66.エドワード・マクレーンという男(2)
朱鳥居には汚れの一つも見えず、相変わらず、管理がしっかりと成されていると感じる。信徒が如何に真面目かがよく分かる。
鳥居をくぐって、竹箒で境内を掃除中の日替わり管理担当者と朝の挨拶を交わす。今日は若い狼人の女性だった。気の強そうな顔立ちに赤い毛並が合っている。
そういや、赤毛の狼人って見たことないな。なんか得した気分。
獣人は種別によって、色がほぼ決まっている。猫人と熊人は赤か黒。兎人は青か白。狼人は青か黒。狐人は銀か金。虎人と獅子人は白か金。豹人は黒か黄。
全種共通しているのは灰と茶。濃淡の差やメッシュが入って一色でない場合もあるが、俺が街で見掛けるのはそんな感じ。たまたまかもしれないが。
まぁ、毛色が何にせよ、信徒会所属であることは間違いない。白衣と白紋入りの紫袴で分かるので、いちいち確認する必要がないのは楽でいい。
勿論、偽ることは可能だが、信仰心の高いイノリノミヤ神教信徒のすべてを敵に回し、マモリ衆から命を狙われるという話が常識として世間に浸透しているので、そんな馬鹿をする者はいないという認識でいる。
一応、リンドウさんに事実確認をしたところ「そんな訳あるかい」とのこと。世間で言われていることは単なる噂だと分かったが「けど誰かはやるかもしれんな」と笑いながら言われたので、あながち間違いとも言えないのかもしれない。
イノリノミヤ神教信徒は真面目であるがゆえに、実は結構過激なのだ。
神社前での祈り方は既に聞いていたので、それを行う。跪いて俯き、組み合わせた両手を額につけて瞑目。祈りが済んだら、また狼人の女性のところへ行く。
お布施は禁止されているので、俺の個人的な感謝の気持ちとして、信徒会の所属者にはお手性のお菓子をプレゼントしている。
今日も暑いですねと声を掛け、《異空収納》から取り出したミルクアイスキャンディーを狼人の女性に渡すと、一口食べて大感激された。
「これはどちらで買えるのですか? 信徒会の皆にも教えてあげたいのですが」
「これは俺が作ったものなので、売ってないんですよ」
狼人の女性は俺が作ったと知って驚いて、買えないと分かってがっかりしてと、僅かな間に表情と動きがコロコロと変わって忙しかった。
《異空収納》が使えるか訊くと、小首を傾げて「はい、使えますけれど」との返答があったので、面白い動きを見せてもらったお礼に、俺の《異空収納》に保管してあったミルクアイスキャンディーを三十本ほど渡した。
アワアワしながら遠慮している姿が可笑しくて笑いながら延々と手渡し続けた。人を驚かせるのは楽しいし可笑しい。フィルによれば、俺は幸せ愉快犯とのこと。面白いあだ名をつけられたものだと思う。
「信徒会の皆さんでどうぞ。いつも掃除をありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます! 皆喜びます! あの、お名前を伺っても? 私はローズと言います。信徒会の会長をしております」
「会長さんでしたか。俺はユーゴと言います。この街を拠点にしている冒険者です。それじゃあ、また」
ローズさんに何度もお辞儀をされながら、俺はイノリノミヤ神社を後にした。ジョギングの再開と共に、先ほどの続きを思い返し、情報の整理を始めた。
エドワードさんが話したのは、開拓村の元村長が引き連れていた偽衛兵たちの正体だった。なんと、ヒューガ組の運営している警備会社の社員だったそうだ。
「当初の話では『夜盗に襲われたから屋敷の警備を行って欲しい』ということだったそうだが、いざ村に行ってみると『夜盗が集まっているから討伐して欲しい』という話に変わり、警備会社の面々も混乱していたそうだ」
「あのおっさん、最低最悪じゃないですか……」
「ここまで聞くと喜劇俳優っすよね。周りはまったく笑えないっすけど、どこまで嘘を吐き続けて、どういう風に人生が転がっていくのかをもう少し見てみたかったような気もしますね」
「ヤスヒト不謹慎だぞ。被害者もいるんだからな」
「まぁ、そう言うなサクヤ。ヤスヒトも悪気があって言ってる訳じゃない。俺も気持ちは分かるからな。あの男は確かに喜劇俳優だった。転がった先があの村で、物語は終わってしまったがな。腐敗貴族の中でも、権力があれば嘘を本当にしてしまえるという悪癖が染みついた者は憐れでな。力技でどうとでもできるから、気づかないうちに、まともにものを考える力がなくなるんだ」
「盤面が真っ白に近づいたオセロ盤をまったく関係のない一手で全部真っ黒にできちゃうんですから、考える必要もないですよね」
「そりゃ頭が育たない訳っす」
警備会社の社員たちも既に仕事として請け負っている以上は業務を遂行する必要があったのだが、ミチルさんが出てきて話が変わった。
「社員の中に、ミチルに殴られた者が二人いただろう?」
「いましたね。生きてたんですかあの人たち?」
「辛うじてな。お前たちは気づいていなかったかもしれないが、ほとんどの社員は刃を潰した武器を使っていた。それでも殺傷能力はあるが、基本的には拘束を目的としている為、殺害の指示には原則従わないことになっている」
