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57.相手が子供でも棍棒で殴られればそりゃ折れる




 翌朝、カーテンの隙間から差し込む陽の光で目覚めた俺は、隣のベッドで寝息をたてているフィルを起こさないように、肌着のまま部屋を出た。


 軋みは仕方ないとしても、足音を鳴らさないように配慮しつつ一階に降りて、異空収納から出した衣服と装備品を身に着ける。


 現在は素泊まり宿という経営形態の為、一階には誰もいない。


 朝食の準備くらいはしておいてやろうと、昨晩のうちにこっそり用意しておいたサンドイッチを皿に載せて、人数分置いておく。具はベーコン、トマト、レタス。全部、集会所の帰りにビルさんが購入してきてくれたものだ。


「凄い反応でしたよ!」


「うん、お父さん、すっごいカッコ良かった!」


 昨晩の親娘の様子を思い出して苦笑してしまう。頬を紅潮させて、興奮冷めやらぬといった調子だった。


 ビルさん、ああいうの向いてるのかもしれないな。


 まず声が良い。膨らみがあって聞きやすくよく通る。話の内容も簡潔で分かりやすく、捲し立てるように話すこともなかった。


 夕食の僅かな時間だけでも、そんな風に感じさせられたのだから、おそらく魅力値が高いのだろう。弁が立つ、というほどではなかったが、集会ではしっかりと村人の心を掴んだに違いない。と思う。


 俺は人魚亭を出て、ランニングを始めた。このまま祈りの森へと向かう。


 辻馬車が街道を通る時間でもないので、トレーニングがてら走って行ってしまおうという腹積もり。ギルドで見た地図だと、ザザ村はアルネスと祈りの森の端との中間地点にある。俺たちが祈りの森から街道に出たときの位置からアルネスまでが約十五キロだと聞いているので、おおよそ十キロ程度かなと考えている。


 その程度であれば、装備を着た状態でも三十分もあれば着くだろう。


 そう思っていたのだが、俺は最も大事なことを失念していた。


 それは、ここが異世界であるということ。


 元の世界にはいないものが、当たり前のように存在し、跋扈しているのだ。


「くっそ」


 街道に入るなり、森から出てきた魔物に襲われた。醜悪な顔つきをした緑色の肌を持つ小鬼。数多くのファンタジー作品に登場するゴブリンだ。


 能天気にも、俺は探知術を使っていなかった。苦手意識があるからと、日頃ヤス君に任せきりだったツケを払わされたというところ。


 そして、そのツケは大きかった。ゴブリンが飛び掛かりざまに振り下ろした棍棒を、装備のない箇所でまともに受けてしまったのだ。


 咄嗟に右拳でガードしにいったが、反応が遅れた。まるで間に合わず、弾きも捌きもできずに、籠手のない上腕を打たれ折られてしまった。


 痛ったぁっ! 嘘だろ⁉ ゴブリンってこんな強いの⁉


 というのが、初撃を食らった瞬間に思ったこと。


 腕を折った経験があったので、筋肉だけで宙ぶらりんになった右腕を見ても取り乱すことはなかったが、ゴブリンの腕力には戸惑った。


 ダンジョンの上層では見掛けたが、フィルとヤス君が簡単に処理していたので、弱いと思い込んでいた。だがそれは飽くまで遠距離からの的確な攻撃があったからだと殴られてようやく気づく。対峙するのも攻撃を受けるのも初めての経験で、認識を改める必要があると思い知らされた。


 考えてみれば、これまで魔物からの攻撃を受けてきたのはすべて防具の上からだ。エノーラさんの見繕ってくれた装備品がいかに優秀なのかも理解した。生身だとゴブリンの攻撃でも、骨折するほどのダメージを受けるということか。


 それはそうか、と思う。どれだけ肉体を鍛錬したアスリートでも、思い切り棍棒でぶん殴られたら子供の力でも折られる可能性は高い。ゴブリンの腕力は成人女性を容易に組み伏せるくらいはあるというし、折れても当然と思い直す。


 むしろゴブリンで良かったと思うべきか。


 仮にこれがワイルドスタンプの不意の突撃だったら、間違いなくこの程度の怪我では済まなかった。それでも、意識が保ててさえいればまだ生き残れる可能性はあったろうが、十中八九、初撃で俺は死んでいただろう。


 だってそんなのスピード違反した軽自動車に撥ねられるのと変わらないんだもの。言ってしまえば異世界交通事故。前方不注意のワイルドスタンプからすれば、あ、なんか轢いた。くらいなもんだろう。いや、むしろ轢きに来るか。


 背筋が寒くなるな。う、吐き気も。あー、痛いなぁ。


 ゴブリンは三匹。前方で広がり、左右の二匹が俺を囲む隙を狙っている。


 あからさまだな、くそ!


