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50.裏社会へようこそ(2)




 最も攻めあぐねているように見えたシャフトさんとレインさんの加勢に入る。


 丁度良く、レインさんを襲うマンティコアの尻尾を拳で打ち払えた。


「加勢します。必要ないですかね?」


「いいえ、助かるわ。ありがと。やるじゃない」


「誰だお前?」


「ユーゴといいます。ただの冒険者ですよ」


 飛び掛かってくるマンティコアを躱す。俺は後ろに飛び退き、レインさんが左に跳び、シャフトさんは右に跳ぶ。着地と同時に二人が駆け出し、マンティコアの脚や胴体に斬撃を加えるが、目に見えて浅い。相当皮膚が硬いようだ。


「ユーゴ! あの術を頼む!」


 ナッシュが叫んだ。俺は大声で「分かった!」と返し、敵全体の攻撃の要になりそうな箇所に《過冷却水球》を設置しに駆け回った。尻尾や四肢に水の塊が当たると氷結し、魔物が混乱したような素振りを見せ、一気に動きを鈍らせる。


「流石だぜっ! 《剛斬撃》!」


 その隙を突いて、ナッシュが《剛斬撃》とやらでグールの首を刎ねる。攻撃するとき体が赤い光を纏った。あれがおそらく戦技というものなのだろうと解釈。見た目には判断がつかなかったが、威力が上がっているのだと思う。


 そういえばクロエさんがいない。どこに行ったのかと視線を動かすと、グールから方向を転換し、アバスマーに向かって高く跳躍していた。


「ガラ空きだよ! 《杭打ち》!」


 アバスマーの背中に槍を投げ刺し、落下の勢いそのままに石突きを踏みつける。槍が沈み込む。貫通はしなかったが、かなり深く入った。グゥオオオと叫んで仰け反ったアバスマーの首を、対峙していたヒューガさんが抜刀一閃。


「神の慈悲を。どうか御国に迎え入れられ給え」


 アバスマーの首が落ち、体が地に倒れ伏す。ヒューガさんは刀を振って血を払うと《異空収納》から取り出した紙で刃に残る血を拭った。


「任せるよシャフト! 《疾駆》!」


 声に反応して視線を移すと、レインさんが凄まじい速度で駆け抜けざまにマンティコアの側面を短剣で斬りつけていた。ゾリゾリと赤く染まった体毛が散る。


 駄目だ、あれじゃ浅すぎる!


 マンティコアは忌々しげな視線をレインさんに向ける。高速で動くレインさんの姿をしっかりと捉えているように見えた。俺は援護の為に駆ける。が、間に合わない。レインさんが足を止めた位置に尻尾が横薙ぎに振られる。


「鬱陶しいんだよっ! 《断ち斬り》!」


 レインさんは叫ぶと同時に、眼前に構えた短剣で迫っている尻尾を断ち切った。振り抜いたはずの尻尾が跳ね飛んでいき、マンティコアが目を剥く。だがそれも僅かの間、形相を怒りに染め上げ耳をつんざく咆哮を上げる。


「うるせぇなあ! 《疾駆》! 《纏拳風刃》!」


 シャフトさんが凄まじい速度で縦横無尽に動き出した。マンティコアの体がシャフトさんの繰り出す爪の連撃で斬り刻まれていく。顔、首、脚、胴体、速度重視で出血を狙う技なのか、傷は浅そうに見えるが、辺りに血飛沫が舞い続ける。


「仕舞いだおらああ!」


 シャフトさんが跳躍し、マンティコアの背を殴りつける。そしてすぐに跳躍して離脱。途端に背から血が噴き出し、マンティコアが絶叫してのたうち回る。


「今だ! 衛兵隊、突撃!」


 いつからいたのか、衛兵隊長と思しき重装備の男が号令を発した。鬨の声を上げて槍を構えた衛兵たちがマンティコアを押さえ込みに行く。


 そりゃそうだよな。街中に魔物が出たんだ。衛兵が来ない方がおかしい。


 集中し過ぎていたので気づかなかったが、辺りは遠巻きに眺める野次馬で溢れていた。こんなに人がいたのかと、今更ながらに驚かされる。


「どいてくれい」


 不意に野太い声が響いた。静かだが感情の籠もった声と身から溢れる怒気に、衛兵が固唾を飲んで道を開ける。俺も、その男から目が離せなかった。


「あれが、サイガさん、か」


 震えた。遥かに大きいマンティコアと対峙しても、まるで見劣りしない圧倒的な存在感。マンティコアの方も、狼狽えているような素振りを見せている。


 サイガさんは、恐怖の余り襲い掛かるしかなくなったと見えるマンティコアを、ただの握り拳でぶん殴った。直後、硬い袋が破裂したような音が鳴り、マンティコアの下半身以外が吹き飛んでいた。辺りに赤黒い血肉片が飛び散る。


