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73.ドグマ組長のお見舞いに行こう(7)




 直後のことだった――。


 突然ドグマ組長が跳ね起き、サクちゃんに襲い掛かった。


 一瞬のことで、部屋にいるほぼ全員が反応できなかったが、サクちゃんは素早く攻撃を払い、ドグマ組長に体当りしてそのまま二人で庭に転がり出た。


 転がった先で素早く立ち上がったドグマ組長は、即座に飛び掛かる姿勢を取ったが、突如、逡巡したかのように動きを止め、自分の体を抱き締めて言った。


「逃げ、ろ……!」


 それはまるで、勝手に動こうとする体を止めようとしているように見えた。苦悶の表情を浮かべ、血の涙を流しながら、絞り出すような声で出された言葉だったが、サクちゃんはかぶりを振って歩み寄り、力強くドグマ組長を抱き締めた。


「もう抗わなくていいです。後は俺に任せてください。父さん」


 ドグマ組長は呆気に取られたような顔をした。だが、自分を抱き締めているのが誰なのかを覚ったようで、表情が泣きそうなものに変わった。


「サク、ヤ、か……? あ、あ、こん、な、に、お、おき、く、なった、んだ、な……。すま、なかった……。ゆる、して、くれ……」


「恨みも憎みもしてません。ただ尊敬しています。俺はあなたの息子で良かった。辛いのは終わりです。もう休んでください。長い間、お疲れ様でした」


 短い別れの言葉だった。感傷に浸る間もないほどに。だが二人にはそれで十分なようだった。ふっと互いに微笑んだ後に、サクちゃんが飛び退いた。ドグマ組長の体は膨張して赤黒く変色し、角と翼が生え凶悪な顔つきの魔物に転じた。


 ミヅキさんは完全に失意の底に落ちていた。目の前で起きたことを理解するのに必死なようで、ただ目だけが見開かれ、あとは唇を震わせているだけだった。


 レイさんもエドワードさんの背に隠れ体を震わせている。元王国術師の肩書きを持つとはいえ、やはり研究職。戦闘能力に期待はできないようだと覚る。


 誰かを残した方がいいかと思ったが、エドワードさんが「任せろ」と頷いてくれたので、俺たちパーティーはサクちゃんの援護に回った。


「ヤスヒト! この周辺でおかしな動きをしている奴がいないか探してくれ! 魔物化するタイミングがおかしい! 明らかな意図を感じる!」


 ヤス君はハッとした顔になった。普段のヤス君なら気づけていただろうが、あまりに急な展開だった為か指摘されるまで気づかなかったようで、苦い顔をして舌打ちし、大急ぎで外へ向かって駆けていった。


 俺はヤス君一人だと危険と判断し、フィルに追い掛けるよう頼もうとしたが、それを言葉にする前に「僕はヤスヒトの援護に回るよ!」と既に動いていた。


「ユーゴ! そいつはデモノイドというダンジョン下層に出る魔物だ! 素早い上に火術を使うから気をつけろ!」


「分かりました!」


 ほんの十数秒の遣り取りの間に、サクちゃんとデモノイドは激しい攻防を繰り広げていた。完全にデモノイドが優勢で、サクちゃんは防戦一方。


 長い爪の斬撃を棒で弾いて距離を取るも、すぐに高速錐揉み回転での空中突進がくる。サクちゃんはその攻撃を横に跳んで躱すが、翼を広げて急停止したデモノイドが人の頭ほどある火炎の球を発射する。


 速い!


「ぐっ!」


 サクちゃんは両腕を交差したが、直撃を食らい竹林の中へ吹き飛んだ。


「サクちゃん! くそ! 《疾駆》!」


 俺は《疾駆》を発動し、おそらくサクちゃんに追い打ちを掛けに向かおうとしているデモノイドとの距離を素早く詰め、その横っ腹に向けて戦技を発動した。


「《剛砕波》!」


 デモノイドは体をくの字に曲げてガハッと大口を開けたが、地に膝を着けることなく飛び退いた。翼を開いて、空中停止する。


 ぐあ、関節痛ぇっ!


