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62.他人の思いって急いでるとどうでもよくなる(2)




「お、ええんか? あ、あー、せやな。なら、帰りは任せてくれ。で、急いどるんやったな。何から話したもんか。あ、ユーゴの無属性転移術からやな」


 リンドウさんが術についての話を始めた。


 術者には周囲に領域があるという。


 名称は発動領域。その名の通り、術が発動できる領域で、人によって大きさが違うらしいが、最大でも半径二メートルほどとのこと。


「わしは、五尺あるかないかや。うちで一番広いんはスミレかなぁ。それでも六尺には届かん」


「俺の発動領域が物凄く広いってことは?」


「いや、ないな。三尺三寸くらいに見えた。王国民の平均以下やな」


 え……平均以下って情報入れる必要ある?


 俺は狼狽えそうになるのを、軽い咳払いで誤魔化す。


「そう言われても、俺は目に入る位置ならどこでも発動できてしまうんで」


「それが、無意識に転移術を使とるからや言うとる。ユーゴが近くで術を発生させたときには無属性の魔力を感じんかったが、遠くに出すときは感じたからな」


 俺が術を使うときは、無意識に領域内、或いは異空内で発生させたものを転移で飛ばしている。というのがリンドウさんの推測。


「でも俺、リンドウさんみたいに転移はできませんし、そもそも転移って闇属性術ですよね?」


「闇属性の転移術は影を使うから、まったくの別物や。影から影にしか飛べん」


「無属性はそういった制限がないってことですか?」


「いや、無属性術の転移は、異空収納と同じで、別の空間を通り道として利用すると考えられとる。それで、実は何人も死人が出とる」


 ん?


「ちょっと待ってください。死人っていうのは使った人が、いや、えー、使われた場合も、んーすいません詳しくお願いします」


 よく分からなくなった俺に、苦笑したリンドウさんが落ち着けと手で示す。


「術者が転移した後、地面の中とか壁の中とか天高くとか、酷いときは人や魔物の中にめり込んで死んだらしいわ。そういう記録がある。ちなみに全部渡り人や」


「記録ってことは、実験ですか?」


「察しが良いな。そのとおりや。昔、ラグナス帝国が渡り人攫って転移術実験をやらせとったんや。けど転移先が定まらんくて、誰一人として術を完成させたもんは出んかった。で、禁術指定や」


 禁術扱いになった経緯は、転移先が皇太子の体と被ったことだったらしい。


「見るも無惨な遺体で発見されたらしいで。皇帝が激怒してな、実験の関係者全員と、その一族に至るまで、拷問極刑に処されたんやと」


 話が逸れたな、とリンドウさんが話の筋を戻す前置きをしてから口を開く。


「ユーゴは無属性転移を知らんうちに使うとる。ただ、わしはこれ以上の発展は望んでおらんっちゅうことを分かって欲しい。発動領域っちゅう常識を得た今、少しは歯止めになるとは思うんやけどな」


「歯止めとやらの実感はまるでないですけどね? でも無属性転移が危険だってことは理解しましたんで、これ以上発展させる気はないですよ」


 これは、本心からの言葉だった。実は俺が無意識に転移術を使っていたと教えられた直後、こっそり術ではなく物にも使えないかと試していた。


 だが、できなかった。正確には、無理にやらなかった。


 物を転移させるには今の魔力量では足りないという感覚があり躊躇した。


 それでも何故か発動できなくはない。という矛盾。


 魔力が必要量に満たなくても術の発動は可能。それが分かる。だが、どうしても初めの一歩を踏み出せなかった。


 何故なら、頭に転移したブーツがめり込んで死ぬ未来が見えたからだ。


 これは初めての感覚だった。言うなれば映像版の警鐘だ。


 もしかすると、必要魔力量が足りないのに術を使うという行為には罰則のようなものがあるのかもしれない。


 そう推測を立てたところで、帝国の記録の話を思い出してゾッとした。


 攫われた渡り人たちもこれを見たのだとしたら、監禁されて絶望した末の自殺だったということになる。


 酷い結末が待っていると知った上で転移を行使したってことは、死んだほうがマシだと思うようなことを帝国にされてたんだろうな……。


 一体どんなことをされたのか知る由もないが、ろくなことではないだろう。


 胸糞悪い想像に軽く身震いしたところで、リンドウさんが言いにくそうな雰囲気を出しつつ口を開いた。


「あー、あとな、常識っちゅう点で言うと、術は生成から発射までが一つの組になっとるんや。それを水球一発にあないに沢山の術を発動されると怖いわ」


「知ってますよ。リンドウさんがその一式を与えてくれなかったんじゃないですか。俺たちだってそういう感じで発射したいですよ。でも生成しても発射されないんですから仕方ないじゃないですか」


「うわ、そうなん?」


「念動力を覚えるまで、水球を浮かせることさえできませんでしたからね。手を障壁で包んで落下する水球を受け止めて、物理的な力で投げてたんです。それでも途中でばらけるんで、まったく使い物になりませんでしたけどね」


 術名の中には生成と魔力調節と発射が含まれている。途中でキャンセルしない限りは、発射までが必ず行われる。これはフィルから聞いて知った。


 だが、俺たち渡り人組の場合はそうなっていない。生成したら基本サイズとやらに勝手になるらしいのだが、そうなったことなど一度としてない。


 つまり俺とヤス君は、毎回目分量で調味料を投じる料理のような感覚で水球を生成しているということだ。


 サクちゃんの作る棒にしてもそう。毎回仕上がりが違う。その日のコンディションによって微妙に変わるそうなので、最適な物を作れている可能性の方が大きいが、いずれにせよ、慣れるまでは物凄い大変だったことは紛れもない事実。


