68.ドグマ組長のお見舞いに行こう(2)
哀愁を漂わせ、どっぷりと感傷の沼に沈み込もうとしているサイガさんを引き上げたのはヤス君だった。
「ちょっといいっすかね?」
「お前ぇは、ええと」
「ヤスヒト・カタセって言います。まぁ、名前はどうでもいいんすよ。ドグマ組長が病に倒れたのはいつ頃の話なんですかね?」
ヒューガさんから十年ほど前との返答があった。ヤス君は更に、その時期に何か起きなかったかを訊く。すると国境沿いでラグナス帝国とのいざこざがあったことと、ハンが若頭として台頭し始めたという話が向かいの席の三人から得られた。
「こっちの調べでは、若頭ってのはハンが勝手に名乗ってるだけです。組長から据えられたという話は一切ありません。ドグマ組という組の名も、ハンが脅しの為に使いだしたもののようですね。兄貴の話では、ドグマ組長が手掛けていたのは孤児院と娼館、あとは酒場と用心棒集団だけなんですよね?」
「ああ、最初はな。スラムのガキ共を孤児院に入れて、行く宛のない者の中で、身売りしても構わねぇって女を娼館で雇い、男は酒場や娼館の用心棒ってな。身綺麗にさせて、病気持ちなんかも療養させて最期まで面倒みてやって。手前ぇも現場に出て働いてな。野郎らしいと思ったもんだ」
「聞いての通りだ。この間、俺がお前たちに話した内容には誤りがあった。賭博場と高利貸しは、ハンが勝手に始めたことらしい。それをドグマさんに被せていたというのが本当のところのようだ。隠れ蓑に利用していたのだろうな」
「あ、すんません。話の腰を折るようで悪いんすけど、繋がりました」
向かいの三人が怪訝な顔をする。
「ヤスヒト、繋がったって何がだ?」
「順を追って話しますんで、落ち着いて聞いてください。俺たち渡り人は無病息災ってスキルを持ってるんで、病気になることはあり得ないんすよ」
「何だと⁉」
エドワードさんが腰を上げようとするのを、ヒューガさんが手で制して止める。サイガさん共々、顔つきは険しい。二人も毒を疑っていたということだろう。
「続けますね。病気にはなりませんが、毒や術、呪いの類は普通に受けます。なので、ハンがドグマ組長を殺そうとしているとみてほぼ間違いないかと」
「チッ、あの野郎、恩を仇で返しやがって……!」
サイガさんが舌打ちし、怒気を放つ。だがヤス君はまるで動じることなく、むしろ怒りを返すように手の平を向けて制し、話を続ける。
「ここからは推測が多くなるんで、話半分で聞いてもらいたいんすけど、その前に確認っす。ハンは、ドグマ組長が運営していた孤児院の出身者じゃないすか?」
「そうですが、それが何か?」
「俺にはサツキ君っていう弟のように思ってる子がいます。そのサツキ君に酷い仕打ちをしたのがこの街の孤児院にいたんですよ。そいつは、とある人が天誅を食らわしてくれたんで既にこの世にいないんですが、俺はどうにも気持ち悪さが拭えなかったんです。本当にそいつが独断でやったことだったのかって」
サツキ君は孤児院で見せしめにされた、とのことだったが、それ以上の情報を俺は知らない。ヤス君はサツキ君と一緒に生活していたから、深く事情を知っているのかもしれない。話せなくとも筆談は可能なのだから。
「サツキ君に拷問が行われたのが約十年前です。彼から聞いた話だと、院長が代わったのがその辺りだったそうで、その頃から世話をしてくれていた女性が来なくなり、食事の量が減り、暴力を振るわれるようになったらしいんですよ」
「そこにハンが関わっていると?」
「はい。ハンが孤児院の出身者って聞いて間違いないと思いました。俺には元の世界に孤児院出身の友人がいたんですが、彼女の話だと、一緒に育った者の中に異端児がいたらしいんです。それがどうも、ハンの印象と重なるんですよ」
