76.カナン大平原を越えよう(3)
という訳で医者の振りをしていた工作員は拷問極刑に処されることに決まったのだが、吐いた内容の中に『ある程度魔器の侵食が進んでいる者を任意で魔物化させることが可能』というものがあった。
考えてみれば、そうでないとおかしいことが二度起きていた。一度目はサイガ組長が付近にいるときにノッゾさんたちが魔物化。二度目はエドワードさんが付近にいるときにドグマ組長が魔物化している。明らかに要人を狙っている。
工作員の話によれば、条件は対象との距離。それなりに近くにいかなければ、呪いの暴走を行えないとのこと。暴走とは、魔素吸収速度を極端に上げ、魔器の魔石化を加速させることをいうそうだ。
そしてここが驚愕の事実なのだが、呪いを掛けた冒険者は既に数百人に上るらしい。そしてあと一月もすれば、全員、任意暴走の対象に成ってしまうという。
救いは、魔物化の呪いを使えるのが、現状、開発者であるこの工作員一人だけであるということ。ただこれまでの研究記録は既にラグナス帝国に渡されており、任意暴走を行う方法の伝授に至っては既に一人済ませてあるらしい。
伝授されたのはヤス君とフィルが見た黒いローブの男と見て間違いない。しかも厄介なことに転移術まで使用できることが判明している。
もし伝授者に転移術であちこち飛び回って任意暴走を行われたら、アルネスの街中に魔物が大量発生することになる。しかもその対処に当たるはずの冒険者たちが魔物に転じてしまうのだから、とんでもなく始末が悪い。
現場にいる者は、敵が増えて味方が減るのを目の当たりにすることになる。混乱し、士気も落ちるだろう。かといって事前に呪いを受けた者たちを判別し隔離するというのも無理な話。問題山積みで条件が厳しすぎる。
「費用はどうにかするが、街中に隔離するのは絶対に駄目だ。認められん」
「そうは言っても外に数百人を収めるだけの施設を一ヶ月以内に作るのは不可能っすよ? 仮に作れたとしても隔離の理由はどうするんすか?」
「魔物化する上に解呪が不可能……とは言えんな。そんな情報が出回れば、自暴自棄になった連中が何をするか分からないからな」
「情報統制は必要だろうね。もしかしたらもうそんな噂をラグナス帝国が流布してるかもしれないし。そうでなくても繁華街でノッゾさんたちが魔物化してるのを見た人たちがいるから、身体増強の施術と結びつける人も遠からず出てくるよ」
「ねぇ、素朴な疑問なんだけどさ、隔離云々の前に判別ってどうするの?」
「フィル君の言う通りなんですね。判別しようにも、私の魔道具だと服を脱いでもらわないと確認できませんからね。結局は自己申告に頼るほかありませんね。隔離方法の前に、判別方法から考えるべきですね」
レイさんの発言でヤス君のスキル『害悪露呈』に白羽の矢が立ったのだが、施術を受けたと調べのついている冒険者に使っても反応は出なかった。どうも、害悪だという自覚症状がないと反応しないらしく、残念ながら呪いを受けた者をスキルでは判別できないことが判然とした。
それで結局は自己申告に頼るより他にないという話になったのだが、それでは、やはりすべてを網羅するのは不可能という結論に至る。
この危機的状況に、エドワードさんは緊急対策本部を設置した。メンバーはエドワードさん、ジオさん、サイガさん、ヒューガさん、レイさん、そしてヨナさんと俺たちのパーティー。
ゴールド階級冒険者はシャフトさんとレインさんのコンビしか現在アルネスの街に滞在していないが、魔物化した冒険者が他の街に流れていることも考え、アルネスの街だけに戦力を集中させることはできないとの判断から、他所の街への冒険者応援要請は出さないことに決まった。
役割は、元ゴールド階級のジオさん、サイガさん、ヒューガさんが冒険者たちの指揮。エドワードさんは衛兵隊とヒューガ組の警備隊の指揮。レイさんは件の呪いの対処法についての研究。ヨナさんは呪いに効果のある薬品の研究開発。
そして俺たちは強くなること。色々と忙しくしていて、なおざりにしていたが、この機に乗じてようやく三つ目の属性を得る旅に出発できたという訳である。
属性を得る順番だが、カナン大平原の遊牧民と遭遇すれば風属性が先。遭遇せずウェズリーの街に到着すれば火と土が先ということで話はついている。
俺としては、とっとと風属性を取得したいと考えている。早くウォシュレットを完成させたいと思っているのはまだ皆には内緒だ。
