72.ドグマ組長のお見舞いに行こう(6)
「煙たがってる割に、ドグマって名前だけはしっかり使ってるんですよね」
「ハンは『自分たちを育ててくれた大事な親父さんの名前を捨てる訳にはいかないだろう』ということを大勢の前で話したそうです。私もその話を聞いたときには、胸に込み上げるものがあったのですが……!」
「それが、ただの隠れ蓑か……!」
二人が歯を食いしばり、怒りに身を震わせているのだが、俺はそんな風にはなれなかった。ノッゾさん然りというか、ドグマ組長があまりにもお人好し過ぎて、自業自得感満載なのがどうにも怒れないところ。
ノッゾさんのときは自分を重ねて憤慨したが、それはお互い権力がなかったからだ。今回は途中で無理だと思ったら投げ出すこともできたし、意見が合わなければ手を引くか問題のある者を切ることもできたのだ。
従業員の統率ができていない時点で、明らかに経営者向きじゃない。
孤児院の面倒だけ見てれば良かったと思うんだけどなぁ……。
たらればだが、そうしていればドグマ組などというものは存在していなかっただろうし、ドグマ組長も存在しなかったはずだ。孤児院の優しいドグマ院長がいれば、サツキ君が酷い目に遭うこともなかったし、ドグマ組長が毒を盛られて、というか塗られて、こうして床に伏せっていることもなかっただろう。
まぁ、ハンは別の誰かを隠れ蓑にして、悪さはしただろうけども。
それだったら多分、今よりは素直に怒れたんだけどなぁ。と、何とも複雑な気分を抱えたところで、ガラガラと引き戸の開く音がした。
「見て参ります」
「いや、ミヅキさんはここにいてくれ。俺が行く」
サクちゃんが立ち上がるのと同時に、廊下を駆けてくる音がした。間もなく、研究員のような白衣を着た細身の男が、開け放たれた障子戸の向こうに現れた。
髪はボサボサ、無精髭を生やしたその男は、眼鏡越しに俺と目が合った直後に、駆けていた足を止めようと踏ん張ったが、靴下で滑って廊下の上で浮いた。
「レイさんっ!」
フィルの声が聞こえてすぐに、レイさんはズドーンと尻もちをついた。廊下でぷるぷると震えながら「ぬおお」と呻き、手で腰を擦りつつ怒鳴る。
「誰だねっ! こんなに廊下をピカピカに掃除したのはっ!」
「いや、そこ怒るとこじゃないっすよレイさん」
「エノーラさんが言った通りだね。そそっかしいって」
「まぁ、そう言ううおおっ!」
エドワードさんも部屋の前で転倒した。レイさんと同じく靴下が滑ったようで、ズデーンと横倒れになり、部屋が揺れる。体が大きいので派手さが違う。
それを見ていたレイさんが、ずれた眼鏡の位置を戻しながら真面目な顔で「大丈夫ですか?」と訊くも「いや、お前もな」と返される。
「茶番はいいんで、早く見てもらっていいすか?」
「そうですよ。ふざけてる場合じゃないでしょ」
ヤス君とフィルが冷たく言い放って部屋に入ってくる。レイさんとエドワードさんは二人に叱られてしゅんとしながらその後に続いて部屋に入ってきた。
「お帰り。遅かったね」
「いやー、参りましたよ。途中で立ち往生したんす。馬車の転倒事故があって通行止めになってて、迂回しなきゃいけなくて」
「ごめん、僕を探すのにも時間を取られちゃったっていうのもあるんだよ。今日は皆がいないからヨナ婆ちゃんのとこに行っててさ」
「すいません、お出迎えもせず」
ミヅキさんの言葉に「あ、お構いなく」と笑顔で返すフィル。
「違和感が凄いよな」
「遣り取りが日本人だからね」
サクちゃんとこっそり会話している間に、エドワードさんとレイさんがドグマ組長の側に移動していた。すぐに部屋の皆がドグマ組長の側に集う。
ドグマ組長の着物の胸元を開け、レイさんが目を見開く。
「これは……⁉」
「何か分かったんですかレイさん⁉」
「いえ、何も見えないのでね」
こいつもか。紛らわしい。
「呪いが発動しないと見えないってのは厄介っすよね」