 向かいの商店の壁にはベッタリと付着した血肉と臓物。饐えた臭気と血生臭さが鼻を掠め、思わずしかめた顔を袖で覆うと、隣に並んだナッシュが呟いた。


「お、親父の《剛力砕波》だ……」


 表情は歓喜に染まっている。なかなか見れるものではないのかもしれない。


 しかし、酷い。えげつない。


「これは掃除が大変そうだ」


 俺の隣に立ったヒューガさんが苦笑して言った。


 数時間後――。


 衛兵の聴取、組員への指示、血と臓物まみれにした店への詫びなど諸々済んでの夕方。サイガさんの事務所に連れられて行き、まずは紹介を受けた。


 組長サイガさん、若頭シャフトさん、その補佐レインさん。俺たちも軽く紹介された後で、サイガさんが襲われた経緯について話してくれた。が、そこで俺は耳を疑う。


「すいません、今、何て?」


「ああ、お前ぇも知り合いだったか。まぁ、あいつはお節介だったからな。そういう反応になっても仕方ねぇ。だがな、いいか、俺もそう何遍も言いたかねぇから今度はしっかり聞いとけ。あの魔物はな、ノッゾのパーティーだ。グールがミルリナ、アバスマーがイゴール、ノッゾがマンティコアだ」


 ノッゾという名前が出た。イゴール、ミルリナも。声を掛けられたばかりだったが、良い人たちだった。俺は頭が真っ白になる。


 魔物になった? ノッゾさんたちが?


 魔物の姿を振り返る。符合しない。記憶の中にある姿は人ではない。顔形に似たところがあれば少しは気づけたはずだが、面影の一つも感じられない。


 だが、グールが着ていた胸当て、ひしゃげた大盾、散乱する革製の装備品の残骸。あの戦った道の其処此処に、それらがあったことが思い出される。


 あれがノッゾさんのパーティーが使っていたものかどうかは分からない。どこにでもあり、誰でも使うようなものばかりで、印象に残るようなこともなかった。


 それでも、それはあの魔物が人間であったという話を裏づけるものではある。


 俺が、ノッゾさんたちと、戦ってたってこと、なのか?


 お互い頑張ろうや。


 後は自分たちでやんな。


 いいパーティーだな。


 そう声を掛けてくれたときの、三人の顔が思い浮かぶ。


 ふと、手を握られた。視線を移す。フィルが心配そうに俺を見ていた。ハッとして顔を上げると、サイガ組、ヒューガ組の面々も複雑な表情を俺に向けていた。


「ユーゴ、大丈夫かい?」


「あ、はい。ちょっと混乱しただけです」


「無理もねぇ。俺も信じられねぇからな」


「俺もだ。あの人たちぐらいだったな。気さくに声掛けてくんのはよ」


「そうね。街の誇りだったわ」


 若頭二人と若頭補佐二人は、俺以上に沈んでいるようだった。


 俺は彼らがノッゾさんとどういった関係を築いていたのかは知らないが、少なからず好意的に思っている知り合いを、自ら手に掛けなければならなかったというのは、かなり辛かっただろうと思う。


 ただ、戦闘中に皆が魔物に向かって叫んでいた言葉の一つ一つを思い出すと、より複雑な気分になった。そしてそれは、フィルも同じだったようで、感情の抜け落ちたような顔をしていた。本当は嫌いだったんじゃないだろうか。


 サイガさんが咳払いをする。


「あいつらは、田舎から出てきたお人好し共でな。騙されやすいもんで、昔っから目を掛けていたんだが、ここ何年か伸び悩んで思い詰めてた。変な気を起こす前に、組に入ったらどうかと誘いを掛けていたんだが」


 それが一年ほど前のこと。半年前には、表情が明るくなり、絶好調だと言っていたという。それが今日、繁華街を見回りに出て、喧嘩騒ぎを見掛けて仲裁に入ったところ、暴れていたのはノッゾさんとそのパーティだった。


