69.ドグマ組長のお見舞いに行こう(3)
馬車が止まったのは小料理屋のような雰囲気の、竹林に囲まれた門前だった。こんな侘び寂びの感じられる場所がアルネスの街の中にあったのかと驚かされたが、それ以上に驚いたのが馬車の数。
まったく気づかなかったが、俺たちの乗っていた馬車に間隔を開けて数台の馬車が追従していたのだと目的地に着いてようやく覚る。そこからヒューガさんと同じ黒いスーツ姿の男たちが降りてきて、門前の周囲に等間隔に並んだ。
「うわぁ、こんなにいたんだ。映画だよもう」
「ついてきてるのは知ってましたけど、ここまでとは思わなかったっすね」
「正に要人護衛だな」
三人で呆然と立ち尽くしていると、ヒューガさんが歩み寄ってきた。
「ユーゴさん、俺はこいつらと外の警戒に当たります。中は庭があるんですが、そこには誰も配置しません。大きな声では言えませんが、ドグマ組……いえ、ハンの手の者が紛れ込んでるかもしれませんので」
開拓村の偽衛兵のことが思い出される。確かに危惧すべき点だ。
「分かりました。庭は俺たちで対処します」
「お願いします。まぁ、そうは言っても、護衛対象が相当なもんですからね」
「ハハハ、間違いありませんね」
俺たちはヒューガさんと苦笑する。その間に、門の向こうから着物姿の女性が一人現れた。やや長身のエルフで、こちらに向かい所作美しくお辞儀をする。
「お待ちしておりました。案内役を務めさせていただきます、ミヅキと申します。主人は伏せておりますゆえ、失礼もあるかと存じますがご容赦を。大したおもてなしもできませんが、どうぞ中へお入りになってください」
ミヅキさんに言われ、エドワードさんを先頭に、サイガさんが続く。俺たちはヒューガさんと頷き合い、門前に進んだが、そこでミヅキさんがハッと息を呑む。
「あ、あの……」
明らかにサクちゃんに反応していた。向けられた手が震えていて動揺が見て取れる。最も近くにいたサイガさんが、ミヅキさんの背に軽く手を当てる。
「お前ぇの思ってる通りだよ。あいつぁサクヤ。ドグマの息子だ」
「あ、ああ……イノリノミヤ様、感謝します」
ミヅキさんが涙を流し、顔を覆ってしまう。
「イノリノミヤ信徒か」
「そうみたいっすね。嫌な感じもしないっす」
「前から思ってたけど便利だよね、ヤス君の人を見る目」
小声で遣り取りしながら様子を見る。
「悪いが、ドグマを一人にはしておけねぇ。案内を頼む」
ミヅキさんは「はい」と気の毒になるほど必死に頷いて、エドワードさんの前に立ち、しずしずと歩き始めた。どこで習ったんだろうか、と思う。
「サクちゃんのお父さんって、日本舞踊とかそういう関係のお仕事してた?」
「いや、俺もよく知らんが、俳優を目指していた時期があったとは聞いてる」
「じゃあ、そのときの知識っすかね? お茶とか華道とかやってる人みたいっすよ、あのミヅキさんって人。意外でしたわ、エルフに着物って似合うんすね」
小声会議をしながら石畳の上を歩く。組長が静養と言うからどんな和風の豪邸が待っているのかと思ったが、隠遁者が暮らす家のような印象を持った。
中に入ったが、小さな田舎の家という感じ。案内された一室で痩せ細った男が床に就いていた。サクちゃんとは似ても似つかないが、何かを感じ取ったのか、隣りにいたサクちゃんが息を呑んだ。
「サクちゃん? お父さん?」
「いや、分からん」
分からんのかい。
囁き声で訊ねて否定されて心で静かにツッコんでと一人で忙しくしていると、ドグマ組長と思しき、そのやせ細った男がゆっくりと目を開けた。
「懐かしい客だな」
「起きてらしたんですか」
「ああ、ミヅキ、すまないが起こしてくれるか」
ミヅキさんがドグマ組長を起こし、羽織りを掛ける。
「無理すんじゃねぇよ。寝てりゃいいじゃねぇか」
「ふっ、今際の際に恩人が顔を出したんだ。寝てなんかいられんよ」
床の上で半身を起こしたドグマ組長と、畳の上に腰を下ろしたサイガさんが向かい合って、そんな遣り取りをした。
俺たちがそれを見ている間に、ミヅキさんが押入れから座布団を取り出し、ドグマ組長の周囲に置いてくれたので、軽く頭を下げて皆でその上に正座した。
サイガさんは「胡座だ、気にすんな」と座布団を断った。ドグマ組長はそのぶっきらぼうな物言いに懐かしさを感じたのか、目を細めて柔らかく笑む。
「相変わらずだなぁ。衰えが見えん」
「言ってろ馬鹿野郎。っといけねぇ。そう懐かしんでばかりもいられねぇんだよ。なぁ、ドグマよ。お前ぇ、こん中に見た顔がいるんじゃねぇか?」
サイガさんが手で俺たちを示す。だがドグマ組長は、悲しげで、それでいてどこか自嘲気味な笑みを浮かべ、俺たちの方を見もせずにかぶりを振った。
「悪いが、もうよく見えん。サイガのことは、足音と声で分かったが、他に客人が来ていても、それが誰なのかはもう分からんのだ」
「そうかよ。じゃあ、サクヤが来てるっつったらどうだ?」
ドグマ組長が僅かに体を反応させた。
「何で、その名を?」
「お前ぇ、ずっと渡り人だってこと黙ってやがったな。サクヤがこっちに来なかったら分からなかったじゃねぇか。ダチが聞いて呆れらぁ」
「サクヤまでこっちに……⁉ そんな、何てことだ……⁉」
ドグマ組長が戦慄き、頭を抱える。怯えているような表情で、何かがあったのだと窺わせる。おそらく、渡り人と知られて狙われたことがあったのだろう。
或いは、ラグナス帝国から逃げてきたのかもしれない。俺がそんなことを考えている間に、ドグマ組長の側にミヅキさんが寄り添い、優しく背を撫でていた。
「お義父様、大丈夫ですよ。サクヤさんはご無事です。誰にも追われていませんし、誰にも傷つけられてもいません。領主様とも一緒におられますから」
「そ、そうか……うぐっ⁉」
ドグマ組長が胸を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
「父さん!」
サクちゃんが即座に反応した。ドグマ組長の側に行き肩を支える。分からないと言っていたが、やはりそうではなかったのだと覚る。