「レイさん、見えるようにするものとかないんですか?」
フィルに訊かれ、レイさんは異空収納から虫眼鏡のような物を取り出す。
「一応、こんなような見えないものを見ようとする魔道具はあるにはあるんですがね、必ず見えるとも限らないので、ああ、大丈夫ですね」
ドグマ組長の胸元にかざされた魔道具のレンズ越しに、文字が浮かび上がる。レイさんは難しい顔で唸った後で、かぶりを振った。
「これは駄目ですね。解くと命を落としますね」
「なっ――⁉」
サクちゃんとミヅキさんがレイさんに詰め寄る。
「魔物化するという推測も正解ですね。これは常に許容量を超えた魔素を体内に吸収し、身体増強効果を与える命令式が書き込まれていますね」
「それは魔素過多による弊害は起きないんですか?」
レイさんが驚いた顔で俺を見る。
「良くご存知ですね。関心です。これはとても嫌らしい命令式でね、魔石の粉末を経口摂取するなどの直接的なものではないので臓器を傷めることはなく、また魔力経路のダメージも増強効果として発散させることで抑えているようですね。更にはすこぶる調子が上がる為、魔素過多による具合の悪さを感じさせないんですね」
そもそも魔力とは、外部から取り込んだ魔素を魔器という目には見えない臓器に溜めて変換させたものだそうだ。魔力が時間経過と共に自然回復するのはその為。レイさんによると、この呪いは長期的に若干量の魔素過多状態を継続させることで魔器をじわじわ侵食し、やがて魔石に変えるのだという。
「なるほどな。ラグナス帝国が絡んでいるというのは間違いなさそうだ。クリス王国でこのような呪いを研究するなどあり得んからな」
「そうですね。クリス王国は人道に基づいていますからね。それに抑止力という意味合いも含めて、研究員はイノリノミヤ信徒になることを義務付けられていますのでね、天罰を怖れて、このようなものを開発する訳がありませんね」
「レイさん、ちょっといいすか?」
ヤス君が小さく挙手し、レイさんが振り向いたところで言葉を続ける。
「今の説明の中には含まれてなかったんで訊きますけど、解除すると命を落とすっていうのはどういうことっすかね?」
「命令式に、解除すると爆発するものが加えられているんですね」
「爆発って、そんな⁉ どうにかならないんですか⁉」
ミヅキさんがレイさんに縋って揺する。救って欲しいという必死さが伝わるが、レイさんは自分の無力を嘆くような、悔しげな表情でかぶりを振る。
「どうにもなりませんね。この不解爆呪はクリス王国では禁呪指定されているんですがね、かつての戦争で何人もの術者が解除に尽力しましたが、救う方も救われる方も命を落とすという結果しか残しませんでしたね。ただ当時は解除しなければ天寿を全うすることは可能でしたのでね、今回のものとは話が違いますね。非常に悪辣で、倫理観の狂ったものだと思いますね」
ですが、とレイさんは言う。
「話を聞く限り、この方は過分に吸収されようとする魔素に抵抗しておられるようですね。一旦は活力がみなぎったそうですが、それが途絶えて発作を起こすようになったということは、ご自身の異変に気づいたのかもしれませんね」
「父さんが、自分で、苦しむ方を選んでるってことですか……?」
レイさんが頬を掻きながら首肯する。
「立派な人ですね。意識を失うほどの苦痛を堪えて、魔物化せずに、ひっそりと世を去ろうとなさっていたんでしょうね。もしかすると、塗り薬が毒だということにも、既にお気づきかもしれませんね」
その場にいる全員が絶句した。どこまで自己犠牲精神に溢れているのか。ミヅキさんは涙を溢して脱力し、嗚咽を部屋に響かせたが、サクちゃんは違った。拳を握り締めて立ち上がるその姿は、全身に炎を纏っているように錯覚させた。
「父さん、俺は貴方を誇りに思います……!」
力強い眼差しを向けて言う姿は、捻くれて冷めた俺の胸をも熱くさせた。




