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54.スパイキークラブ物語(3)




「いらっしゃい」


 扉を開けてすぐに鈴音が鳴り、店主らしき痩身の男にやる気なく迎えられる。受付カウンターの向こうで椅子に腰掛け、かなり深く背もたれに身を預けている。


 店主はこちらを窺うように上目で一瞥すると、壁に掛けられている鍵に手を伸ばした。それを取って向き直り、愛想なくカウンターに鍵を捨てるように置いた。客商売をする者とは思えない対応もここまで一貫していると腹が立たない。


 多分それは、この人が誰にでも分け隔てなくこういう態度で接客しているのが分かるからだと思う。最後に客を泊めたのはいつなのか知らないが、怒りより憐れみの方が大きくなるような埃っぽさがこの人魚亭からは感じられた。


「一人素泊まり銀貨三枚。部屋は二人部屋しかない。うちは飯は出してないから、余所で食ってくれ。嫌なら泊まらなくていい」


「そういう割には、元は食堂もやっていたっぽいですよね」


 俺は隣の部屋を覗き見ながら言った。


 カウンター付近と違い日が差して明るい。その部屋だけは念入りに手入れされているのか、いくつか置かれている四人掛けテーブルに埃を被っている様子はない。俺はそれを眺めながら、店主の前に依頼受注書を置く。


「アルネスの冒険者ギルドから来ました。ユーゴです」


 俺は続けてヤス君とサクちゃんを紹介する。店主は依頼受注書を手に取り確認しつつ、片眉を上げて、品定めするように俺たちを見る。


「三人……全員で受けるのか?」


「いえ、俺だけです」


「あんたが? 見たところ手ぶらだが、食材は? ここに書いてある通り、うちは調味料や添え物程度の野菜しか用意できんぞ」


 返答しようとしたところで、背後から呼び鈴の音。振り向くと、開いた扉の先からフィルと女の子が入ってきた。俺たち三人は軽く身構えたが、女の子に「ごめんなさい」と深々と頭を下げられて顔を見合わせた。


「フィルから聞きました。お兄さんたちが、厄介者のスパイキークラブを退治しに来てくれた冒険者だって」


「何⁉」


 店主が受付カウンターに手をついて勢いよく立ち上がる。そして、突然の大声にびっくりして肩が跳ね上がった俺を、大きく開いた目で見つめた。


「本当か! あんたらが退治してくれるのか! あの悪魔を!」


「い、いえいえ、するんじゃなくて、したんです。もう終わってますよ」


 俺はカウンター向こうからぐんと身を乗り出してくる店主に思わず身を仰け反らせ、両手のひらを向けて苦笑しながら説明を終える。


 ちょっとしたホラーっすね、というヤス君と、それを短い返事で肯定するサクちゃんの小声の遣り取りが耳に入る。確かにこの変貌振りは心臓に悪い。


 あだ名を瞬間湯沸かし器にしてやろうか。まだドキドキしてるよ。


 ふぅ、と胸に手を当て跳ね上がった鼓動を落ち着かせようと試みている間に、フィルが《異空収納》から凍結したスパイキークラブを取り出して見せた。


 店主と女の子がヒィッと息を吸うような小さな悲鳴を上げる。


「アニー、大丈夫だよ」


 フィルが女の子に優しく言う。アニーだったか。惜しかった。


「た、確かにスパイキークラブだ。だが、無傷じゃないか。どうやってこんな……。こいつは本当に死んでるのか? また動き出すなんてことはないよな?」


 俺の《過冷却水球》は被った所だけが凍結する為、被る量次第では一見すると氷漬けに見えない。割と透明度が高いのも、そう思わせる原因に一役買っている。


 フィルはスパイキークラブを店主に差し出す。店主はおっかなびっくりといった感じで受け取り、あらゆる方向から確認する。いい仕事してますね。


「冷たい……⁉ まさか、氷漬けになってるのか⁉ これを、あんたらが⁉」


 ぐんと来るのやめい!


 そのぐんいらん!


「お、落ち着いてください。ちょっと」


「そっすよー。五十匹は駆除しましたね」


「ご、五十匹⁉」


「はい、ここにいるユーゴがやりました」


 ん?


「そっすね。ユーゴさんがいなきゃこんな風にはできなかったっすね」


「うん、後処理も大変だったろうな。ユーゴ様々だ」


「そ、そうか、あんたが」


 店主が感極まった表情で俺を見つめる。焦って周囲を確認したが、頼れるパーティーメンバーはうんうん頷いている。何かおかしい。次の依頼は俺一人でやるのだが、そこに至るまでの過程が歪になりそうな雰囲気を感じて変な汗が流れる。


「ああ、すいません。私はビルと言います。この宿の店主をしております。部屋は二階です。どうぞ自由に使ってください」


 店主のビルさんが鍵を差し出すのを、フィルとヤス君が受け取る。


「後は任せる」


「あ、いやちょっと」


 サクちゃんが俺の肩を軽く叩いて、二階へと向かう。


「お先っすー」


「僕もおさ――」


「待てい」


 フィルの首根っこをむんずと掴まえる。「やめて! ローブが伸びる!」とか言いながらジタバタするが気にしない。気にしてなるものか。


「フィルはアニーちゃんの相手をお願いね」


「な、何でだよ?」


「この状況を作ったのはフィルだよね?」


 ビルさんだけでなく、アニーもまた両手を組み合わせ、俺に羨望の眼差しを向けている。この視線に晒されながら次の依頼をやるのは精神的に厳しい。


 だって、悪魔って呼ばれるような物をこれから調理して出すんだからね。


 ヤス君とサクちゃんは、おかしな空気になるのを見越して逃げたのが丸分かりだが、俺は咎めない。何故なら俺もそうするから。誰だってそうするだろうから。


 だがフィルは別だ。許しちゃいけない。おかしな展開になったのも、フィルがそうなるように動いたからだ。今回はこいつが戦犯であることは間違いない。


「俺は見てたよ」


「な、何をだよ?」


「フィルの悪い顔」


 フィルがビクリと体を震わす。俺はハーフエルフ特有の、エルフに比べて短めの尖り耳に顔を寄せて艶めかしく息を吐くように囁く。


「シラを切ろうなんて思っちゃ駄目だよ。寝てる間に、フィルのアソコに俺がアレを突っ込むことだってできるんだからね……」


「アソコに、アレ……?」


 フィルが怯えの混じった驚愕の表情を浮かべ、ゴクリと唾を飲み込む。


「フフフ、もしそんなことになれば、くしゃみが止まらなくなるよ!」


「鼻にコヨリかよ!」


 頬を染めて激昂するフィルを嘲笑しつつ、俺はアニーにフィルの面倒をみるようにお願いした。アニーは嬉しそうにフィルの手を取って外へ出ていった。


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