「俺のことも分かりゃしねぇほど半狂乱になってたもんで、仕方ねぇから力任せに押さえつけたんだが、目の前で魔物に変わりやがってな。呆気にとられてる間に尻尾の毒針をブスリとやられた。焼きが回ったもんだ。けどな、んなこたぁどうだっていい。人が魔物に転じるなんてのは、魔素溜まりに触れでもしねぇ限り起こらねぇ。こいつはとんでもねぇことが起きようとしてるのかもしれねぇな」


 サイガさんは構成員に声を掛け、領主のエドワードさんに伝えに行くように言い、事件に関係すると思われる情報の収集をシャフトさんに命じる。シャフトさんはレインさんに声を掛け、転移で姿を消した。


「しかし助かったぜ。ユーゴも大したもんだが、お前ぇらが戦ってる間、この小っこいフィル坊が俺を守り通してくれたんだからな」


 俺たちが戦闘中、サイガさんは刺客に襲われていたらしい。フィルが咄嗟に回復術から《風壁》に切り替え、投げナイフによる暗殺を阻止。のみならず、射線に《風刃》を撃ち返し、暗殺者の捕縛に貢献までしていたことが判明。


 もっとも、暗殺者は捕らえられた時点で自害したそうだが。


「犯人の目星はついてるんですか?」


「ふん、大方ドグマ組の連中が騒ぎに乗じて、どさくさ紛れに俺を殺そうとしたんだろうよ。まぁ、何にせよ、助かった。ありがとよ、フィル坊」


「いえ、僕は大したことしてないです」


「へっへー、ほらな、連れてきて良かったろ?」


 何故かナッシュが誇らしげにして、場が和む。


「なぁ、親父。こいつらを――」


 サイガさんがナッシュの言葉を手で制し、溜め息を吐く。


「ナッシュよ、お前ぇが言いてぇのは、二人を組員にどうかってことなんだろうが、この二人にゃその気はねぇよ」


 え? とナッシュが驚いた顔で俺を見る。ヒューガさんが溜め息を零す。


「馬鹿野郎。さっきうちの組でも俺がそう言っただろう。そもそもナッシュ、お前、二人に組員になりたいかどうかを聞いたのか?」


 あ、そうだ。と、ナッシュが頭を掻く横でクロエが呆れたように肩を竦める。


「いやー、でもよぉ、冒険者と違って食いっぱぐれる心配もねぇし、良い話だと思うんだけどなぁ。ドグマ組も絡んでるんなら尚の事入った方がいいと思うぜ?」


「ブッハハハハ、ナッシュ、先輩面してぇのかもしれねぇが、お前ぇが心配するようなこたぁ何もねぇんだよ。なぁ、カキ氷屋さんよぉ」


 いたずらっぽく言うサイガさん。フィルと俺は顔を見合わせて苦笑する。


「知ってらしたんですね」


「おうよ。たまげたぜ。ウチの者に真似できねぇかやらせてみたが、誰もできやしねぇ。技術もそうだが味もだ。すんなり消えちまうのに、舌にはまったり濃厚な味が残る。それでクドくねぇってんだからな。いやぁ大したもんだぜまったく」


 類似品売ってたのアンタんとこかい。


「カキ氷? え……っと、どういうことっすか?」


「あんたは……ほんっとに馬鹿ね。まだ分かんないのかい? フィルとユーゴはお金持ちってことだよ。手に職があるの。依頼を受けなくてもいいくらい稼いでるんだから」


「は……。嘘だろ……?」


「そういや、あのカキ氷、もう売らないのかい? 閉店したって聞いたけど、嘘だよね。アタシはまだまだ食べたりないんだけど」


 ぽかんとするナッシュ、詰め寄るクロエさん、苦笑するヒューガさん。


「ありゃあ美味かった。エディの野郎も虜になってやがったからなぁ。二つも食ってんじゃねぇやなぁ。俺もだけどなぁ」


 豪快に笑うサイガさんの前で、三者三様の表情を見せるヒューガ組の面々。


 おかしい。こんな和やかな雰囲気になるような一日じゃなかったはずだ。


 そう思う俺がおかしいのかなぁ?


 勘違いでなければ、俺とフィルを除いてサイコパスな気がしたが、なにはともあれ、クロエさんにカキ氷屋閉店の件について納得してもらうのは骨が折れた。





 お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


 ブクマ、評価していただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

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