77.カナン大平原を越えよう(4)
遥か先に飛んでいく矢を見つめ、しばらく呆然と佇む。
これは要するに、吸い込んだ攻撃をそのまま相手に返す術を生み出したということだと、俺だけではなく皆が理解しているはずだ。
ちょっとこめかみ辺りから汗が流れた。
「あのー、とんでもない術を開発してしまった気がするんだけども」
「これは是非とも教えてもらわないといけないっすね」
「そうだな。これは無属性だから俺たちも習得できるはずだ」
「ユーゴ、僕にもイメージについて教えてもらおうか」
カナン大平原を目にした瞬間に見せた仲間たちの清々しい顔立ちが、暗い欲望に塗れた邪悪なものに変わっていた。そんなに欲しいのかこの術が。
「いや、イメージはさっき言った通りだよ」
だから獲物を捕らえるような手つきでにじり寄るのはやめて欲しい。
「普通の《異空収納》感覚でいいんすか?」
「俺はそのつもりだったんだけど、別の収納が出来ちゃってたね。収納するっていうより、吸い込むというか、そこに攻撃を入れるイメージだったな。入れたナイフを後から取り出して投げるつもりだったし」
細かくそのときの気持ちを伝える。と、すぐにサクちゃんが似たようなものの生成に成功した。見た感じは黒い円の盾だ。
「おぉ、出来た。けどこれ、魔力がやばい」
「えー⁉ 何でもう出来てるのさー⁉ また僕だけ出来ないやつー⁉」
フィルが憤慨しているのを尻目に、俺はサクちゃんの作った異空盾に水球を当てる。バチッと音がして水球が掻き消えた。
「おー、サクちゃん成功じゃない?」
「キー! 維持できないんだけどー! どうして維持できるのー⁉」
地団駄を踏むフィルの頭を撫で、ヤス君はどうかと思って目を向けたのだが、俺は硬直した。ヤス君の目の前に、扉のような長方形の穴が出来ていた。
「あの……なんか俺、別物作っちゃったかもっす」
「いや、あの、何かでかくない?」
「これ、入れるんすよ」
ヤス君が長方形の異空間の中に入って姿を消す。そして異空間が閉じた。
「おい、消えたぞ」
「消えたね。また訳の分からないものを」
「おかしいよ君たち……」
「じゃじゃーん!」
背後から声が聞こえて、俺たちはヒィッと跳び上がる。慌てて振り返ると、ヤス君が苦笑して頭を掻いていた。
「感覚っすけど、入った地点の半径五メートルくらいなら好きな場所から出てこれるみたいっすね」
「それ転移じゃん! 短距離だけど転移じゃん!」
「しかも通常の転移と違って出るタイミングも任意ってことか」
「無属性転移って……。逸話にある渡り人も使えなかったんだけど……」
「中はどうなってんの?」
俺は興味津々で訊ねる。するとヤス君が異空間に繋がる出入口を開けた。
「入ってみてください。俺と一緒なら問題ないと思うんで」
「全員いける?」
ヤス君が「多分、大丈夫っす」と頷いたので、パーティーメンバー全員でヤス君の後に続いて異空間に入った。
中は真っ白な真四角の部屋だった。目算百平米はある。適温、無音、無臭で、換気扇もないのに淀んだ感じがしない。天井までの距離は四メートルほど。
「これって、魔力とかどうなの?」
「消費されるのは、入るときと出るときだけっすね。今思いついたんすけど《箱庭》って命名しますわ。安直すぎますかね?」
「いいんじゃないか? というかこれ、もう野営道具いらないな」
「敵に襲われる心配もないね。ユーゴの術が可愛く思える反則術だよ。《異空収納》って生き物を収納することはできないからね。手を入れるとかはできるけど、閉じた瞬間押し出されちゃうのに。本当、何なのこの術? 意味不明だよ……」
間違いないね。と心で呟いたが、出るときのことを考えて少しヒヤリとした。
