53.スパイキークラブ物語(2)
辻馬車に揺られて村に着いたのは昼頃だった。
村の名はザザ。この村ができたのは数年前で、名前がないと不便だからと、村長が波の音からつけたそうだ。その命名方法は如何なものかと思いつつ、村に入って最初に見かけた第一村人の爺さんにスパイキークラブについての話を聞いた。
「迂闊に喋れんけど、色んなもんを傷だらけにしていくのは確かだねぇ」
「網に被害が出ているって依頼書にあるんですけど、他にもあるんですか」
「そりゃあ、あるさ。見りゃ分かる。酷いもんだよぉ。だけど、やっぱり漁師にとっては仕事道具の網が一番問題かねぇ。投げ入れても破られるんだけんどもな」
「保管場所を変えるとかは?」
「試した試した。てんで駄目さ。仕舞ってても建屋の中まで入り込んでくるんだものぉ。直した側から切られちまう。あんなもん、俺らじゃ手に負えねぇよ」
「え、扉を破ってですか?」
「いやいや、壁もさ。木なんてすぐだ。あっという間。挟まれっと、腕くらいなら簡単に落とされちまうからなぁ。数もいるし、何匹か一緒にいたりするから、駆除すんなら十分気をつけなよぉ。どえらい凶暴だかんなぁ」
ということだったのだが――。
「サクちゃん、そっち行った!」
「OK、任せろ!」
「あー、あっちの方に三匹反応ありっす」
「ちょっと君たちどうなってんの⁉」
俺たちは、村に上がったスパイキークラブを、村人がぽかんとした顔をするくらいの速度で捕獲、収納していた。
全長五十センチくらいはある棘だらけの蟹。花咲蟹とそっくり。違うのはやたらとでかい鋏を持っていることと、夏二期から秋二期にかけて頻繁に海から上がってくる習性があること。
非常に獰猛で力が強く、動きが俊敏。害虫ではなく、もはや害獣の域の魔物。
そう、スパイキークラブは魔物だった。冒険者ギルドの規定だと、本来なら討伐依頼として出すべきものだ。害虫駆除扱いなのはおかしい。
魔物だと気づいたのは、発見した直後。「魔物っすね」というヤス君の言葉があったお陰。動物と魔物の違いは魔石の有無なのだが、体表を魔力で覆っているかどうかでも判別が可能らしい。
俺とサクちゃんはまだよく分からないが、ヤス君とフィルには分かるそうだ。鋏や関節が明らかに強化されているとのこと。
それで俺は混乱、躊躇した。スパイキークラブの激しい威嚇に若干の恐怖もあったがそれ以上にどうしたものかと思った。明らかな規定違反依頼だったからだ。
元々デメリットもないし、依頼を放棄した方が良いのではないか?
そう提案しようとしたが、サクちゃんが土術で刺又を作り、あっという間にスパイキークラブを押さえ込んでしまった。
「ユーゴ、例の術で凍らせてくれ」
「あ、分かった!」
「規定違反だよね、この依頼。これって魔物だよ。サイズも害虫じゃないし」
「現物を持ち帰って受付で見せてやれば良い。ギルドが依頼を受諾して斡旋したんだ。間違いがあれば、俺たちに補償金が出るだろ」
「おー、流石サクやん、頭いいっすね。それめっちゃ儲かるやつだ」
捕獲方法が実践されて上手くいったこともあって、全員がサクちゃんに同意。村内でスパイキークラブの大捜索が始まった。
ヤス君が見つけて、サクちゃんが押さえて、俺が《過冷却水球》を当てて凍結。
死んだスパイキークラブをフィルが拾って《異空収納》に放り込むという作業をひたすら繰り返している。
「いいなぁ、その術。俺もそれ使いたいんすけど、氷点下を水の状態で維持って、何回試してもできないんすよね。凝固点無視しちゃってるじゃないすか」
「イメージは、ゆっくり超冷たく冷やす感じだよ」
「分かるんですけど、まるで感覚が掴めないんすよ。《水球》からだとまったく冷えないし、《水球》を出さずに念じるとバッキバキの《氷球》になっちゃうんすもん」