 その点に関して文句と恨み言を延々と絡めて交錯させた上で並べ立てることもできたのだがやめておいた。時間が勿体ない。


「術に関しては、もういいでしょうか?」


「んー、せやな。取り敢えずはこんなもんや」


 話が終わったとのことなので、今度は俺の方から伝えねばならないことを口に出す。ようやく本題に入れる訳だ。長かった、とまずはホッと息を吐く。


「なんや、そのやっと終わったみたいな溜め息」


 バレた⁉ 俺は苦笑して両手を前に出して振り、否定の仕草で誤魔化す。


「まぁ、気にしないでください。それでは、こちらからの話なんですが――」


 アルネスの街で起きた内容について話す。リンドウさんは途中で口を挟むこともなく、俺が話を終えるまで、ずっと難しい顔で聞いていた。


「街中で人が突然魔物に転じるなんてこと、あるんですか?」


「ない。というのも、前に話した通り、人の往来があるところは魔素が散る。せやから街中には魔素溜まりは出来ん訳や。ほんで、魔素溜まりに触れる以外に、人が魔物に転ずることはないから、ない。としか言えんのやけど……」


 リンドウさんが顎に手を遣り思案顔で唸る。


「街中で、しかも人通りの多い繁華街で、それまでまともやった者が急に半狂乱になって、それから魔物に転じた、か……」


「何か分かりますか?」


「まだ何とも言えんな。一番に頭に浮かんだんは魔石やけど、そのまま使うて魔物化するっちゅうことはないな。わしの過去についてはスミレから聞いとるな?」


 リンドウさんの問い掛けに俺は首肯する。


「クリス王国公爵で元筆頭術師と伺いました」


「そうや。忌々しいけどな。まぁ、せやから言えることなんやけど、王国軍では、魔石を魔力回復に使用しとる。そういう使い方ができんかと、多くの国が実験、研究した、血塗られた努力の結晶っちゅうてもいい」


「実験の際に、魔物化があったってことですか?」


 リンドウさんはかぶりを振る。


「そうやない。わしが言うとるんは、国力増強の為に作られた技術やっちゅうことや。魔石による魔力回復は、主に戦争で使われたからな。ほんで、その実験の際に魔物化は起きてない。どこの国でも魔石を粉末にして飲ませるところまではやった。適切な量やないと、魔力過多で体内の魔力経路が傷むっちゅう害と、内臓、特に胃が悪うなるっちゅうことでクリス王国では禁止された」


「他国では禁止されていない、ってことですね」


「ほうやな。非人道的の代名詞であるラグナス帝国は今でも禁止しとらんみたいやけど、それでも一時的な増強でしか用いられんようになっとるらしい。当然や。常用したら魔力経路がズタズタ、胃はボロボロ。体内を魔力が巡らんようになって死んでまうからな。で、そのラグナス帝国はありとあらゆる人体実験を行ってきた訳やけど、体に魔石を埋め込むまでやっとる。これはやな、意図的に人を魔物化させようっちゅう実験やった。まったく上手くいかんかったけどな」


 リンドウさんが肩を竦める。要するに、人を魔物化させる実験も秘密裏に並行して行われてきたが、どれもが失敗に終わっているということを言いたいようだ。魔物化はそう単純ではないということらしい。


 それはそうだ。魔石は当たり前のものとして世間一般に普及している。小さな魔石を子供やお年寄りが誤飲してしまうこともあっただろう。それで魔物化していないのだから、体内に埋め込んだところで結果は同じと見るのが普通。それを灯台もと暗しとしたならまだ分かるが、これまでの話を聞く限り、ラグナス帝国の場合、胸糞の悪い変態加虐性愛者が多いだけだと思う。


「まぁ、魔石が利用された可能性はあるが、それ単独では魔物化は果たせん。何らかの薬、術、魔道具、或いは呪符なんかが関わっとるはずやな」


「なるほど。大変参考になりました。ありがとうございます」


 俺は一礼し、立ち上がる。伝えはしたし話も聞いた。もう十分だろう。


「行くか?」


「ええ、あ、あとすいませんがもう一つ。四肢を欠損した場合、回復は難しいですかね? もし回復が可能なのであれば、出来る方を教えて頂きたいんですが」


「なんや? 誰ぞ大怪我でもしよったんか? まさか、フィルの坊か?」


「いや、俺たちじゃないんですよ。依頼で訪れた村に、そういう怪我を負った人が何人もいるそうなので、どうにかならないかなーと」


「ほう、そうなんか。まぁ、せやな、一応スズランが使えるが、はっきり言うて未熟やぞ。スミレの目も、サツキの舌もまだほとんど治せとらんしな。王国軍に得意なんが何人かおったけど、わしもう関わりたないし、そこは堪忍な」


「ああ、いえいえ、回復が可能ということが分かっただけでもありがたいです。凄く助かりました。それじゃあ、お手数ですがザザ村まで転移をお願いします」


 リンドウさんが「ん?」と小首を捻って目を点にする。


「すまん、どこやそれ?」


 しばしの、沈黙。場所を訊かれたということは……。


「もしかして、一回行ったところしか転移できないとかですかね?」


 リンドウさんが首を竦めて片目を閉じる。


 そして後頭部を片手でペしりと叩いて舌を出す。


「あっちゃー、それ考えとらんかったわー。テヘッ」


「そうですか。では街道までお願いします」


 戯けるリンドウさんを前に、間髪入れずに冷淡な調子で言う。


 俺の生涯において、ここまで人に冷たくしたことは、おそらくないだろう。




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