「ヤス君、これって出るとき出入口のところに人がいたらどうなるの?」
「あ、それはここから探知できるんで問題ないっす。《箱庭》自体が俺の魔力と連動してるみたいで、外の様子と中の様子が漠然と分かるんすよ。もっとはっきり見えたらより便利なんすけど、今は無理っすね。あ、でも敢えて誰かがいるところに出してみるのもやっておきたいっすね。どうなるのか検証しておきたいです」
「それなら『異空盾』も、ものが入りきってない状態で閉じたらどうなるのか確認しておきたいと思ってたからな、ついでに実験しよう」
おかしい。何かが変だ。今までこんなことはあっただろうか。二人がサイコパスを発揮し過ぎな気がする。結構怖いこと言ってるって自覚はあるのだろうか。
「フィルよ、俺の言いたいことは分かるか?」
「分かるともユーゴよ。二人のサイコパス感が凄い」
「流石だ。アイスをあげよう」
「ありがとう。おやつにする」
俺たちは箱庭から出た。俺は二人の言うような実験に使えそうな魔物を探そうとしたが止められた。ヤス君が矢を一本持っていた。
「どこ行くんすか? 異空盾はこの矢で実験っすよ?」
「ユーゴ、まさかお前、魔物を探そうとしてたんじゃないだろうな?」
フィルの顔を見ると、額に汗を浮かべて感情が死んでいた。
「フィルよ。どうやら俺たちの想像の方がサイコパスだったようだ」
「言うな、ユーゴよ。僕たちは二人に乗せられただけさ」
「おいそこの馬鹿兄弟。実験するから早く来い」
サクちゃんに手招きされ、俺とフィルは「はい」と返事をして歩み寄る。
実験を行うのはヤス君とサクちゃんなので、俺たちは少し離れた場所で体育座りをして見学することにした。
「そういやアメリカって体育座りするの?」
「しないよこんなの。日本人が勝手にやってるだけでしょ。苦痛だよ」
そんな会話をしながら、実験を見守る。ヤス君が手にした矢の尖端がサクちゃんの出した異空盾の中に入る。
「閉じるぞ」
ヤス君が頷くと異空盾が閉じ、矢が外に押し出された。
「へぇ、押し返されるんすね。スパッと切断されると思ってました」
「俺もだ。そしたら敵の腕とか足にも使えると思ったんだけどな」
俺とフィルは顔を見合わせて跳ぶように立ち上がる。
「フィルよ。やっぱりあの二人の方がサイコパスだよな」
「うん。それで間違いないよ。だって今の会話危なかったもん」
フィルと二人で頷き合って、にこやかに手を繋いでヤス君たちに歩み寄る。
「次はヤス君の実験だけど、何を使うつもりかなー?」
「流石に矢じゃ判断できないよねー?」
「ああ、あそこの岩を使おうかなーと」
ヤス君が指差した方向に、縦横三メートルくらいのやや丸みのある岩があった。俺とフィルはまた元の位置に戻って体育座りをした。
「フィルよ」
「言うな」
俺たちが意気消沈している間にヤス君が岩に近づき、箱庭の扉を当てた。すると箱庭の扉が岩に押し返された。が、それだけでなく、岩がもぞりと動いた。
「うわっ、これ魔物っす!」
「見間違いでサイコパス⁉」
俺とフィルは驚愕の声を揃えた。まさかそんなことがあるなんて。
「その発想はなかったよ」
気持ちは分かるがじっとしてはいられない。俺とフィルは素早く立ち上がって走り、後退するヤス君と合流する。少し遅れてサクちゃんも合流した。
岩から蜥蜴のような頭が生え、四本の脚が出てくる。俺たちを敵と認識したのか、首を伸ばし、ギョロッと目を動かして睨みつけてくる。
「フィル、あれは何て魔物だ?」
「ロックサウルスだね。シルバー階級の依頼に出てるやつ」
「じゃあ大丈夫だな。《疾駆》」
