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49.裏社会へようこそ(1)




「腹減ったろ?」


 ナッシュから早めの昼飯を提案される。屋台で購入した、野菜と肉を生地で包んだ物を手渡される。名称はブリトーとそのまんまだった。


「美味いだろこれ、この街の名物料理なんだぜ」


 得意げにブリトーを頬張るナッシュの言葉にどう答えたものか思案してしまう。隣を見ると、元アメリカ出身のフィルは苦笑していた。ソースもチーズも使われておらず、味も微妙。食べ慣れている分、フィルは俺より複雑な気分だろう。


「ここだ」


 食べ歩きしながら連れて来られたのは、雑踏が煩わしい繁華街の一角にある事務所らしき場所だった。平素と変わらないといった様子で出入口を通るナッシュとクロエさんの後に続く。中には冒険者風の男たちが数人詰めていた。


「お疲れ様です」


「おう、ご苦労さん」


 片手を上げて挨拶するナッシュと、平然と歩くクロエさんに会釈する強面の男たち。彼らに胡乱げな目で見られつつ、俺とフィルは案内された奥の部屋に入る。


 高級感のある机の向こうで、椅子に座って刀を手入れしている男が一人。


 オールバックにした髪、鋭い目つき、黒いスーツ。部屋の調度品も、如何にも堅気ではないことを示している。ただ、そこに猫耳は合わないと思うんだ。


「ナッシュか。何だ?」


「叔父貴、紹介したいのがいます。ユーゴ、フィル、来てくれ」


 手招きされて、俺とフィルはナッシュの隣に立つ。正直に言って、既に生きた心地はしていない。この事務所に入ったときはそうでもなかったが、目の前の男は明らかに格が上だと分からせられる圧があった。フィルばかりかナッシュもクロエさんも緊張しているのが分かる。


 だがそれ以上に猫耳が。俺は窮地に立たされていることを自覚した。真面目に笑ってはいけない場面だ。誰か助けて欲しい。フィル、も駄目だ。肩を震わせて笑いを含み、完全に堪えている。お陰で可笑しさが倍増。やめろって。


「こちらは、ヒューガ組の組長のヒューガさんだ。挨拶してくれ」


「ア、アイアン階級冒険者のユーゴでぇす」


「プフォ、同じくフィルです」


 ナッシュの耳打ちの後で、直立不動で一礼する。


 プフォって何だ。やめろ。


 俺たち訳ありパーティーには味方が多い方が良い。たとえ堅気でなくとも、この人が力になってくれたら確かに心強い。だから猫耳は気にするな。


 俺はそんな思いで頭を下げていた。


 訓練場で事前に聞かされた話によると、ナッシュはヒューガ組の若頭をやっているという。クロエさんは若頭補佐で、その生業は、街の治安維持の為に構成員を衛兵や護衛として派遣する、所謂、警備派遣や民営軍事会社のようなものらしい。


 また、周辺の街と国境付近から得られる他国の情報収集も行っており、領主のエドワードさんや冒険者ギルドマスターのジオさんとも懇意にしているという。


 顔を上げると、片眉を上げたヒューガさんの目が俺を射抜いた。


「アイアン階級を紹介?」


 猫耳がピクンと動く。俺は視線を落とす。見ちゃ駄目だ。


「叔父貴、こいつらはまだ登録から間もないんですよ。ブロンズの条件も満たしてるみたいなんですが、飛び級がねぇからアイアンで止まってるってだけです」


「ダンジョンも二日で四十階層まで到達してるらしいよ」


「それは面白いな。ユーゴさんと言ったかい? この組の若頭をやらないか?」


「お、叔父貴⁉」


 目を剥いて声を裏返らせるナッシュを見て、ヒューガさんが軽く笑う。


「冗談だ。見れば分かる。彼らはこちら側に来る気がない人たちだ」


「人が悪いっすよ。マジでビビった」


 驚くほどに空気が弛緩するのを感じた。肩から無駄な力が抜ける。ヒューガさんは刀の手入れを止めて鞘に収め、俺たちに向き直った。


「先に名乗らせて申し訳なかったね。俺はサイガの兄貴からこの組を任されているヒューガという者だ。ところで、サイガ組については知っているかい?」


 俺は「いえ」と短く答えて僅かにかぶりを振る。


「そうか。うちはサイガ組の傘下だ。兄貴は五分だと言ってはくれるが、俺は幼い頃からおんぶに抱っこと随分と面倒を見てもらってね、兄貴には足を向けて寝られないほど感謝している。だから、言いたいことは分かるね」


