64.そこで略すと危ないけど皆喜んでるからいいか(2)
これまでの熱気が嘘のように鎮まり、集会所は狼狽えた村人たちの僅かなざわめきが残るだけとなる。
だが、怒りを顕にした様子の村長に対し、負けじと言い返す者たちもいた。ビルさんと一緒に行動していた士気の高い三人だ。
「どこに行ってやがったこの野郎!」
「お前がやってたこたぁ、もう皆知ってんだからな!」
「散々俺たちのこと馬鹿にしやがって! 帰れこの詐欺師が!」
たった三人の怒号。だが、その三人の叫びで、村人たちにまた火が点いた。
集会所に熱意が戻ってくる。それは激しい糾弾の声となって、村長を襲った。
「やかましいっ! この反乱者共がっ!」
村長が叫ぶと、わらわらと衛兵隊が集会所の中に入ってきた。
「衛兵⁉ エドワードさんが動かしたのか⁉」
「いや、違いますね。雰囲気が全然」
「あー、ヤス君が言うなら間違いないね。本当にただの馬鹿だったんだ……」
俺は落胆して状況を静観した。困惑の波に飲まれつつある村人たち。衛兵隊はその周囲をぐるりと取り囲む。
村長は偉そうに踏ん反り返って歩きながら、悪どそうな顔つきを更に醜悪に歪め、懐から一枚の紙を取り出して掲げた。
「見ろ! この委任状を! わしは国王陛下から直々に任じられてこの地の代官となった! 貴様らはそのわしに夜襲を掛けて殺そうとしただけでなく、ありもしない罪をでっち上げて糾弾した! 言え! これは誰の扇動によるものだ!」
「何を言っている!」
ビルさんが怒鳴り、村人たちの中を通って先頭に立つ。
「そんな出鱈目を並べたところで、この場にいる者は誰一人として信じないぞ! お前のしたことは許されることじゃない! 詫びろ! そして罪を贖え!」
衛兵の一人が素早くナイフを投擲した。それはビルさんに向かい一直線に飛んだ。だが当たらなかった。ナイフは高い音を発して跳ね返り、床に落ちた。
「ビルさん格好良いけど駄目っすよ。狙ってくれって言ってるようなもんじゃないっすか。そんなに目立っちゃリーダーだって丸わかりっすよ」
「こっちは助かるからいいじゃない」
「なぁ、事態についていけてないんだが。どういうことだ?」
ビルさんを守ったのはヤス君の《氷壁》。どうやらヤス君も俺と同じく発動領域を無視できるようだ。透明で見えにくいが、俺も水術を使う。ナイフが投擲される前から術が行使されているのが分かったので慌てる必要がなかった。
ナイフがビルさんに命中しなかったこと。そして俺たちがビルさんの側に来たことで、衛兵の振りをしている偽物たちと村長は明らかな動揺を見せた。
「な、何者だ⁉ 貴様ら⁉」
「あ、ちょっと静かにしてもらっていいすか。あと二人来ますね。フィル君かな」
「え、無視すんの? 俺、名乗ろうと思ったんだけど。もう一回頼む?」
「もういいんじゃないか? こういうのってタイミング逃したら難しいぞ」
村長が顔を真っ赤にする。頭から湯気が見えそうな形相で少し心配になる。
「ぐっ、ぐうう、この、礼儀を知らん田舎猿共めっ! やれっ!」
偽衛兵たちが動こうとしたので、俺たち渡り人組は村人たちを守れる位置に立ち、適度に脅しの術を放ちながらヤス君の言う二人を待った。
俺は例の如く《過冷却水球》。サクちゃんは短棒の投擲。ヤス君は鋭い氷柱を何本も自分の周囲に浮かべて動かしている。その牽制で偽衛兵たちが近寄って来ない。
「何それ⁉ 氷柱が護衛兵器みたいになってるけど⁉」
「格好良いっしょ。《氷柱舞》って命名しました」
「実用性も高くていいな。何だよ、俺が一番術の開発遅れてるじゃないか」
「あー、いたー! いましたよー、ミチルさーん!」
「はーい。あら、皆さんお揃いのようですね。これは都合がいいです」
フィルがミチルさんを伴って現れた。それを見た俺たち渡り人組は顔を見合わせ集合する。
「エドワードさんだと思ってたんすけど」
「俺も。なんでミチルさんなんだろ?」
「なぁ、何がどうなってるんだ? いい加減教えてくれよ」
「衛兵は偽物。どっかのゴロツキを金で雇って板金鎧を着せてるだけで、エドワードさんが出した兵じゃないってこと。村長は嘘に嘘を重ねまくってんのさ」
「ビルさんを反乱の首謀者に仕立て上げて、他の村人を言いくるめるつもりだったんじゃないすか? 罪に問わないとか水に流すとか言って。宿場町のゴロツキと同じで、武力で抑え込んで恫喝して従わせようって魂胆っすよ」
「なぁ、それ相当危ない橋を渡ってるように聞こえるんだが」
だから馬鹿だって言ってるでしょ、と俺とヤス君の声が揃ったところで小声会議終了。フィルとミチルさんが歩み寄ってきていた。
「フィル、おかえり」
「ただいまー。ジオさんとエドワードさんにも話してきたよ」
「あの、ミチルさんはどうしてここに?」
ヤス君が訊ねると、ミチルさんがにっこりと笑って四方に一礼した。
「皆さん、お疲れさまです。今回、こちらにいるアイアン階級の冒険者であるフィル君から報告を受けて、冒険者ギルド規定違反の調査確認の為に参りました。アルネス冒険者ギルド、サブマスターのミチル・コムラと申します。それで、どなたが依頼主かは分かりますか?」