「やっぱり相当難しいんだな。触れたら凍るって便利だから、火じゃなくて水属性取ろうかと迷い始めてたんだが、普通は凍らないんだろ?」
「氷は作れても、何かを凍らせるってのはできないね。先に水を掛けてそれを凍らせるのも、水自体が流れちゃうから魔力を繋ぐのが相当難しいって聞いてる。ユーゴが異常なんだよ。狂ってるんだよ」
呆れたように言うフィルを変な顔で睨んでやる。お返しに可愛く舌を出された。お互い歳のことは言うまい。今を生きよう。
「でもそれ、ユーゴだけじゃないみたいだぞ。この前、訓練場で知らない子供らに『変な術使う人たちだ』って指差されたからな。多分、俺たちも含まれてるぞ」
「いやー、ハハハ、俺は例外でしょ。大したことしてないっすもん」
「はぁ、ヤスヒトも十分変わってるよ。蟹を見つけるの一番早いじゃないか。毒も無いとか言うし。あと、サクヤの『武器作成』も速度と硬度がおかしいから」
「そういうフィルも絶対含まれてるよね。サイガさんも『あのカキ氷は誰にも真似できなかった』って言ってたし」
フィルが心外だと言いたげな不満そうな顔をする。
「僕のは既存の術の精度を上げただけだから君たちとは違うよ。君たち、独自の術を使ってるって気づいてる? はっきり言って異常だよ?」
俺はヤス君とサクちゃんの顔を見る。二人とも首を傾げたり竦めたりした。
「既存の術をほとんど知らないし、こういうのあったらいいなと思ってやってるだけっすからね。それをどうこう言われても分かんないっすよ」
「だーかーらー、それが普通はできないの。心詠唱だってちゃんとできる人少ないからね。僕も威力を留めたままの心詠唱は相当練習したんだから」
「あ、その心詠唱ってさ、口に出さないで心で詠唱するってことでしょ? 前々から思ってたんだけどさ、俺のは何か違う気がするんだよね」
「というと?」
「えーっとね、そうだ、サクちゃんは武器の術使うとき心で何て言ってる?」
「『棒』とか『槍』とかだな。今回は『刺又』。その時によって違うな」
「だよね。でもフィルが言うには、それって武器作成って術なんだよね?」
「そういやそうだな。確かに『武器作成』とは唱えたことがない。てことは、俺の術は全部が独立した新術ってことか? ヤスヒトはどうなんだ?」
「俺はもっと適当すね。さっきも『蟹は何処かな』って思ったら、位置がなんとなく分かった感じだし。『毒あるかな』とか、そんな感じっすね」
「な、何それ? 思っただけって……」
フィルが顔を引き攣らせる。
いやそんな顔をされても。と、俺は肩を竦める。
「実は俺もそんな感じで、詠唱したって感覚がないんだよね。『あの辺』とか『今』とか、置きたい場所とタイミングを唱えてるだけだよ」
「それって、逆じゃないかな。普通はさ、距離とか位置とか見定めた上で術を詠唱して発動って感じなんだけど」
「『過冷却水球』なんて、心で唱えても噛みそうっすよね。ハイレベルな戦いだと唱えてる間に敵の攻撃食らっちゃいそうですよ」
「うん。だから、一回も唱えたことない……と思う?」
どうだったかな? 首を傾げて記憶を辿る。
「ち、ちょっと待って、じゃあ無詠唱ってこと?」
「そうなるね」
「それはもしや、僕も手順を逆にしたらできるってことなのかな⁉」
「できるんじゃないっすかね。俺たちができてるんだし。あ、蟹いましたよ」
足を止め、ヤス君が指差した方向に向き直る。二匹、路地の石壁を鋏で突いていた。例のごとく過冷却水球を置こうと近寄ろうとしたとき、その二匹が突然ひっくり返った。壁際の地面から、斜めに土の短い棒が突き出していた。
「なるほど、こういうことか。でもこれ、かなり魔力持ってかれるな」
路地の真ん中でひっくり返るスパイキークラブを俺とヤス君で押さえ込み《過冷却水球》で凍らせる。少しばかり驚いた。
「一瞬、何が起きたのか戸惑いましたよ。離れた場所で武器作ったんすね」
