61.他人の思いって急いでるとどうでもよくなる(1)
「えー、話を纏めると、リンドウさんは、そのギイチ・コガネイとやらに俺たち三人をぶつけようとしていたってことで良いですかね?」
「そうだ」
スズランさんが頷く。リンドウさんは、もう観念したようで口を挟むことはなかった。不貞腐れたようにそっぽを向いている。
「正直に話そう。拙者は、リンドウのやり方には納得できなかった。誠実さに欠けるからだ。それゆえに、ユーゴ殿たちに術の常識を植え付けたいと考えていた」
だが、理由はもう一つある。と、スズランさんは続ける。
「怖ろしかったのだ。新たな化け物を生み出すことになるのではないかと。しかし、リンドウはギーを倒せ得るのは渡り人だけだと言ってな」
言いくるめた。スズランさんのことも、俺たちのことも。
「そして今日、ユーゴ殿の術を見て、拙者は気が気ではなくなった。リンドウは上手くやると言っていたが」
騙されたと知ったとき、裏切られたと気づいたときの憎しみの強さは知っている。もし、それが発端となり俺たちに牙を剥かれたら……。
そういう怖れを、二人とも抱いていた、とスズランさんは言う。
結果、リンドウさんは俺たちを信用できないが為に、目的を隠したまま利用する形を継続し、スズランさんもまた俺たちを信用できないが為に、すべてを明かそうとした。ということらしいのだが、俺は何だかよく分からなくなっていた。
騙していたとか利用していたとか、それを後暗いこととして抱えている時点で如何に真面目かがよく分かる。それに俺たちがここを去るときに見せた涙や、名残を惜しむ姿も演技だったとは思えない。二人はとても気のいい人たちだ。
リンドウ一家には、十分過ぎるくらい世話になっている。そこに打算が含まれていたところでどうだと言うのか。むしろそれがあって安心しているくらいだ。
ギイチ・コガネイという敵を倒す為に俺たちを使う?
願ったり叶ったりだ。どう恩義を返すかという問題で頭を悩ます必要がなくなったと思えば、こちらとしても非常に助かる。ただより高いものはないのだから。
そう、だからこそ思う。
どうでもいい、と。
そして、今じゃない、と。
冒険者として活動していく以上、ドグマ組のように絡んでくる輩は出てくるだろう。名の知れた悪人とも、いずれ相まみえることがあるはずだ。
つまり、リンドウさんとスズランさんの過去や、胸に秘めた思いを俺が知っていようがいまいが、大した差はないということだ。
え、因縁の相手だったんですか? 偶然ですね。倒しちゃいました。
という呆気ない終わり方でも、俺は一向に構わないと思っている。発生する害は面白みに欠けることくらいで、倒したという結果は何一つ変わらないのだから。
それに、戦うにしてもまだまだ先のことになる。リンドウさんでさえ勝てないという相手にゴブリンに殺されかけた俺が太刀打ちできる訳がないだろう。
そんな先の話で時間が潰されていると思うと鬱陶しくて仕方がない。
スズランさんめぇ。
小さな溜め息を溢しつつ俺はステボで時刻を確認。まるで終業五分前の時計のように時刻表示を見つめて、早く終わらないかと待っている。そんな失礼な行為に気づいた様子も見せず、スズランさんが語り続ける。
「拙者は、謝罪し、許しを得た後に、正式に依頼という形で、ギーを討つ助力を願いたい。そう思ったのだ」
「あ、そんな畏まらなくてもいいですよ。俺たちはですね、そのギーっていうやつとは根本的に違うと思うので大丈夫です」
「力を持つと人は変わる。特に渡り人の場合はな」
参ったなぁ。
対応が雑になっている自分がいる。現在、午前十時。昼にはここを出発したいと考えている。術の話も聞かないといけないし、魔物化の話もある。
ザザ村のことも気になるし、フィルが無事に戻るかも心配。ドグマ組のこともあるし、ってもうこれ以上抱えたくないんだが。また時間あるときにして。
俺は指先で頬を掻きつつ、どう答えるべきかを思案してから口を開いた。
「んー、大丈夫です。俺たちはどれだけ力を持ったとしても、理不尽に誰かを傷つけるような真似はしませんよ」
「ふん、口では何とでも言えるからな。ギーも似たようなこと言いよったわ」
「俺を騙して利用し続けようとしていた人が言うことではないと思いますよ」
