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70.ドグマ組長のお見舞いに行こう(4)




「何事だこりゃあ?」


「毒、じゃないのか?」


「毒⁉ どういうことです⁉」


 ミヅキさんがドグマ組長を介抱していた手を止め、怒鳴るように言う。


「こいつは病じゃねぇ。ハンの野郎が毒を盛ってやがった可能性がある」


「何ですって⁉」


「いや、違う! 皆見てくれ!」


 サクちゃんがドグマ組長の着ていた着物を開ける。胸に文字のようなものが浮かび上がり、赤黒い光を放っていた。


「これは……⁉」


「エドワードさん、何か分かったんですか⁉」


「いや、驚いただけだ」


 紛らわしいな。


 その仄かな赤黒い光の文字は断続的な明滅を繰り返し、やがて消えた。


 光が消えると同時に、ドグマ組長はふっと意識を失い、いつ止まってもおかしくないような、頼りない寝息を立て始めた。


「ミヅキ、ありゃあ一体何だ?」


「い、いえ。私にも分かりません。初めて目にしました」


「見たことがない?」


「あ、すんません。俺っすわ」


 ヤス君が小さく挙手する。


「俺のスキル『害悪露呈』が反応したんす。『害悪を露呈させる』ってそのまんまな説明な上に、取れたばっかりでどういう使い方をすればいいのかさっぱり分からなかったっすけど、ああいう風に反応するんすね」


「スキル? 今のがか?」


「そうっす。これ任意発動型なんで、組長さんが苦しみだしたところで使ってみたら反応しました。それで意識を失うと反応が消えたんで、おそらく意識がある状態でないと反応しないみたいっすね。でもって、これは何かが起因となって発動するタイプの呪いだと思います。スキルがないと見えないってことは、透かし彫りみたいな手法がとられてるのかな? あ、ちょっと失礼」


 ヤス君がドグマ組長の体を調べる。


「これ、何か塗ってありますね」


「それは、この塗り薬です。痛み止めだと言われて……」


 ミヅキさんが貝殻の薬入れを袖口から取り出す。それをヤス君が受け取る。


「うん、遅効性の毒っすね。ユーゴさん、俺はフィル君と一緒にレイさんのところに行ってきます。なんとなく話が見えてきたんで。最悪っすけど」


 エノーラ武具店の旦那さん、元王国術師で呪符研究者のレイさんの名前が出たこと、そして最悪という言葉を聞いて、俺の頭に一人の男の姿が浮かぶ。


「ノッゾさん絡んでる?」


 ヤス君が真面目な顔で「だと思います」と首肯する。


「なら対処は早い方がいいね。こっちでも話は訊いておくから、そっちはお願い。できればエドワードさんも一緒に行ってもらえると助かるんですが」


「分かった。詳細はヤスヒトに馬車で聞く」


「お願いします」


 ヤス君とエドワードさんが出ていくのを見送る。


「ユーゴ、ノッゾが絡んでるってなぁどういうことだ」


「俺はヤス君ほど頭が回る訳じゃないんですが、多分こうだという推測は立ちます。まず、確認なんですが、ミヅキさん、その塗り薬はいつから使ってますか?」


「これは、もう十数年前から使っております」


「では、ドグマ組長が今のような苦しみ方をするようになったのは?」


「三月ほど前からです。それまでは調子が良くなっていたのですが……」


 俺は塗り薬を渡したのが誰か、そして三ヶ月より以前に体の調子を良くする施術があるという謳い文句で近づいた人物がいなかったかを訊ねた。


 結果、一人の医者がすべての事柄に関わっているということが分かった。


「サイガさん、すいませんがその医者を取っ捕まえてもらうよう誰かに指示してもらえますか? もしかしたらラグナス帝国も関わってくるかもしれません」


「何だと⁉ ちょっと待て、ユーゴ、もう少し詳しく説明しちゃくんねぇか!」


「俺からも頼む!」


 サクちゃんに頭を下げられたかと思ったら「私からもお願いいたします」とミヅキさんにまで頭を下げられてしまった。


 余計なこと言わなきゃ良かった……。


 見当違いかもしれないが、断れそうもないので推測を話すことにした。


「まず、その医者は毒を処方していた時点でハンとの関わりがあると思います。ドグマさんがこうして隠遁生活に追い込まれ、ハンが後釜に座ったところからもまぁ、ほぼ間違いないでしょう」


