75.カナン大平原を越えよう(2)
ヤス君の意見で俺たちの気も変わった。ドグマ組に属してる時点で黒。そういう認識の方が正しいと考えを改める。
無茶苦茶だと思っていたが、相手の方が無茶苦茶だからそうしただけなのだとようやく理解する。
拷問での取り調べも、飽くまで泣き寝入りしている被害者家族の為に行われていることなのだろう。
構成員やハンの経営する店舗職員から得られた情報に関しては詳しく聞かなかった。聞く必要がなかった、という方が正しい。サイガさんが押さえたドグマ組長の専属医から得た情報で、ハンがラグナス帝国と繋がっていることが既に判然としていたのだから。
エドワードさんが「この件に関しても、俺は何も知らないし見ていない。ゆえに法的措置はない」と断言したことで、サイガさんの脅しと拷問が大活躍し、医者は文字通り何もかも吐いたそうだ。
医者の正体はラグナス帝国の工作員。十二年前、ジオさんの起こしたギルマスぶん殴り騒動が原因の混乱時に潜入していた。当初の目的はクンルンの肉。なんとこの工作員はラグナス帝国から逃げ出したドグマ組長を追ってきた者だった。
ドグマ組長は、三十五年前にラグナス帝国に囚われ、食肉として売買されるところを命からがら逃げ出していたらしい。
それを聞いて、俺は身につまされる思いがした。リンドウさんに救われていて本当に良かった。
結論から言うと、工作員の目的は俺とヤス君の推測通り、アルナスの街を侵略することだった。
発端は十二年前。潜入に成功したは良いが、ドグマ組長が強すぎて一人で生け捕りにするのは無理だと覚った工作員は、上に増援を要請したらしい。だがその要請は拒否され、指示が長期潜伏と破壊工作に変更されたのだという。
増援要請の拒否と指示変更の理由は、潜入させた他の工作員と、追加で送り込んだ工作員の消息がすべて絶たれていたからだった。増援は既に出されていたのだが顔を合わせることなく消されていたという訳だ。
ちなみに消していたのは新領主となったエドワードさんからの依頼を受けたサイガ組の面々。転移術者の追跡ができるレインさんと、当時まだ十代だったシャフトさんが部下と共に暗中飛躍していたのだとか。
「当時はかなり混乱していたからな、ガイラル殿と俺は王都に何度も出向かねばならず、街を不在にすることが多かった。領主代理を務めるはずのジオは牢。冒険者ギルドは停止状態。治安は最悪で警戒網にも穴が出ていた。対応に遅れがあったことも否めん。ジオが馬鹿をしなければ、工作員の大量潜入もなかったんだがな」
「それを言ってやるなエディ。もう過ぎたことだ。しかし、まさかそん時の生き残りがいたたぁな。そりゃあドグマのことを追って来やがったんだから、調べてるうちにドグマ組の状況を知ったっておかしかねぇやな。手前ぇは長期潜伏の指示が出てんだから、破壊工作にドグマ組を使うってなぁ、まぁ、そりゃ考えるわな」
ハンを唆して、ドグマ組の頭に据える計画を持ち掛けたのもこの工作員だった。更に、毒を与えたことで、もはや食肉としての価値を完全に失ったという理由から、魔物化の呪いの実験にドグマ組長を使っていたのだという。
つまりドグマ組長が起き上がることさえ難しくなったこの十年の間に、医者に扮して延々と魔物化の呪いの開発に勤しんでいたということ。ドグマ組長は魔物化の呪いの最初の犠牲者どころか、その開発時からの犠牲者だったことが発覚。
そして昨年、魔物化の呪いは完成した。
十年近くもよく気づかなかったなと思ったが、身体増強と魔素吸収量の配分調整を研究していただけと聞いて、それは分かる訳がないと考えを改めた。
というのも、自覚できる症状は体調が良くなるか、もしくは魔力経絡が傷んだ影響で、体の方にまで痛みが出るかの二つだけ。どちらも病気を絡めて言い訳できる。医者に扮していたからこそ思いつき、開発できた呪いと言ってもいい。
「『渡り人は頑丈だからこの呪いを完成させることができた』だそうです。吐く内容の一つ一つに、ことごとく驚かされましたが『家族が人質に取られて仕方なくやっていた』と減刑を願ってきたときが一番驚きましたね。あんなに面の皮が厚い奴は見たことがありませんでしたよ。思わず斬り捨てそうになりました」
「自分の家族の為に他人を犠牲にするのを決めたなら、何もかもを失う覚悟を持っているのが当然です。追い詰められてから『仕方がなかった』と保身の言い訳にするのはおかしい。直接家族を救う方に尽力しないのもおかしいです」
ヒューガさんの呆れたような発言を聞いた後でサクちゃんが言った正論。
俺もまったくその通りだと思う。