サブマスター⁉ なんか出世してる⁉
「あ、あいつです!」
俺が混乱してる間にビルさんが村長を指差す。すると村人たちが一斉に村長を指差し同調した。それに合わせて責め立てる声が上がり、集会所は騒然とする。
俺はミチルさんのサブマスター宣言が聞き間違いだったのではないかと悶々としていたが、村長の怒鳴り声で我に返った。
「黙れ黙れ黙れっ! 黙らんかっ! おいっ! そこの女っ! よく聞けっ! わしはっ国王陛下からっ直接この地の代官を任じられて――」
「うるさーい!」
ミチルさんが物凄い大声を出した。場が静まり返る。
「冒険者ギルドの罰則に貴賤の差はありません! これは王国法に基づいてますからね! 貴方がどこの誰であろうが、しっかりと罰は受けてもらいます!」
「ぐ、ぐ、おい衛兵! この女を殺せ! いや、皆殺しにしろっ!」
村長の怒鳴り声が響いた直後、偽衛兵たちが武器を構えて襲い掛かってきた。
だが、真っ先にミチルさんを狙って襲い掛かった一人が車の衝突事故のような音を放って一瞬で姿を消すと、集会所はまた静まり返った。
皆、立ち尽くしていた。俺も目を疑った。ミチルさんが偽衛兵を殴ったのは分かった。だがその後が信じられない。偽衛兵の着ていた重鎧が紙切れのようにひしゃげて、集会所の壁を突き破って飛んでいってしまったからだ。
「はい、また増えました。冒険者ギルド職員への暴行教唆、国民への暴行教唆も罪状に加えます。それとこれは至極当然の話ですが、あなたが今しようとしたことは、私にも今すぐできるんですよ? それはお分かりですか?」
「な、何を言っとる?」
「お分かりになりませんか? 私一人で皆殺しにできると言っているんです。ただそれではこの場の皆さんの気も晴れないでしょうから、そうですねぇ。両手足を折って、裸にひん剥いてスパイキークラブの前に置き去りにしましょうか」
偽衛兵の一人が逃げ出そうとしたが、狂気の獣と化したミチルさんの餌食になった。激しい衝撃音を放って消えてしまう。あれはどこまで飛んでいくのだろう。
俺は怖ろしさのあまり身動きができない。ヤス君とサクちゃんも同じく。フィルに至ってはガタガタと震えている。ミチルという名の恐怖が場を支配していた。
「か、金を――」
「贈賄罪も加えます。極刑に近づいてますが、まだ馬鹿を続けますか?」
ミチルさんの横顔が怖ろしい。まるで悪魔のようだ。
偽衛兵は既に武器を捨て始めていた。村長もそれを目にして諦めがついたのか、がくりと項垂れて床に崩折れた。それを確認したミチルさんが村人たちに向き直る。ヒィッと短い悲鳴が上がるが、無理もないだろう。この人こんなに強いのか。
「それでは、皆さんにお伝えします」
ミチルさんが制服のポケットから手紙を取り出し読み始めた。
『まずは謝罪させて欲しい。惨状を知りながら、これまで救うことができずに申し訳なかった。心から詫びる。当地の開拓はアルネス領主である私エドワード・マクレーンが五年前に発案計画したもので、本来であれば、アルネスの事業として行う予定だった。だが四年前、新王の命により領地を接収され、王国政府に開拓事業ごと奪われる形となった。これは言い訳になるが、進言が通らず、王命を突き通されたが為に従わざるを得なかったこともまた伝えておく。自領ではないゆえ、手を拱くこととなったが、今回の一件を期に王国政府の管理が杜撰であったことを徹底糾弾する気概でいる。堪え忍んでくれたその忍耐に見合うだけの賠償金を国庫から必ず毟り取り、自領として取り戻すことを約束する。その間、当地への代官派遣は何をおいても許すことはないゆえ、アルネス領主権限で代理を立てることを許す』
「以上です。領主様から、新たな門出の祝いとしてこの村の改名も許されています。皆さんでお決めになって頂いて結構とのことですよ」
「だ、代官が来ない? 代理を許すって」
「ビルさん! ビルさんがこの村の村長だ!」
村人たちは歓声を上げ、ビルさんを胴上げした。わっしょいわっしょいの掛け声と共に高く上がったビルさんがおでこを天井の梁に衝突。村人たちは手を叩いての大爆笑。中には膝から崩折れて床を叩くものまで現れた。
ビルさんも額を撫でつつ泣いて喜んでいた。俺たちも村人たちから怒涛の如く感謝を受けることになったが事故を目撃した後なのでわっしょいは断った。
ほとんどミチルさんが美味しいところを持っていった形だったが、偽衛兵と村長の捕縛は俺の過冷却水球で行ったので、少しは貢献できたと思う。
新村長となったビルさんの最初の仕事は村の改名。俺たちもその歴史的瞬間に立ち会うことになったのだが、ビルさんの発した言葉は「パイラブ村」だった。
村人たちは大歓声を上げ、あちこちで村の名前が叫ばれたが、俺たちパーティーとミチルさんが言葉を失ったことは言うまでもない。
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