「その医者ってなぁ、長い付き合いなのか?」


「ええ、それも十数年前からです。何分、昔のことなので、はっきりとは覚えていないのですが、確か、お義父様が酒場で意気投合したとかで」


「続けますよ。サイガさんの話だと、ノッゾさん、イゴールさん、ミルリナさんたちは数年ずっと燻ってたんですよね?」


 サイガさんが「そうだ」と頷いて話を続ける。


「それが絶好調だって言って、急に一皮剥けやがった。そういや、何組もそういう冒険者がいるって話がシャフトたちから上がってきてたな」


「最悪だ! 厄介極まりない話になりますよ!」


 今の話を聞いて怖気が走った。俺はリンドウさんからもらった地図を《異空収納》から取り出して広げる。


「ユーゴ、何で地図なんか……」


「サクちゃん、取り敢えず聞いてくれ。このアルネス領はここ、メリセーナ大陸の西南端にある。アルネスの街もだ。そして、北上すると嘆きの森が広がってる。その東には北に向かって伸びるレンゲ山があるね」


「ああ、更に北には要塞の街モーゼスがあって、その東には王都クリストミラーがある。レンゲ山と嘆きの森が東と南を天然の要塞になって守ってくれてるから、残る北と西に要塞の街が築かれてるってリンドウさんに教えてもらったな」


 サイガさんが眉根を寄せる。


「おい、ユーゴよ、俺ぁ今えらく背筋が寒くなったんだが、ラグナス帝国が関わってるかもしれねぇっつうのは、まさか、このアルネスの街を落とそうって腹が見えるからか?」


「何⁉」


 サクちゃんが地図を食い入るように見る。ミヅキさんも顔を青褪めさせて、地図の東側を確認する。


「東側には、遊牧民族が暮らすカナン大平原、そこを越えると火山の洞窟街ウェズリー。ここも天然の要塞だ。こうして見ると、国境沿いはガチガチじゃねぇか」


「はい。でも堅いのは外側だけですから、このアルネスの街が落ちると何が起こるか、ってことなんです。ここは冒険者の街です。どこからでも人はやってくる。力を求めている者に溢れてる。燻る人の数も多い。そういった人たちに、力を与える施術と称して魔物化の呪いを施す者がいたとしたら?」


「大勢の冒険者が魔物化する。魔物の氾濫を街の中で起こして、混乱の最中にハンがアルナス領主の座を奪うってことか。しかもラグナス帝国側に寝返って!」


 俺の頭の中に、リンドウ一家とミチルさんの姿が浮かぶ。あの人たちがいたら魔物の氾濫どころか国ごと消え去るんじゃなかろうか。そっちの方が怖い。


「い、いや、そこまで上手くいくかは分からないけど、仮にエドワードさんが撤退を余儀なくされた場合、そして相手側に従魔術師がいた場合も想定に含めると、魔物の軍勢が出来上がってしまうでしょ。それに合わせて、最近妙な動きを見せてるっていうラグナス帝国が動けば、容易には取り返せなくなる上、下手をすればモーゼスとウェズリーは帝国軍と魔物の軍勢に挟撃されることになるな、と」


「むぅ、こうしちゃいられねぇな。ユーゴ、医者の方はこっちで任せとけ」


 サイガさんが立ち上がり、足早に部屋を出ていく。それを見て俺は焦った。指示だけならともかく、サイガさんに出て行かれるとヒューガさんも護衛の人たちもついて行ってしまう。


 可能性は低いが、俺とサクちゃんが渡り人だという情報をハンが掴んでいるとしたら、俺たちは袋の鼠だ。もしかすると既に周囲にハンの手の者が隠れ潜んでいるかもしれない。


「サクちゃん、俺たちもサイガさんと一緒に行かないとまずい。それか引き止めるかしないと。このままじゃ危ない」


「それは分かってるが、ヤスヒトたちはどうするんだ? レイさんを呼びに行ったんだろう? 入れ違いになるぞ」


「そうか。そうだよねぇ。あー、しまったなぁ」


 くそ、こういうところが駄目なんだ俺は。


「あの、私もそれなりに戦えますので、お待ちになっては如何でしょう」


 頭を抱えていたとき、ミヅキさんがそう言ってくれたので少し救われた。お言葉に甘えて、三人でヤス君たちの帰りを待つことにした。




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