強いものには表向き従って追い落とす機会を狙い、弱いものは力で屈服させる。自分が利益を得られるなら法に触れることも厭わず、その悪事は脅してでも他人に擦り付ける。それでも咎められる事態になれば逃げ隠れする。
「極度の恐怖心を抱えていると、そういう人間に仕上がるって彼女は言ってました。誰も信用できないんですよ。怖ろしくて。要するにビビりなんです。上手くやっているように見せたいだけの虚栄心の塊で、馬鹿にされることも許せないし、心を言い当てられるのも許せない。自分が上にいないと不安で我慢できないんです」
俺は話を聞いていて、まさかな、と思った。サクちゃんとドグマさんの件もある。ここで繋がりが出てもおかしくはない。そう思ってヤス君に訊いた。
「ごめん、ヤス君、その人の名前は分かる?」
「え? ええっと、確か、コガネイとか」
「ギイチ?」
「あ、そうっす! コガネイ・ギイチ! てか何で知ってるんすか?」
俺は溜め息を溢して俯く。やっぱりか。
「会ったことはある?」
「いや、話を聞いたことがあるだけっす」
「そっか。今度話すよ。話の腰折ってごめん。続けて」
「はぁ、まぁいいっすけど」
若干腑に落ちない様子で「話を戻しますが」とヤス君が言葉を続ける。
「ハンは自分を育ててくれたドグマ組長を信用できなかったんすよ。ただ、子供ながらに羨む気持ちから、組長のような力は欲しいと望んだ。じゃあ一からそこを目指すかというと、そうじゃない。ドグマ組長の座を奪うことを考えたんでしょう。そっちの方が手っ取り早いっすから」
「なるほどねぇ。それで毒殺を思いついたってことか。すぐに死ぬような毒を使わなかったのは、自分に疑いが向くのを避ける為っていうのは当然として、あとは責任を擦り付ける身代わりが必要だから、ってことでいい?」
ヤス君が「ええ、そうだと思います」と言って頷く。エドワードさんが顎に指を遣り、何度か細かく頷いて口を開いた。
「ふむ、そうか。ハンがドグマさんの仕事を手伝うようになったのは取り入る為だった、と。そこで経営に携わって、儲けがそれほどでもないと気づいた訳か」
「儲けを優先する方向に舵を切ったところ、孤児院は金儲けの道具にする奴隷の収容所と化した訳ですね。そのサツキ君という子が見せしめにされたというのは、反抗する力を奪う為に、ハンが指示したと言われても確かに納得できますね」
「ドグマの野郎、飼い犬に手を噛まれるどころじゃねぇじゃねぇか」
サイガさんが深々と溜め息を吐く。
「すまねぇな、サクヤ。俺ぁ、ドグマの野郎に何度か忠告はしたんだが、あいつは『もう少し待ってくれ。俺が言って聞かせるから』ってそればっかりでな。昔の誼もあるもんで、仕方ねぇから呑んでやったが、俺も抗争やら縄張り争いなんかにならないようにするので手一杯だった。この通りだ。許してくれ」
サイガさんがサクちゃんに頭を下げる。ヒューガさんも示し合わせていたかのように頭を下げた。サクちゃんは慌てた様子で両手を前に突き出して振る。
「いや、あの、頭を上げてください。俺には何がなんだか。似てるとか、父親だとか言われても、まだ全然実感がないんですよ。三歳の頃に別れたっきりですし、会っても親子の再開って感じにはならないと思いますし」
「三歳か、そうか。サクヤ、お前ぇ、兄貴がいるだろう?」
「え? あ、はい」
「ドグマの野郎が言ってたんだ。『俺には国に残してきた息子が二人いる』ってな。いつまで経っても所帯を持たねぇから、嫁をとる気がねぇのかって聞いたら『一回失敗してるからいい』って言いやがったんだ。『自分は三人を不幸にしたから、もうこれ以上は重くて背負いきれん』だとよ。嘘だとばっかり思ってたぜ」
父さんが、とサクちゃんが呟き、静かに俯いた。