 再び張り詰める。サイガ組に不利益なことをするな、ということだろう。


「ヒューガさん、ユーゴとフィルはそんなことする奴らじゃないよ」


「そうだぜ叔父貴。ここに来るのも気持ちよく了承してくれたんだ」


 クロエさんとナッシュが擁護してくれるが、ヒューガさんは睨みを解かない。


「ドグマ組と一悶着あったと聞いているが?」


「なっ――⁉」


 ナッシュとクロエさんが驚愕の表情を浮かべた顔を俺に向ける。俺は心臓が縮んでいた。ヒューガさんは既に俺たちのことを知っていたのだ。


「どういうことだ、ユーゴ⁉」


「一悶着って、何したんだい⁉」


「ああ、いや、不可抗力というか」


「あ、あの、宿場町で絡まれちゃって、それをユーゴと、あとサクヤっていうパーティーのもう一人で、やっつけちゃった感じです。僕は衛兵を呼びに行ってたんで、何があったのかは分からないんですけど」


 フィルが尻すぼみに説明を終える。と、ヒューガさんがフッと軽く噴き出し哄笑する。その場にいる全員が呆気に取られたようにヒューガさんへ視線を集める。


「いや、申し訳ない。報告を受けたときには耳を疑ったが、まさか本当に二人で十五人も倒していたとはね。それも、ドグマ組が尻を持つシルバー階級とブロンズ階級からなるゴロツキ共を苦もなくだ。そんな痛快無比なことをやってのける傑物が街にいるのなら、是非とも会っておきたいと思っていたところだったんだよ」


「何だよ、人が悪いにも程があるぜ叔父貴。端っから知ってたんじゃねぇすか」


「ナッシュ、あんたねぇ、そっちじゃないでしょうよ。はぁ、ユーゴ、あんたドグマ組にちょっかい出してたんだね。まったく、連れてきて良かったよ」


「クロエの言うとおりだ。エディの旦那にも既に伝えてはあるが、気が気ではない様子だったと聞いている。ドグマ組はやり方が汚くてね。特に若頭のハンは何をしでかすか分からない。連中が先に動いていたら、ユーゴさんたちばかりか大勢の領民に被害が出ていたかもしれない」


「いえ、エドワードさんは多分――」


 言い掛けて、飲み込む。エドワードさんが心配していたのはドグマ組の暴挙ではなく、アルネスの街の崩壊だと危うく口を滑らせそうになった自分に嫌気が差す。どうして俺はこう危機管理能力が低いのか。


「多分、何だよ?」


「いや、ごめん。なんでもない。忘れて」


「何だよ? 気になるじゃねぇか」


 まさか、リンドウ一家が激怒してドグマ組ごと街の一部を崩壊させる可能性があるとは口が裂けても言えない。想像して冷や汗が流れてくる。


「ナッシュ、人にはおいそれと話せないこともある。ユーゴさんが口を噤んだということは、俺たちのことを思ってのことだと理解しろ」


「そのように解釈してもらえると助かります」


 ヒューガさんの言葉でナッシュが引き下がったので、俺はホッと安堵の息を吐く。それでも渋々といった具合のナッシュだったが、ヒューガさんが話を変えたことを境に、俺の失言から興味を失ったようだった。


 話題は、ナッシュとクロエさんが調査した内容の報告だった。俺たちが聞いていて大丈夫なのかと思ったが、ヒューガさんが退出させないということは、俺たちの耳にも入れておきたい話なのだと判断し留まった。


 ナッシュとクロエさんの報告によると、ラグナス帝国が妙な動きを見せているという。二人は冒険者として依頼を受け、各地で情報収集していたそうだ。そして俺とフィルをここに連れてきた理由も、組の構成員とまではいかずとも、そういった情報収集要員として協力関係を築きたかったからだと明かされた。


