56.スパイキークラブ物語(5)
「許しがたいな……!」
夕食の席で、俺はビルさんから聞いた話を皆に伝えた。ヤス君は平然としていたが、サクちゃんが怒りを露わにした。
「ウハハ、サクやん、言い回しが武士みたいっすね」
「ヤスヒトは腹が立たないのか⁉」
「まぁ、どこにでもありそうな話っすからねー」
ヤス君が塩茹でスパイキークラブの脚肉にかぶりつき、頬張りながら話を続ける。視線が遠くに向いていて、心ここにあらず、というように見えた。
「元の世界のこと考えてみてくださいよ。胸糞悪い話がザラだったじゃないですか。でも、関係ないってスルーしてたはずっす。それが賢い生き方だって、そういう感じに仕上がっちゃってたでしょ、俺たち含め」
「元の世界を持ち出されるとね。僕アメリカだし、何も言えなくなっちゃう」
フィルが苦笑しつつ、新たな脚肉に手を伸ばす。
「それはそうだが、腹が立つのは別問題だろ?」
「その後の話っすよ。あっちだと腹が立っても何もしなかったのに、こっちだとあっちこっちで人助けっていうのが気に食わないだけです」
「突っ掛かるね。ヤス君、元の世界で何かあったの?」
ヤス君が大袈裟に首肯する。
「ありましたねー。もううんざりするぐらい。馬鹿みたいっすよ。必死になって助けようとした人が死んじゃってたんです。大学中退したのもその所為っすよ」
「死んじゃってた?」
「山で遭難したんす。遺留品は血塗れの服とリュックだけ。熊にやられたって聞いてます。生存の望みなしって言われても仕方ないくらいズタボロでした」
「民間捜索隊の費用か」
サクちゃんの呟きに、ヤス君が鼻を鳴らして頷く。
「口では綺麗ごと並べて、いざとなったら誰も手を差し伸べてくれませんでしたよ。自己責任だって。今のユーゴさんやサクやん見てると、それ思い出しちゃって」
ヤス君以外、脚肉に伸ばした手が止まる。サクちゃんが溜め息を吐く。
「軽く重いこと言うなよ。聞かされても気の利いた返しはできないぞ」
「望んでませんよ。それに、二人がそうだとは思ってないんで、完璧八つ当たりなんすけどね。でも、なんていうんすかね? あのとき、こんな感じで二人が居てくれたらなぁ、なんて思っちゃって。すいません」
ヤス君が頭を下げる。俺は側にいたけど、今とは関係性が違った。外見も若くはなかったし、できることも少なかった。ヤス君の事情を知った上で、それでも力になれたかといえば、答えは否だ。ままならないよなぁ、と思う。
「まぁ、気にすんな。俺は気にしてないからな。それはそうとして、ユーゴはビルさんの為に動くつもりなんだろ? どうするんだ?」
「動くというか、全部ビルさん任せだね。集会所に人を集めて、村長がやったことを周知してもらってる。なるべく熱く、村を憂う思いをぶち撒けてくれとは頼んだけどね。こっちからの指示は今のとこそれだけ。ヤス君じゃないけどさ、ここは俺たちとは関係が薄いでしょ。村民に解決してもらうのが一番だからね」
ヤス君が脚肉を食べる手を止めてぽかんとする。
「ユーゴさん、それって」
「そうだね。考えたんだけどさ、やっぱ『目には目を』が一番かなって」
フィルが小首を捻り、ヤス君が笑いだす。サクちゃんは頷いた。
「そうか。事実を明るみにすれば、部外者の俺たちが手を出す必要はないか」
「いや、何言ってんの? 手は出すよ? ビルさんに村長になってもらう」
全員が声を揃えて「は?」と言う。齟齬があったようだ。俺は最後の脚肉を素早く取って頬張る。フィルが「あっ!」と短く声を上げて体を跳ね上げる。
「日本人って最後の一つ気遣いで残すんじゃないの?」
「皆が皆そうだと思うなよ元アメリカーナ」
恨みがましい目を向けられるのを、精一杯の悪人面で返してやる。
「で、ビルさんを村長にって話は?」
「ああ、ごめん。まぁ、現在の村長の行動って、俺が元の世界で勤めてた職場の責任者と似てたんだよ。部下の報連相がしっかりしてても、自分は意図的にそれを上げない。だから対策が立たない。怪我人が出ても自己責任。しかも備品や雑費、消耗品は自費購入とか言いつつ、ちゃっかり横領しててね」
「酷いな」
「うん、問題は、横領が発覚した後だったんだ。後釜に据えられた奴が、同じようなタイプでね。結局何も変わらなかった。それで人事に直訴して、現場の熱意ある人を責任者にしたら万事上手くいったんだよね」