「あ、そうだ。ユーゴさん、ちょっと訊きたいことあったんすよ」
歩きながらヤス君が言った。俺は「何?」と答える。
「マッドピエロと戦ったとき、変な術使ってませんでした? フィル君が狙われたところで、何か《異空収納》を広げて盾みたいにしてたじゃないですか」
「あー、そんなこともあったね。すっかり忘れてたよ」
「え、何? 僕ってユーゴに守られてたの?」
「ああ、それはもう全力でな。絶対に守るって気概を感じた」
フィルが目をパチクリさせて俺を見る。
「そうなんだ。ユーゴ、ありがとう。でも捕まるぞこのペドフィリア」
「知ってた。そういう返しがあるって知ってた。だからまったく痛くない。大丈夫、俺には疚しいことはないから何一つ問題ない。保護者目線でいるだけだから」
「必死だな。俺はミヅキさんが呪縛から解放してくれたから心が軽い」
「何げにサクやんも気にしてたんすね。はーい話の腰が折れてますよー。ユーゴさんのその術って、どういうイメージだったかを教えて欲しいんすよ」
はて? と、俺は顎先に指を当て小首を捻る。
「ナイフが飛んできてたから、それをそのまま収納しちゃおうかと思って、円の盾をイメージしてたね。広げてそのまま維持する感じ。だけど、ナイフは収納できなかったし、魔力消費も大きいから、もう手をつけてないね」
「マジすか。俺が思うに、あの術相当ヤバいっすよ? マッドピエロのナイフって術で作られたもんですからね?」
ハッ――⁉
「ヤス君すまない、俺の異空盾に矢を放ってもらえるだろうか?」
「いいっすけど、準備してる間にサクやんの棒も試してみたらどうっすか? 術でできてますから、どうなるのか気になってるんすよ」
サクちゃんが棒を作り、準備万端といった様子を見せる。
まだ何も言ってないんだけどな。と思いつつ俺は異空盾を作る。
維持がかなりきつい。魔力がごっそり減っていく感じがする。
「サクちゃん早くして! キツイ!」
サクちゃんが頷いて棒で殴ると、バチッと弾ける音がした。「痛っ」と声を上げて飛び退くサクちゃん。その手からは棒が消えていた。
「ぐあ、かなり痛いな。強い静電気みたいな痺れが手のひら全体にくる」
「おー、棒は消えちゃったね」
言いながら俺は異空盾を消す。サクちゃんが痛みを紛らわせようとしているのか、手首を何度も振りながら口を開く。
「またとんでもない術だな。ん? ユーゴ、この術だったらデモノイドが撃った火の玉も消せたんじゃないのか? 俺に直撃したやつ」
俺はすっと視線を逸らす。黙っていたが、気づいてしまったか。
「装備品の修理費用が高くついたんだが。今後は孤児院の運営もあるし」
「悪かったよー。結婚式には祝儀弾むから勘弁してよ」
「けっ、婚は、早過ぎるだろう。ミヅキさんの気持ちも知らんし」
「いや誰もミヅキさんと限定はしていないのだけれども。決定なの?」
「ぐっ! ヤスヒト! 全力で射ってやれ! 殺す気でいけ!」
二十メートルくらい離れた場所でヤス君が弓を構えて「OK」と答える。いや恥ずかしいからって仲間を殺そうとするのはおかしいでしょう。それにヤス君のOKもおかしいよね。まったく、このサイコパス共めが。
「君たちって皆サイコパスだよね」
「フィル、俺も今同じことを思ってた。じゃあヤス君頼むねー」
俺は異空盾を生成した。そこにヤス君の射た矢が吸い込まれた。
「おー、魔力で生成してない物質だとちゃんと収納されるんだね」
俺はそう言いながら異空盾を消し《異空収納》を探る。が、矢はない。
ヤス君が笑顔で歩み寄ってくる。
「思った通り、凄い術っすねー。で、それ何してるんすか?」
「いや、収納したのに矢がないんだよ」
「そうなのか? 俺もちゃんと入ったの見たぞ」
「それさー、別の収納作っちゃったんじゃない?」
フィルの発言で全員沈黙。
「確かに、フィル君の言う通りっすね。どうして今まで気づかなかったんだろ? 《異空収納》は一つしか作れないとは限らないっすもんね」
俺は異空盾を出して手を入れてみる。矢はあった。だが出せない。
「おかしいな。矢はあるし掴めるんだけど、取り出せない」
「取り出せない? あ、ユーゴさん、逆のイメージだとどうすか?」
「ん? ああ、そういうことか!」
俺は拳の腹で手を打った。敵の攻撃を収納するイメージで作った盾なのだから、それを排出するイメージにしないと出てこないということだと解釈。
そのイメージで異空盾を作った瞬間、凄い勢いで矢が発射された。
それを見て、また全員、絶句した。




