60.俺だけ知らない人の話題で盛り上がられる
「やっぱり、おかしいんですかね?」
「まさかとは思うが、ヤスヒト殿とサクヤ殿も同じようなことができるのか?」
どうですかねぇ、と俺は腕組みして思い返す。
「ヤス君は、そもそも攻撃術をあまり使いませんから、分かりませんね。でも、サクちゃんは昨日やり方を教えたら、その場で使えるようになってましたんで、多分、ヤス君も使えるかと」
「頭が痛くなってきた。これほどの使い手がまだ二人……」
「そ、そんなになっちゃうほどですか?」
「こいつは心配性なところがあるからなぁ」
リンドウさんは、頭を抱えたスズランさんを顎で示しながら言った。それから俺に向き直ると、眉を下げた笑みを作って言葉を続けた。
「ユーゴ、わしらが驚いたんは、お前が無属性転移術を用いたからや」
「へ? 転移術?」
思いもよらない言葉に呆けてしまう。リンドウさんが苦笑する。
「やっぱり知らんかったか。まぁ、知らんでも不思議はないわな。わしらも敢えて、術についての常識を教えてこんかったからな」
その理由は常識という枠組みを取り払うことにあった。と、リンドウさんが続ける。スズランさんいわく、提案したのはリンドウさんらしい。
この世界に生まれた者は、生まれながらに術で可能なことの限界を感覚という形で備えており、並大抵のことではその壁を破れないのだとか。
渡り人であっても、常識を知ってしまえば、似たような状態になってしまう。
できることと、できないことが明確化すると、できないことには挑みもしなくなる。それどころか、意識の埒外に追いやり、考えもしなくなってしまう。
「そんなん、ユーゴたちかてつまらんやろ?」
当たり前を疑ってぶち壊すのが新入社員の仕事だと、上司が言っていたことを思い出す。無知であるのもまた力。環境に慣れると見えなくなるものがある。リンドウさんはド素人の発想から生まれる新たな技術に期待したということだろう。
スズランさんが、重々しい溜め息を吐く。
「拙者は反対したのだ。術は知識あってのもの。それを与えないのは術の成長を妨げ、ユーゴ殿たちを危険に晒してしまう可能性があるとな」
「それが、フタを開けてみたら別の心配をせなアカンくらいに成長しとるもんやから、スズランはこうして頭を抱えとるっちゅう訳や」
「当たり前だ! ギーのような前例もあるんだぞ!」
急にスズランさんが怒鳴り声を上げたので、俺の心臓と肩が跳ね上がった。
場が静まり返る。
びっ、くりしたー……。
心臓が大変なことになっている。確実に寿命に影響あっただろこれ。
胸に手を当て場にそぐわないことを考えている俺と違い、しっかりと空気を読んだのが優秀エルフのスミレさん。不安そうな顔をする子供たちを引き連れ、静かにリンドウ邸へと入っていく。それを見計らったかのように、リンドウさんがコホンと軽く咳払いして口を開く。
「まぁ、そのことは置いといてやな、ユーゴにそろそろ術の常識について教えておいた方がええなと」
一旦言葉を区切り、リンドウさんが後頭部を掻く。その仕草が、どことなく申し訳なさそうに見える。
「今更やし、それをユーゴの術の歯止めにするっちゅうこっちの魂胆も見え見えやろうから、面白くないかもしらんけど、受け入れてほしい。って言うてみたところで、効果があるかどうかも分からんけどな」
俺は少し考える。話の流れから推測すると――。
「それは、布石を打つという認識でいいですかね?」
「せや。たとえそれが、気休めであったとしてもな」
うん、理解した。
おそらく、俺たちは二番目の規格外に成り得ると思われたのだろう。
スズランさんの言うギーという渡り人が最初の規格外で、手に負えない悪人になってしまったというところか。
「分かりました。術についてはこちらから訊きたいくらいでしたから、問題はありません。ただ、一つだけ確認をさせてください」
「確認? なんや?」
「その、ギーっていう人が、二人を脅かすような真似をしたんですね?」
「いや、それは――」
「違う」
スズランさんが俺を真っ直ぐに見つめる。
「我々ではなく大勢を脅かしている。本名はギイチ・コガネイ。マモリ見習い時代の兄弟子で、ユーゴ殿たちと何ら変わらず、真面目で穏やかな青年だった」
「やめや! そんなもんユーゴに何の関係もあらへんやろが!」
「黙れ! 関係が無いなどと嘘を言うな! 我々ではギーに勝てんからと、ユーゴ殿たちを利用しただろうが!」
「こっ、この阿呆! まだ利用言うほどのことしてへんわボケが!」
「しているだろうが! 既にお前の思惑通り、ユーゴ殿はギーに匹敵する術を手にしている! もう手練手管で誘導するのはやめろ!」
「あのー、落ち着いてもらってもいいですか?」
そう声を掛けると、怒鳴り合っていた二人がピタリと言い争いを止め、こちらにバツの悪そうな顔を向けた。