うっ、とリンドウさんがたじろぐ。俺は苦笑する。
「俺が大丈夫って言うのはですね、仮に俺が人の道を外れるようなことがあったとしても、残る二人が必ず止めてくれると思ってるからです」
それに、リンドウさん、スズランさん含め、他にも頼れる仲間がいるので。だから大丈夫です。そう言葉を続ける。
スズランさんと見つめ合う。やがてスズランさんは根負けしたように俯いた。
思い出したくないものが脳裏に蘇った。そんな印象。唇を噛み締め、拳を握り締め、悔しそうにしている姿がそれを物語る。
真面目すぎるんだよなぁ。
多分、ギーという男は非常に分かりやすい裏切り方をしたのだろう。弱いうちは猫を被って過ごし、魂格が上がり能力も高くなったら豹変した、という具合に。
聖人君子が極悪非道。そんな印象を与えたに違いない。
たちの悪いやり口だ。
最初からそうしようと企んでいたのか、それとも途中で魔が差したのか。
いずれにせよ、人を傷つける勇気と恨まれる覚悟があったギーと俺とを一緒にされるのは心外だ。何故なら俺にはそんな覚悟はないからだ。
小心者で怖がりな俺を、そんな度胸のある奴と並べて考えて欲しくない。
俺は傷つけないで済むのなら誰も傷つけたくはないし、魔物相手であっても武器を振るうことに躊躇いがある。
傷つくのは嫌だが、傷つけるのはもっと嫌だ。だから戦闘も相手が比較的軽症で済むであろう体術を用いている。
過冷却水球にしたって、相手を拘束し戦意を喪失させるという発想から生み出したものだ。無論、自分の命の方が大事なので、聞き分けがなければ殺すことになるが、それは最後の選択肢にしたい。俺はそういう人間だ。
そんな俺が、目の前の二人に裏切りなどという無用な心配を抱かせるようなことは、本来であればないはずだ。なかったはずなのだ。
なのに――。
それがギーの所為で……!
どうしてこんな少年漫画のような恥ずかしい台詞を吐かねばならんのか!
腹立たしいことこの上ない!
早く帰りたいのに!
「拙者は――」
「あ、それ今日はもういいです。また今度で」
思い詰めていた顔のスズランさんが一気にポカンとするが無視。
「リンドウさん、術について教えてください。あと、話したいことがあるので、できればリンドウさんの部屋で。転移でお願いします」
「ん、お、おう、分かった」
リンドウさんが俺に歩み寄り、手を肩に置く。
一瞬暗転しリンドウさんの部屋に景色が変わる。俺たちは部屋の隅に置かれた履物置きの上に立っていた。木製のやたら幅が広くて長い盆というか、何人か立っていても大丈夫なシューズトレイのようなものだ。
リンドウさんが、下駄を脱いで和机の前で胡座を掻く。
俺は土足で部屋に上がり、リンドウさんに驚いた顔を向けられる。
「あ、すいません。つい、いつもの癖で」
しれっと嘘を吐きつつ履き物置きに戻り、ブーツを脱いでからリンドウさんの対面の座布団に正座する。
「さっきはすまんかったな」
リンドウさんが神妙な顔で頭を下げたが、これも長引きそうだと判断。
「あ、いえ、そういうのもういいです。無駄なんで」
「う、怒るわな、そりゃ」
「いえ、怒ってませんよ。もう事情が分かったからです。ギーはクズ。これで十分です。凄惨な過去や経緯、恨み辛みはまた皆で聞きに来ますのでまた今度ということで。では、術についてのお話をお願いします」
俺は早口でそう言って頭を下げる。
冷たいようだが、帰りたいのだから仕方がない。
「あー、なんや、もしかせんでも、急いどったりする?」
「はい。本来ならもう帰路に着きたかったところです」
「帰りは転移で送るで?」
ハッ――!
「ウイナと見習い二人もヤスヒトとサクヤの顔見たいやろし、連れてこ思うとってんけど、その反応見ると、もうわしらとの関係は駄目になってもうたみたいやな。はぁ、しゃあないな。自業自得や」
「いやいやいや、違いますよ。是非お願いします、リンドウさん」
実際は転移で帰るという発想が抜け落ちていただけだ。それに気づいたときのハッとした顔が「何言ってんだコイツ」という風に見えたのだと思う。
拒絶を受けたと勘違いしていたらしいリンドウさんは、俺の返答を聞いた途端、目に見えて表情を明るくした。