 俺は戦技の反動で軋みを上げた体に回復術を掛け、デモノイドを視線で牽制しながらサクちゃんの様子を見に竹林へ入った。


 サクちゃんは既に立ち上がっていた。体は密集して生えていた竹の束に衝突したようで、背後では折れた竹が乱雑に散り、笹の葉が舞っていた。


「サクちゃん、大丈夫?」


「問題ない」


 長羽織についた汚れを払いながら、サクちゃんが鋭い視線を彼方に向ける。俺も視線を動かし、サクちゃんが見ている対象、デモノイドを捉える。


「俺の戦技じゃ大したダメージを与えられなかったよ」


「なら俺がやる。今持っている中で一番でかいのを打ち込む」


 血縁者を相手にすることに関しては、俺は敢えて何も言わなかった。サクちゃんの目は、もうすべてを受け入れているように見えたからだ。


 俺たちは目配せして互いに頷き、デモノイドへ突進した。


 デモノイドは忌々しげに俺を睨みつけていた。だから俺が狙われるのも分かっていた。分かっていたからこそ《過冷却水球》を目の前にばら撒けた。


 デモノイドは《過冷却水球》に衝突し、凍りつく体に混乱した様子を見せた。そこへ畳み掛けるように、俺は《過冷却水球》を配置し続ける。


 勝手に動き回り凍りついていくデモノイドに向かい、途中で高く跳躍していたサクちゃんが「うおおお《剛力振撃》!」と気合の叫びと共にデモノイドの頭に棒を打ち下ろした。


 凄まじい衝撃音が鳴り響き、デモノイドの足が地面にめり込む。それで終わったかに見えたが、サクちゃんは止まらなかった。地面に着地した直後に片手を地面に着け「《地縛槍》!」と叫んだ。


 途端に、地面から幾つもの槍が生えた。そして今にも地に倒れ伏そうかというデモノイドの体を、八方向から刺し貫いた。


 大量の血飛沫を体から噴出させながら、それでもデモノイドは俺を睨みつけていた。だが、数回大きく咳き込み血を吐くと、瞳が上に向かい、ガクリと項垂れて動かなくなった。


「終わったね」


「ああ」


 サクちゃんがデモノイドに向かい瞑目して手を合わせたので、俺もそうした。どうか安らかに。そう心で呟いて振り返るとミヅキさんが駆け寄ってきていた。


 ミヅキさんは八本の槍に刺し貫かれたデモノイドを見て、足を止めると、顔を歪めた。その頬を大量の涙が流れ落ちていく。ミヅキさんは声を上げて泣いた。


 サクちゃんはデモノイドに歩み寄ると、体を刺し貫いている土の槍を解除して抱き止めた。そしてその遺体を地面に寝かせると《異空収納》から取り出したナイフで胸を開き、血に塗れた赤黒い魔石を取り出した。


「ユーゴ、この魔石だが」


「形見でしょ。分かってる。サクちゃんの好きにすればいいよ」


 サクちゃんは「ありがとう」と言って、ミヅキさんのところへ向かおうとした。だが、汚れたままの魔石を渡すのは如何なものかと思い、お節介ながらも俺も近づいて《水球》で覆った。


「悪い、助かる」


「こんなことにも気づけないくらい動揺してるじゃないの。サクちゃん、別に我慢する必要なんかないんだよ? 泣きたいなら泣けばいいよ」


「いや、それがな。何も思い出せないんだ。父さんとの思い出が、俺には何一つない。ずっと考えてたんだが、俺の記憶にある父さんの姿は、母さんから聞いた話で作られたものばかりで、幼い頃に見た後ろ姿くらいしか思い出せないんだよ」


 苦笑するサクちゃんの頬を涙が伝う。


「おかしなもんだよな。血の繋がりのある俺には今日一日の思い出しかないのに、こっちの世界には沢山の思い出を持ってる血の繋がらない娘がいて、俺よりよっぽど悲しんでるんだ。それがどうにも、複雑でな」


 サクちゃんが洗浄を済ませた魔石をミヅキさんに差し出す。


「ミヅキさん、父さんの形見です」


 ミヅキさんはかぶりを振る。まだ話ができるような状態ではなさそうだな、と思ったときにミヅキさんがサクちゃんに縋りついた。サクちゃんは片膝をついてミヅキさんを受け入れる。二つの世界で巡り会った姉弟が抱擁する姿は切なかった。


 俺は痛みを分かち合う二人を置いて、エドワードさんたちの元へ向かった。





 お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


 ブクマ、評価していただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

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