出費ではない。一食あたり、屋台や食堂で食べるときに必要な金額の五分の一程度。つまり四人で腹いっぱい食べても銀貨一枚が関の山。
大して懐は痛くないんだなこれが。
理由は食材のまとめ買いと大量調理。市場でかなりの量を購入しているので値引きが利いている。それに作ったものを食べ終えるまで追加で食材購入をする必要もないし料理もしなくていい。
その上《異空収納》はものが腐らないので廃棄の必要もないときている。無駄がないのだ。下手に集金するとこっちが儲かってしまう。
それでも無料は調子に乗っているのではと考えなかった訳ではない。ただ、幸せ愉快犯とあだ名をつけられる程には俺も人に喜ばれるのが好きなので、自己満足を得る為の手段であることを思うと、どうにも金を取る気にはならないのだ。
料理人ではなく冒険者ってところも大きいんだよなぁ。
しっかり数えていないが、まだ金貨三百枚はあると思う。その金を使い切る前にまた魔物を狩ったりダンジョンに潜ったりするのだから、支出よりも収入が遥かに大きくなるのが目に見えている。
だから別に調子に乗っている訳ではなく、むしろ俺がパーティーメンバーとして認められるのに必要な経費と思い直した次第。何もしなくても四分割された報酬を貰うことの多いこと。
雑用くらいしないと捨てられちゃうわ。さっきのロックサウルスも何もしてないのに報酬貰えちゃうんだもんな。皆のお陰でお金が全然減らない。
お金といえば、実は行きの道中でも考えていたのだが、話が長くなることを考えて敢えて止めておいたことがある。それを皆に伝えることにした。
「ウェズリーの帰りにさ、リンドウさんのとこに寄ろうと思ってるんだけど、いいかな? いい加減、借金も返さないとだし」
「異議なしっす」
「僕もウイナちゃんとサイネちゃんに会えるなら断る理由がないね」
「ギーだったか? そいつの話も聞くってことだな?」
「まぁ、そういうこと。皆で聞きに行くって約束しちゃってるからね。何か、ハンの一件で話に絡んできちゃったし、聞いておいた方がいいかなーって」
「そうだな。相手がどういう奴なのかは知っておいた方が絶対にいい。それを知らなくて命を危険に晒すことになるのは避けたいからな」
「それは間違いないっすね。性格的なことは、俺が友人から聞いた話で伝えましたけど、術とか攻撃方法とかは聞いておきたいっす。それにしても、ギイチ・コガネイっすか。まさか死んだ友人の知り合いがこっちに来てるとは思いませんでしたわ。それもリンドウさんたちすら困らせる極悪人として」
「極悪人か。それを聞くと万全を期したくなってくるな。新術の開発と鍛錬は順調だから、あとは装備品の買い替えが必要か」
それぞれ思い思いに食事を手に取って食べながら会話を続けていたが、不意にフィルが溜め息を吐いた。皆の視線が集まる。
「皆、大事なこと忘れてない?」
「大事なこと? 何かあったっけ?」
「家だよ。僕らの住む家。もう僕は寮を追い出されるまで三ヶ月切ってるんだよ。そろそろ物件見つけておかないと困ったことになっちゃうよ」
サクちゃんが気まずそうな顔で「その話だが」と前置きして言葉を続けた。
「俺はミヅキさんと一緒に暮らすことにしたから、三人で決めてくれ」
「あ、それなら俺もパスでお願いします」
「やっぱりそうなるよねー。ヤス君《箱庭》に住めるもんね」
「ハハッ、すんません。バレてましたか」
ヤス君が悪戯っぽく笑う。その苦笑混じりの顔を見て俺は肩を竦める。
「《箱庭》を見た時点でそうなると思ってたよ。魔力も必要ないなら、その中ほど安全で快適な場所はないし。俺が《箱庭》を使えても同じことをするよ」
「じゃあ、ユーゴと僕だけ? もしかしてユーゴも?」
フィルが不安そうに俺を見る。俺は肩を竦めて溜め息を吐く。
「安心しろ。ちゃんと一緒にいるから。ただ二人だと心許ない感じはあるよな。お金はあるけど、セレブ生活をする気はないし、何か考えないとね」
「ルームシェアとか? でも僕ら訳ありだからね。ミチルさんくらいしか」
フィルはそこで言葉を止めて身震いした。おそらく変貌後のミチルさんを想像したのだろう。そうなるのが分かっていたから敢えてルームシェアを口にしなかったのに。自分から地雷を踏みに行っちゃったよ、この小さいおっさん。
だが思い出せ、あのときミチルさんを連れて来たのはお前だフィルよ……。
つまむものがなくなったところで帳が落ちた。星空の輝きが凄い。
「あー、これ魔物さえいなきゃずっと見てられるんすけどねー」
「警戒を怠る訳にはいかないからね。光球は幾つか浮かべておかないと」
「俺も手伝おう。何かダンジョンの上層を思い出すな」
俺はサクちゃんと一緒に《光球》を四方に浮かべる。辺りが照らされる。
「そんなことしなくても、もう《箱庭》に入っちゃえばいいんじゃないの?」
「遊牧民とニアミスは避けたいんだよ。フィル調べだと、ユオ族だっけ?」