 連携を取る知能はある。だがそれを隠す程には賢くない。


 そういった強がりのような捉え方をしたものの、怪我を負った状態では、馬鹿正直にじわじわ迫られる方が怖ろしいというのもまた事実。


 これは、呆けているとあっという間に袋叩きにされる。それを理解した俺は、ダメージで生じた吐き気と震えが走る体を無理やり動かし牽制に努めた。


 ゴブリンを目で威嚇しつつ、じりじりと後ろへ退く。ゴブリンも距離を詰めてくるので、間合いは変わらない。いつ新たなゴブリンが現れるかも分からない。このままだとジリ貧なのだが、俺はこっそり右腕を治していた。


 練習しておいて良かったー。


 俺は後退しながら右腕に回復術を掛けていた。光属性を得てから、自分の擦り傷や体の痛みを相手に毎日欠かさず練習を重ねていたのだ。


 だがそれだけではこう容易く回復させることはできなかっただろう。というのも、その頃はまだいまいち成長の実感が得られていなかったからだ。


 俺の回復術が急激に成長したのは魚を使い出してから。生きた魚の骨を折ったり身を切ったり諸々試して、回復しなければ美味しく頂いた。


 もっともそれは懐が温かくなってからの話。時期にするとかき氷屋を初めて一週間ほど経った頃。


 やはり魚は高級品、生け簀にいるのは安いものでも一匹銀貨五枚もする。バカスカ殺して食べていたらお金があっという間に底を着く。なので、なるべく殺さないように、ちまちま傷つけては治して腕を磨かせてもらった。


 先日、フィルにマッドだと言わしめたのは、その所業が原因だったりする。


 フィルが言うには、俺の回復術はおかしいらしい。傷はともかく、骨折は本来、骨の位置を戻してやらないと治っても歪むとのこと。


 そして無詠唱。どうやっているのか訊かれたが、俺に分かる訳もない。


 ただ痛みが引いて体が元の状態に戻るようにイメージしているだけなのだ。脳内麻薬とか筋繊維とか言われてもそんな小難しいことなど一切考えていないので他に伝えようがない。医学知識も術の知識もまるでないのだから訊かれても困る。


 ちょっと面倒臭く思う程にはしつこく質問されたので「痛いの痛いの飛んでけーと心で唱えている」と嘘を教えておいたが、やっているのだろうか。


 物凄く気になるから帰ったら訊いてみよう。そしてやってたら謝ろう。悪戯にしてはたちが悪いと自覚。これは本気で怒られそう。


 余計なことまで振り返ってしまった気がするが警戒は怠っていない。練習に使った魚の尊い犠牲に感謝しながら、右手を開いたり閉じたりして調子を確かめる。


 うん、痛みはない。完全に回復したようだ。


 俺が右腕を上げて構えると、ゴブリンが明らかな動揺を見せた。


 その隙に、俺は素早く距離を詰め、森から最も遠い位置にいる向かって左側のゴブリンを右拳で軽く殴りつける。


 顎の側面に綺麗に入った。頭がグリンっと動いたのを確認しつつ、バックステップ。


 真ん中のゴブリンが棍棒を振りかぶって飛び掛かってきたので、サイドステップし、顔面に右足でハイキック。


 ゴブリンが地面に落下し、大の字になる。俺はまた距離を取って構える。最初に殴ったゴブリンは武器の棒切れを手放しふらふらになっていた。


 よし、あと一匹。


 残る一匹は、短刀を持っていた。錆びてボロボロだが、刃物であることには違いない。斬撃を受けるのは避けたい。傷より血を失うのが困る。


 回復術の実験で分かったことだが、出血後の魚は回復させても弱っていた。


 回復術は、血液は増やせないし、排出された体液も戻せない。というのが常識らしいが、おかしいと言われる俺の術もそこは同じようだった。


 萎縮を狙って仲間を先に倒したが、どうやら狙い通りにはいかなかったようで、最後の一匹は敵意を剥き出しにして威嚇してくる。しかし、どれだけ恐ろしい顔を向けられようが、俺は恐怖や怒りなどの感情を抱くことはなかった。


 その理由は、もっと怖い人を知っているから、ではない。


 とにかく、臭い。もう鼻が曲がりそうなほど臭い。一刻も早くこいつらから離れたいという一心で、最後の一匹の進行方向に《過冷却水球》を設置。


 ゴブリンは顔面から飛び込み凍りつく。俺はすかさず追加の《過冷却水球》を生み出し浴びせ掛ける。ついでに残りの二匹にも。すぐ側に《過冷却水球》を生み出して、どんどん浴びせ掛けて氷結させる。ちょっとした振動などの刺激でも氷結してしまうので、生み出すのはなるべく近くを心掛ける。


 普通の水球のように発射できれば楽なんだけどな……。


 できなくはないが、相当難しいし魔力もかなり食う。


 失敗しても《氷塊》になるので、打撃ダメージは与えられるのだが、自分に入る精神的ダメージが大きいのでやりたくない。物凄くお金を掛けた料理が失敗に終わったときのような、がっかりした気持ちは味わいたくないのである。


 はぁ、しかし。


 肉弾戦だけで倒したかったのだが、どうしても耐えられなかった。手を嗅いで確認すると、やっぱり臭い。顔を顰めざるを得ない臭気。


 こんな奴らから魔石を取らなきゃいけないのか。冒険者って大変だよなぁ。


 魔物の死骸を放置すると、アンデッドに転じたり他の魔物の餌になったりするので、埋めるなり燃やすなりの処理が必要になる。それらができない場合は、街道から離れた場所に運ばねばならない。


 うーん、嫌だけど、仕方ないよな。


 俺は穴を掘る道具も火を起こす道具も持っていない。属性もそれらの作業に対応していない。なので選択肢は一つしかない。


 葛藤はあったが、俺はゴブリン三匹の死骸を《異空収納》に収めた。魔石は森の中に捨て置くときに取ることにした。



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