「殺害指示に従わないって、いや、待ってください! それはおかしくありませんか⁉ この目で見ました! 村人は殺されそうになってましたよ!」
サクちゃんが興奮した様子で椅子から立ち上がる。エドワードさんは「落ち着け」と声を掛け、また座るように手振りで示す。
「んー、全員同じ板金鎧姿だったし、顔も見えなかったからなんとも言えないけど、ビルさんを狙ったナイフの投擲者と、真っ先に殺害指示に従ってミチルさんに飛び掛かったのは同一人物だったのかな?」
「あり得ますね」
「いや、ナイフの投擲者は逃げ出した方だ。こちらで調べてみたところ、ミチルを襲った者と、逃げ出した者の二人だけは刃を潰していない武器を所持していた。それでその二人だが、ドグマ組の傘下の者だった」
「ドグマ組⁉ またハンとかいう奴ですか⁉」
サクちゃんが苛立っているのが分かる。曲がったことが大嫌いな性分なので仕方ないが、怒っても仕方がないことなので、ちょっと頭に氷を置いてあげる。
「ユーゴ、これは?」
「頭を冷やしてもらおうかと思って。ここで怒鳴っても何も変わらないからね」
サクちゃんは我に返ったようにその場にいる全員の顔を見て、謝罪し俯いた。こんなに分かりやすく気落ちしている姿を見るのは初めてだったので驚いた。
後で聞いたが、自分一人だけが術の開発に遅れているのを目の当たりにして余裕がなくなっていたのだとか。気持ちは痛いほど分かった。俺も《過冷却水球》を開発するまでは不安だったし、ヤス君の《氷柱舞》を見たときも少し焦った。
とはいえ、最初は棒の生成で大幅リードしていたのだし、術なしの接近戦だと俺もヤス君も敵わないのだから、どこまで一人でやろうとしてるんだという気持ちにもなる。ヒーロー願望が三人の中で一番強いのは間違いなくサクちゃんだろう。
そんな英雄志望のサクちゃんの質問に、エドワードさんは肩を竦めて答えた。
「ハンが関わっているという証拠はない。ドグマ組の傘下にいることは話したが、それ以上の情報は得られなかったと報告を受けているからな。ただ、可能性は高い。ドグマ組の組長ドグマは現在病床にある。意識も朦朧としているという話だから、まぁ、サクヤの言う通り、若頭のハンが関わっていると見るのが筋だな」
「その組長さんって、やっぱり悪どい感じなんすか?」
「うーむ、難しいところだ。元は流れ者でな、どこから来たのかは知らんが、金貸しと賭博で成り上がった。昔はそれなりに名の知られた冒険者で、ジオなんかは生意気な口を利いてよく叱られていたな。酒を奢ってくれたり、腹を空かせた新人冒険者に飯を食わせてやったりと面倒見の良い人だったんだが……」
ドグマ組長は冒険者を引退した後、娼館と賭博場の経営を始めた。賭博場に付随して金貸しも行うようになったが、その辺りから雲行きが怪しくなったという。
「別に言う必要もないが、この三つは上手く絡む。賭博で金をすった女に金貸しを利用させ、借金が返済できなければ娼館で文字通り体で払わせるといった具合にな。悪質なのは、それを意図的に行えるということだ」
「イカサマっすね。あるあるだなー」
「金貸しの方も、所謂、高利貸しでな。一度借りると返済は不可能に近い。それを知っているから借りた方も賭博で一獲千金を狙うしかなくなるが、イカサマだから返ってはこない。これが厄介でな。どれだけ取り締まっても無限に湧いてくる」
「無理でしょうね。法に触れてもやる奴はやりますよ」
サクちゃんが俯いたまま言葉を続けた。
「俺の父親もそうでした。真面目な人だったんですけどね、人に誘われて一度遊んでからはギャンブル漬けになりました。借金を重ねて最後は消息不明です」
「え、サクちゃんは大丈夫だったのそれ?」
サクちゃんは少し寂しげに苦笑する。
「母親が見切りをつけるのが早くてな。最初の借金が分かった時点で離婚したんだ。俺と兄貴は母親に引き取られたお陰で借金取りに追われるような生活はせずに済んだ。まぁ、父親が嫌いだった訳ではないからな。寂しい思いをしたくらいか」
「じゃあ、マツバラって母方の姓なんだ」
「ああ、元の姓はマサキだ」
この後、エドワードさんが驚いた顔をして立ち上がったんだよなぁ。
俺は心で呟いて足を止める。寮の前に着いた。軽く屈伸と上半身のストレッチをした後で、術で水を出して髪と顔を洗い、手拭いで拭き取る。
まさかもまさか。エドワードさんが言うには、ドグマ組の組長の姓もマサキだった。これには全員絶句したが、最も驚いていたのは間違いなくサクちゃん。
父親の名前はトクマ。漢字にすると独久真。ドグマとも読める。偶然の一致とは思えない。現在は病床にあるとのことなので、エドワードさんに見舞いを取り付けてもらうことになったが、果たしてどうなるのやら。
なるようにしかならんか。
俺は大衆食堂に入り、先に食事をしていたフィルとヤス君に合流した。サクちゃんはエドワードさんとの会見の日以来、一人でいる時間が多くなった。早くまた一緒に朝食を食べる日が戻ってこればいいと願っている。




