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6.傷だらけの二人といただきます




 神社という表現は語弊があるのでリンドウ邸と呼ぶことにする。そのリンドウ邸に招かれ、俺たち渡り人の三人は食卓に着いているのだが、色々とおかしなことがあって困惑している。


 まず、このリンドウ邸、外と中とで印象がまるで違う。少し変わった神社くらいにしか見えなかったが、中に入ると完全に和風の屋敷だった。襖で仕切られた畳張りの部屋がいくつもあり、板張りの廊下が走り、池や庭園までもがある。


 なんでも、この屋敷は建築させたものを術を使った道具によって封じてあるのだとか。つまり俺たちはその道具の中に入っているということらしい。仕組みは分からないが、とんでもない道具があったものだと思う。


 これだけでも既に意味不明なのだが、食事を用意しにやってきた男女二人を見てまた言葉を失う。


 顔に大きな傷のある隻眼の少女と、腕や足などに虐待を受けた痕跡のある少年。スズランと装いが同じだが、初見の印象はまるで違った。酷く痛々しい。


「家人のスミレとサツキや。スミレは亜人族のエルフで、サツキは人族。ちなみにわしらは獣人族の狐人や」


 家人に食事を用意させる、という言葉は事前に聞いていた。家人というからには、リンドウ、スズラン、ウイナ、サイネと同種の狐人だと思っていた。だが紹介されたのは別種族である上、訳ありな模様。


 しかも、リンドウたちもまた種族が同じだというだけで家族ではなく、その体を成しているだけだという。血の繋がりがあるのは双子の姉妹であるウイナとサイネだけだとか。ただウイナが姉で、姉の威厳を語尾で出しているとの情報は蛇足だと思う。リンドウは話すのが好きなのかもしれない。


「あー、スミレは奴隷商人に馬車で運ばれとる最中に魔物に襲われてな、囮にされたんや。そんときに爪で片目を抉られた。どうにか躱したから、一本傷で済んだが、直撃しとったら頭が吹き飛んで死んどったやろな。ほんで、サツキはまぁ、孤児院におってんけど、見せしめにされたっちゅうかな」


 こちらを安心させる為なのか、リンドウは言い辛そうにしながら二人の外見の理由を説明した。正直聞いていられなくて、途中で俺が「あの、もう大丈夫です」と言って止めた。カタセ君もマツバラさんも表情を暗くしていたので、俺と同じ気持ちだったと思う。リンドウもホッとしたようだった。


 その家人の二人、スミレは種族がエルフだかららしいが、見た目が十代半ばで実年齢は三十歳。サツキは人族の十四歳で、今はマモリの見習いとしてこのリンドウ邸で暮らしているという。


「そのマモリって何ですかね?」


 カタセ君が訊いた。彼の順応性の高さはやはり目を見張るものがある。積極的にこの環境に馴染もうとする姿勢が見て取れる。マツバラさんとも既に打ち解けていて、お互いがどのようにこちらに来たのかも食卓に着く前に話し終えていた。


 マツバラさんは、登山中に突然道が分からなくなったという。よく行く山道を歩いていたら、急に見知らぬ山の風景に切り替わったそうだ。


 そこがこちらのレンゲ山というところだったらしく、俺たち同様、巨大な化け物に襲われたところをリンドウたちに救われたのだとか。俺たちのときはアンコウに似たものが襲ってきたが、マツバラさんの方は熊に似たものだったらしい。アンコウだろうが熊だろうが、巨大化すれば怖ろしいことに違いはない。


 リンドウに向けたマモリについてのカタセ君の質問は、取り敢えず食事を始めた後にしようといった内容の返答でやんわり先延ばしにされた。カタセ君は「あ、そっすね」と軽めの返事で素直に従った。


 背の低い食卓に並べられたのは、白米、豚の角煮、漬物、味噌汁。すべて後に、のようなもの、という言葉が付くのはさておき、見た目は和食だった。器にどことなく中華料理店っぽい雰囲気のものがあったりするので、和食風と表現するのが妥当だろう。


 そして、案の定というか、箸置きと箸が用意された。


 既に神社や刀や着物などを目にしているので、おそらくそうなのだろうなとは思っていたがその通りだった。


 リンドウが合掌し、それに合わせて全員が合掌。軽いお辞儀をして、いただきます。食前の挨拶まで同じ。慣れ親しんだ文化が異世界にあると、こんなに違和感があるものなのか。


 ところで、この並びは一体……。


 俺は小首を捻る。リンドウとスズランが両端に向き合って座っているのはいいとして、俺の隣にサイネとマツバラさんがいるのは何故だろう。


 疑問を感じて間もなく、ああ、そういうことかと気づく。


 マツバラさんの隣にはウイナ。向かいの席ではカタセ君がマモリ見習いの二人に挟まれている。


 簡単に言ってしまえば、渡り人は全員、両脇を固められて逃げられないような状態で座らされているということ。


 こんなことをされなくても、今更逃げようもないのだが。


 念には念をということなのか、はたまた俺の考えすぎなのか。


 考えたところで、日本人の中でも取り分け警戒心の薄い平和ボケした俺に分かるはずもないので、気にせず食事を始めることにした。


 まずは角煮を一口。うっ、これは……。


 味噌汁を啜り、白米を食べ、漬物をかじる。


「どや、口に合うか?」


 はい、と渡り人組は答えたが、カタセ君と目が合うと苦笑された。


 そう、俺たちは嘘を吐いた。多分、マツバラさんも同じことを思っているだろう。この料理、何かがおかしい、と。


 漬物は浅漬け。瓜のような野菜を軽く塩で揉んで、水気を出して絞ったものだろう。味はやや塩気が強いが、これは許容できる。まったく問題ない。白米も美味しい。こちらはむしろ普段食べているものよりも甘みがあり美味しく感じる。


 ただ味噌汁はおそらく出汁を取っていない。それに具材に癖がある。小豆は違うと思う。味のすごく薄い塩味ぜんざいに、ほんのり味噌の香りがついた感じ。不味くはないがほぼ素材の味だけなので物足りなさが否めない。それでも中には美味しいという人がいる気がする。俺は喉を潤す為の白湯感覚でいる。


 そして角煮は臭い。非常に獣臭い。この一言に尽きる。味が薄いのでより臭さが際立つ。嫌がらせではと疑いを抱くほどに不味い。口に入れて飲み込むまでがタッチの差。正直、呼吸を止めて一秒噛むのもほどほどに味噌汁で流し込んでいる。


「口に合う? ふーん、おかしいなぁ、お前ら鼻腐っとるんと違うか?」


 味噌汁を口に含んでいたカタセ君が軽く噴き出す。


 すぐに俯き、片手で口を覆っていたので大丈夫なようだったが、隣のサツキがアワアワしながら手拭いを渡している。


「やめてくださいよ、変なこと言うの。大惨事になるところっすよ」


「いや、この臭いに気づかんのかと思ってな。うちは全員顔しかめて食べるからな。このワイルドスタンプの肉」


「すいません。湯掻いてはいるんですけど、臭みが取れないんです」


 スミレが申し訳なさそうに言い、サツキとともにしゅんとする。料理をした二人からしても食べ辛いものらしく、口に運ぶときは何かを決心したような顔をしている。平然としているのはスズランただ一人で、ウイナとサイネに至っては手をつけてすらいない。


「あの、ショウガってあります?」


 俺は思わず、そんな言葉を口走っていた。


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