「ああ。試しに『あの辺』でやってみたらできた。思った以上に魔力を消費したが、これは使えるな。ただ、あんまり考えてなかったから、魔力で土を生んで武器化したんじゃなくて、地面にある土を操作した形になった。やって分かったが、使うとき体が硬直して、若干だが余韻もある。すぐ動けないってのは痛いな」
「聞いてすぐできるっておかしいでしょ。問題点まで打ち出してさ。僕は発動すらできないんだけど。これは一体どういうことな訳?」
「んー、やっぱ先入観が影響するのかもね。エルフの里で暮らしてる間につけた術の知識が、できるってイメージを阻害してるんじゃない?」
「あ、それはあるかもっすね。俺も日本で暮らしてた頃、できるってイメージ強く持っててもできなかったですもん。その世界の常識にできないと思い込ませられてる部分は絶対にあったと思うんすよ。《念動力》とか」
ヤス君が、手の平に小さな水球を生み出す。その水球がヤス君の体の周囲を巡り、顔の前に留まる。ヤス君は宇宙飛行士がやるように、パクっと水球を飲み込む。
「おー、器用だね。俺は《過冷却水球》を固定するので精一杯だよ。普通のなら飛ばせるけど、そこまで自由自在には動かせないね」
「いや本当に凄いな。よくそこまで使いこなせるな」
俺とサクちゃんが拍手し、ヤス君が「練習しました」と照れ笑いする。ほんわかした雰囲気の中、何故かフィルだけが怪訝な顔をしている。
「ねぇ、今のって何?」
「え? 念動力っすよ?」
「念動力だな」
「うん、念動力だね」
俺とヤス君、サクちゃんにとっては普通のことだが、フィルにとってはそうではなかったらしい。段々とフィルの顔つきが不機嫌なものに変わる。
「何? もしかして、君たち全員できるの?」
俺たち三人は顔を見合わせて頷く。フィルが「何だよそれ、おかしいだろ!」と叫んで地団駄を踏む。
「僕は物心ついてからずっと術を使ってきたのに! 魔術書も数え切れないくらいいっぱい読んだのに! おかしいよ君たち! どうなってんだよ!」
癇癪を起こした子供、或いは駄々をこねる子供にしか見えない。フィルがこんな状態になるのを初めて見た俺は自分でも驚くほどに狼狽えた。
「そ、そう言われてもなぁ」
「何がおかしいのかも分からないっすもんね」
「取り敢えず落ち着け。誤解を招く」
サクちゃんが言うと同時に、近くにあった家の扉が開き、女の子が出てきた。お下げの赤髪、そばかすのある、気が強そうな顔立ち。やんちゃ娘を絵に描いたらこうなるだろうといった風貌で、俺はトラブルを予感する。
その女の子が、こちらを見てムスッとした顔をしたかと思うと、ズカズカ歩み寄ってきて、フィルと俺たちの間に立った。そして腕組みして仁王立ち。
「ちょっと、お兄さんたち、こんな小さい子いじめて楽しいの!」
遅かったか、とサクちゃんが呟いて片手で目を覆う。ヤス君は頭を掻きつつそっぽを向いて口笛を吹き、俺はやっぱりこうなったかと苦笑する。
「あー、お嬢ちゃん、あのね、いじめてた訳じゃないんだよ。ね、フィル」
「うう、ある意味いじめだよ」
おい、涙ぐむなよ。
「ほら、やっぱりいじめてるんじゃない!」
「いかんな、これは更に誤解を招くぞ」
見た目年齢十歳のフィルと、フィルと同年代と思しき女の子。そんな二人と青年三人の言い争い。実際は女の子が言い掛かりをつけているだけなのだが、傍目から見れば、そんな風に思われても仕方がない状況。これはまったく芳しくない。
「いやー、これは参ったっすね。蟹さん退治終了の流れかな?」
「フィルが変なこと言うから。まぁ、でも五十匹はとったし良いんじゃない?」
「そうだな。野次馬が集まる前に次の依頼に移ろう。丁度そこだ」
サクちゃんが指差したのは女の子が出てきた家だった。
看板に人魚亭と書いてある。俺たちは目配せをして無言で頷き合い、子供二人を無視して人魚亭に駆け込んだ。