「なるほど、この村でそれをやると。けど、ここの村長って代官なんすか?」
「アニーが王都から来た偉い人って言ってたからそうなんじゃない? 文句ばっかり言うし、田舎者って見下すから嫌われてるって。はい、ユーゴ、僕はスパイキークラブのおかわりを要求します」
「断る」
すげなく断るも、しゅんとされると弱い。
「後でね」
やった、とフィルご機嫌。満面の笑顔。小憎らしい。
「はぁ、話を戻すけど、まぁ、多分、村長は貴族でしょうと。爵位なしの次男坊とかね。ここはアルネスの領内だけど、あのエドワードさんが望んで任じたとは思えないし。何かしら汚い理由があったのかな、と」
「僕こういうの疎いから、はっきり分かってないけど、エドワードさんに報告すれば解決って話ではないよね。あのパッツンパッツンな無駄に威圧感のある外見脳筋詐欺領主が内情を知らない訳がないだろうし」
酷い言われようだな。その通りだけれども。
「つまり、あれか。金を詰んで代官に任じてもらったは良いものの、任地は田舎の開拓漁村でがっかりして、おまけにスパイキークラブまで出てしまった、と?」
「いや、魚介は高級品っすからねぇ。儲けに目が眩んじゃったってことも考えられますよ? ただ、いざ始めてみたら村人は怪我するしうるさいし、何だよこれ最悪じゃん、嘘だろー、やる気ねぇわー、もう帰りてーって感じっすかね」
「だな、不貞腐れたんだ。それを放置っていうのは、様子見されてるのか、迂闊に手を出せんのか。ああ、そうか。ここでユーゴの話か」
「そう。切ったとしても、後釜にまともなのが就くと思えない。って、エドワードさんは判断したんだろうなって。同じことが繰り返される可能性が大いにあるってことでしょ。ミリーの勧誘じゃないけど、そんなの構ってられないよ」
「そうだねー。あれはしつこいよー。もううんざり」
フィルがげんなりし、ヤス君が顎に手を遣りうーんと唸る。
「でもそれじゃあ、ビルさんが村長ってのは難しいんじゃないっすか? 平民が代官に任じられるなんて、この国じゃ厳しいと思いますけど」
「そこは多分、大丈夫だと思うんだ。要は、国が無視できない功績をビルさんに上げてもらえば良いんだよ。その為には、村人との強固な結束も必要になる。だからまずは集会で熱意を見せてもらってるんだ。で、これね」
俺はテーブルに山積みになった殻を指差す。
「そうか、スパイキークラブ!」
「そゆこと。捕獲方法さえしっかりしちゃえば、村おこしの格好の材料にしかならないんだよね、これ」
「問題を解決させたビルさんは村長になり、僕たちにスパイキークラブを贈ってくれるようになるんだね!」
「フィル君はなんでそうなるかな。商売っしょ。ユーゴさんの術があればどこでも卸せる。ん? これ下手したら宝石ばりの超高級品になるんじゃないっすか?」
涎と欲望に塗れた二人は無視して、俺はサクちゃんに顔を向ける。
「悪いんだけどさ、サクちゃんは刺又の作り方とか、使い方とか村の人に教えてあげられないかな? 村人に危険がないような罠とかも相談してもらいたいね」
「OKだ、任せとけ。しかし、あれだな。ユーゴの作戦は『目には目を』というより『金には金を』だな」
「敢えて下衆な言い方は避けたけど、いざ耳にすると相当インパクトあるね」
二人で思わず苦笑したところで、ヤス君が肩を竦めてかぶりを振った。
「ユーゴさんは敵に回しちゃいけないっすねー。怖ぇっす」
「こっちの台詞だよ。あ、ヤス君は、探知方法のコツみたいのあったら使えそうな村人に教えてあげて欲しいんだ。というか、俺が知りたいからいつか教えて」
「了解っす。不意打ち注意、安全第一っす」
「フィルは俺と行動しようか。二度手間になったけど、一旦、アルナスに帰って冒険者ギルドに報告してこようかと思ってるし」
「あ、それなら僕一人で行ってくるよ。ユーゴはリンドウさんに魔物化の話をしてこないと。この旅はそれが目的なんだし」
「んー、大丈夫? 見た目が子供だから、一人だと心配になっちゃうんだよ」
「あはは、気をつけるよ」
話がまとまったので、その日はお開き。とはならず、帰ってきたビルさんとアニーを加えて夕食再開。追加で調理したスパイキークラブに舌鼓を打った。