「そうそう。移動集落を拠点に遊牧してて、春夏期は北部にいるんだけど、秋冬期は南に移るって話。もう秋一期に入ってるから、南下してるはずなんだよ」
カナン大平原の遊牧民は、土魔法で家屋を作り、畑で作物も作る。
種族は獣人の狼人で、争いを嫌う平和な種族であるユオ族と、攻撃的なワブ族が存在する。ユオ族は平原西、ワブ族は平原東を縄張りにしている。
「ユオ族が風の精霊が集う祠を祀っているんだよ。ユーゴは覚えてるかな? 一緒に屋台の箸巻きみたいなの食べたでしょ? その屋台の店主がワブ族出身なんだよ。この話も、そこの店主から聞いたんだ」
「あー、確かに狼人だったね。けど意外だなー。確かに凄い目つきの悪い人だったけど、そこまで悪い印象なかったんだけどな。元盗賊だったの?」
「どういうことっすか? なんか急に物騒な話になったんすけど」
「えーっとね、ワブ族は旅人、商人、周辺の村を襲撃して略奪を行うことで盗賊として悪名高いっていう話が出回ってて、それで僕も店主がワブ族出身って聞いて驚いたんだけど、族長が変わる前はそうじゃなかったらしくてね。前の族長が亡くなったときに逃げてきたらしいよ。一年くらい前のことだって」
フィルが話している間に、馬に乗った人影が幾つか見えた。かなり遠いが、徐々にこちらに向かっているのが分かる。サクちゃんが立ち上がり、指差す。
「おい、あれ」
「遊牧民との遭遇だね。問題は、ユオ族かワブ族か」
「ユオ族じゃなきゃおかしいよ。まだ中央に到達してないんだから」
「野盗の可能性もあるだろ。ヤスヒト、どうだ?」
「難しいっすね。探知範囲には入りましたけど、警戒してるような動きとしか言えないんで。こんな場所に光球浮かべてテーブル囲んでる連中がいたら、野盗でなくても警戒はするでしょうし」
「まぁ、それが狙いでもあったんだけどね。夜の明かりは目立つから」
おそらくはユオ族だと思われるが、念の為に後片付けをして待つ。しばらくすると、馬の数は五頭というのが判然とした。すべて人が乗っている。
五つの人馬の影は百メートルほど先で止まった。それから少しの間を置いて、そのうちの一つだけが近づいてきた。
「暫時! こちらに害意はない!」
三十メートルほど先で人馬が止まり、そんな声が上がる。光球で照らし出されたのは、民族衣装のような装飾の施された貫頭衣を着た狼人と思しき男性だった。
「我らは、このカナンの西の支配を、クリス王国初代国王コーキ・クリスより賜ったユオ族である! そちらはどのような思惑あってこの地に参られたのか!」
は? 今なんて? コーキって言わなかったか?
「こちらは、アルネスの街より訪れました! 風の属性を求めて来た冒険者です! どうかユオ族の集落にお招き頂けないでしょうか!」
フィルが大声で返すと、馬に乗った男がゆっくりと近づいてきた。顔立ちは精悍で凛々しく、若く屈強な印象。腰には曲刀を帯びている。
「害意はないと見える。我が名はデネブ。ユオ族の戦士長を任されている」
「僕はフィルです。こちらは旅の仲間のサクヤ、ヤスヒト、ユーゴです」
「ユーゴだと?」
デネブさんがピクリと反応し、俺を見て呟き、かぶりを振る。
「いや、丁寧な挨拶、痛み入る」
デネブさんが馬から降り、歩み寄ってくる。そして、先頭で受け答えしていたフィルに向かい手を差し出す。フィルはその手を取り、笑顔で握手を交わす。
「フィル殿と言ったか。その振る舞い、立ち姿、とても冒険者とは思えん。高貴な方ではあるまいか?」
「いえ、僕はただの冒険者です。彼らも同じく」
フィルが俺たちを手で示す。だが、デネブさんは目を細めて俺ばかりを見る。俺も見つめ返す。どうにもおかしな言葉を聞いたような気がする。
「デネブさん、失礼ですが、お訊きしても?」
「うむ、俺もユーゴ殿に訊きたいことがある」
ではそちらから、と俺は手振りで譲る。
「ユーゴ殿は姓はあるか?」
「あります」
「差し支えなければ、教えてもらえまいか?」
俺が「カガミです」と答えると、デネブさんは目を見開いた。そして、興奮した様子で「森の向こうの海から渡ってきた人ではないか」と訊いてきた。
俺は驚いた。どうしてそんなことまでデネブさんが知っているのか。だがこれに関しては、俺の独断で答えて良い話ではない。渡り人組と顔を見合わせる。
「俺は別にいいっすよ。デネブさんは悪い人には見えないっす」
「俺も構わん。ユーゴに任せる」
俺は二人に「ありがとう」と感謝を伝えてから、デネブさんに向き直った。
「デネブさんの言う通りです。俺は海を渡ってこちらの世界に来ました」
俺が答えるなりに、デネブさんが跪く。
「これまでの非礼、お詫び申し上げます」
「え、あの、いや、ちょっと」
「予言の英雄殿。我らが集落へご案内致します」
デネブさんの感極まった様子の言葉に、俺たちは呆然と立ち尽くした。