サクちゃんが棒を出して先陣を切った。ロックサウルスの威嚇の鳴き声をものともせず、あっという間に距離を詰める。そして、棒でロックサウルスの頭を横薙ぎに殴りつけた。打撃音が響く中、俺は後に続くが何もせず声だけ掛けた。
「サクちゃん疾駆使えたんだね」
「おう。ダンジョンから戻った後で気づいた。魂格なのか走りまくってるからか、条件は分からんがな」
少し仰け反ったロックサウルスが、顔の周囲に三角錐の岩を生成する。一つ、二つ、三つ目が完成すると同時に発射した。
俺とサクちゃんは異空盾を目の前に広げ、その攻撃を防ぐ。衝突の瞬間、バチッという音と共に、岩の三角錐が掻き消えた。
「瞬間的に出せば魔力消費もそこまで気にならないね」
「そうだな。範囲もそこまで大きくないから、要練習ってとこだな」
「ところでヤス君とフィルは?」
辺りを見回すが見当たらない。どこに行ったのかと思ったら、ロックサウルスの岩甲羅の上に箱庭の扉が現れて、ヤス君とフィルが一緒に出てきた。
「何じゃあ⁉」
俺が驚きすぎて思わず声を上げた隣で、サクちゃんが笑い声を上げた。
「ハハハハ、あれはどうにもならんな」
ロックサウルスは俺とサクちゃんに意識を向けている。甲羅の上の二人にまるで気づいていない。それでもいつかは気づくのだろうが、その前にフィルが普段より鋭い角度のついた風刃を首の根元に連発していた。
肉が断ち切れる音が連続して鳴り、ロックサウルスの太い首が地に落ちる。間を置かずに、体も地に伏した。衝撃で軽く地面が揺れる。
フィルとヤス君が箱庭に姿を消し、俺たちの側に出てくる。
「フィル、今のって新術?」
「うん。《烈風刃》って術。初めて使ったけど、一発の威力は風刃の方が強い感じだったね。確実に当てられる場面じゃないと使えないかな」
「上から見ると足が竦むくらい高かったっすよ。近くで見ると迫力が凄いっすね。やっぱ三メートル以上はあるなー」
「戦闘中に甲羅の上に乗るのは難しいと思ってたんだけどな。立ったら四メートルは超えてたもんな」
「大きいよねー。首も硬かったし、切れなかったらどうしようって、ちょっとヒヤヒヤしちゃった。こんなに簡単に討伐できるとは思ってなかったよ」
「そうだねー。ところで誰が収納する? 相当容量食うけど」
フィルが「じゃあ僕が」と挙手したので任せた。ロックサウルスに近づき、地面に《異空収納》を出す。ロックサウルスの死体が切断された首ごと姿を消した。
「ふと思ったんだけどさ、ヤス君の《箱庭》って、あんな感じで地面に出せたりとかしない? 落とし穴みたいにして、閉じ込めちゃうとか」
「なるほど、やってみますか」
ヤス君が地面に《箱庭》の出入口を出現させる。そこに飛び込んだが、出てきたときは顔をしかめ足を引きずっていた。
「これ、天井から落下する感じになりますね」
フィルが回復術を使おうとしたが、サクちゃんが止めた。
「俺がやる」
「えー、回復術まで使えるようになってたの?」
「いや、まだ練習中だ」
「ちょっとサクやん! それ人体実験じゃないすか!」
サクちゃんのサイコパスっぷりがとどまることを知らなくなっている。ヤス君は全力で拒否したがうつ伏せに組み伏せられてしまった。
「ええい、こうなったら!」
ヤス君が決意めいた言葉を発した直後、二人とも《箱庭》に落ちた。
「フィルよ。二人が出てきたら俺が治療するよ」
「気絶してなきゃいいけど。あれお腹からいったよね」
その後、出てきたヤス君は顔面を強打していたようで、涙と鼻血を流していた。サクちゃんはヤス君を怪我させまいと咄嗟に飛び退いた結果、着地のときに股関節が多大なダメージを負ったようで、カニのような変な歩き方で出てきた。