 その際、模擬戦で全力を出していなかったことも明かされるが、本気でやったとしても、無傷での勝利は難しかっただろうと言われた。


「戦技を使ってようやくってとこか。まだ危ういよな」


「もし依頼でユーゴみたいなのとやり合うことになったら、私は間違いなく逃げるね。金貨百枚もらったって割りに合わないよ」


「ほう、そこまでの腕前が」


 俺とフィルは過大評価だと訴えたが、ヒューガさんは随分と興味を持ってしまったようで「これはサイガの兄貴にも会わせておくべきだろう」と、後日サイガ組にも顔を出すことで話がついた。のだが――。


 突如、ヒューガさんの真横の床から褐色の肌の女性が現れる。


「ヒューガさん! サイガさんが襲撃を受けています!」


「何⁉」


 ダークエルフだ、とフィルがポツリと呟く。切迫した表情で訴える煽情的な装いのダークエルフの女性に、ヒューガさんが詰め寄る。


「レイン、兄貴は無事か!」


「無事ですが、魔物から領民を庇って負傷しています。今はシャフトが一人で対応していますが、応援を頼むと!」


「ナッシュ、クロエ!」


 俺はフィルと目配せをし、頷き合う。


「俺たちも行きます!」


「助かる! レイン、転移だ!」


 俺たちは、レインさんの転移で襲撃現場へ移動した。場所は繁華街のど真ん中。すぐ側で、着物姿の大柄な獣人が右肩を押さえ、片膝を着いていた。見た限りでは猫人。傷は深いようで、かなりの出血が見て取れる。


「兄貴!」


 ヒューガさんが駆け寄り、ひざまずく。そこに遅れてフィルが到着する。フィルは状況を確認するなり、ヒューガさんの後を追っていた。サイガさんの傷の確認もそこそこに、即座に回復術が行使される。


「シャフト! 何が起きた!」


「あー、うるっせぇのが来たな。知るかよ。俺が訊きてぇ」


 シャフトと呼ばれた黒い毛並みを持つ獣人の青年が、鋭い視線を向けて三体の魔物を牽制している。豹を思わせるすらりとした体に軽鎧を着用しており、手には爪のような刃の付いた手甲武器。ナッシュ、クロエさん、レインさんがシャフトさんの側に合流。俺も周囲を確認しつつ加わる。


 魔物は異形の人型が二体、人面の獣が一体。


「グールにアバスマー、マンティコアだね。何だってあんなもんが街に」


「分からない。突然、人混みから湧いて出たのよ」


「んな馬鹿な話があるか! ダンジョン下層に出る連中だぞ!」


「あるからこうなってんだろうが。口より手を動かせ馬鹿が」


 グールは皮膚が青緑の腐敗した人間で、革の胸当てを着用した軽装備の女。アバスマーは上半身裸の四つん這いになった膨れた緑色の人間。マンティコアは人面獣身の化け物。ということで良さそうだ。会話を拾いつつ理解していかないと、対応に遅れが出る。俺は必死になって視覚と聴覚を働かせていた。


 ゴミが邪魔だな。大盾? 装備品の残骸か? 足場が悪い。気をつけないと。


「サイガの親父は何にやられた?」


「マンティコアの尻尾だ。だから奴は俺とレインでやる」


「分かった。ナッシュ、私らはグールをやるよ」


「アバスマーは――」


 レインさんが口に出したところで、アバスマーにヒューガさんが突っ込んでいた。刀の鞘で顎先を打ち上げ、回転して顔面を殴りつける。


「こいつは俺が引き受ける!」


 ヒューガさんが背中を向けたまま軽く顔を向けて叫ぶ。その後、襲い掛かるアバスマーの剛腕を鞘で跳ね除け、浮いた胸部を蹴って吹き飛ばす。


「ひゅー、叔父貴すげぇな!」


「ぼさっとしてないで続くよ」


 全員が散開し、密集していた魔物の距離を細かい攻撃で開かせる。


 俺はしばらくどこを援護するべきかを見極めることに努めた。




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