48.勧誘する子供たちと楽しい模擬戦の時間(2)
考えてみれば、俺だけが力を示したのでは弱い。ミリーにつけ入る隙を与えることになってしまう。あの性格だ。今度はフィルが俺のことを利用しているなどと言い出しかねない。それでヘッドハントを繰り返されたらたまったもんじゃない。
俺とフィルの連携を見せることで納得してもらうのが最善手。クロエさんはそこまで考えてくれていたという訳だ。ナッシュには悪いが、ここはクロエさんの案に乗らせてもらうことにした。
「ところで、ナッシュと組むのは?」
「勿論、私だよ」
「ですよね。一応訊いてみただけです」
これは手強そうだ、と思う。何しろクロエさんは本物のシルバー階級冒険者。宿場町の似非シルバー階級のボンクラ冒険者とは纏う空気からして違う。その点、ナッシュはそれを感じさせないのが不気味。強いのは分かるのだが、おぼろげ。
「ナッシュ、階級は?」
「シルバー。ユーゴは?」
「昨日アイアンになった」
「階級詐欺だな、おい」
不敵な笑みのナッシュと会話を交わす。俺もきっと似たような顔をしているのだと思う。こんなに戦うことが楽しみになるとは思ってもみなかった。
「ねぇ、ルールと審判はどうするの?」
「あん? そうだな、トロアにでも」
ナッシュが言いかけたところで俺は手で制す。ヤス君とサクちゃんが訓練場に顔を出したからだ。二人を手招きして呼ぶ。
「おはようございまーっす。クロエさんお久し振りっす」
「久し振り。ヤスヒトは相変わらず元気そうだね」
「それだけが取り柄っすよ。それで? 何してんすか?」
ヤス君が辺りを見回しながら言う。結構な大所帯になっている。ミリー、オライアス、トロアの三人は既に蚊帳の外状態だが、一旦呼んで全員の顔合わせと紹介を行う。その後事情を説明し、二人に審判をお願いする。
「OKっす。じゃあ、俺はミリーちゃんたちと観覧席で眺めてますんで、サクやんに主審お願いします」
「ちょっと待て、俺一人でやるのか?」
「違いますよ。俺は副審やるんす。広い視野で見たいから観覧席に行くってことっすよ。近い場所で二人でわちゃわちゃ動いてたら、模擬戦してる人たちの邪魔になっちゃうでしょ?」
「ああ、そういうことか。流石だな」
全員がヤス君の発言に感嘆の息を漏らす。特に子供たちはヤス君の言葉に相当驚いたようで、口を開いたままヤス君を見つめている。先生と生徒だ。
サクちゃんが中央に立ち、ヤス君はミリーのパーティーを引き連れて観覧席に移動。引率の先生にしか見えない。ナッシュとクロエさんは装備品の確認中。防具は普段使っている物だが、武器は訓練用の木製品を使うことで同意した。
「本当に術使っちゃって良いのかな?」
「あっちが良いって言ってるんだから大丈夫でしょ。確実に俺たちより強いんだから。仮に何かあっても、フィルの回復術もあるし」
「ユーゴもね。マッドなやつ」
「マッド言うな。研究熱心なだけだ」
作戦会議は行わなかった。というより、行う必要がない。ヤス君とサクちゃんがいるなら別だが、今は俺とフィルの二人だけ。俺が前衛でフィルを守りつつ、フィルが俺のフォローとサポートをする以外、できることはないのだから。
「両者構え……始めっ!」
「いくぜオラアァ!」
サクちゃんの開始の合図と共に、ナッシュが素早く距離を詰めてきた。ナッシュはバックラーと片手剣、クロエさんは槍ではなく細剣。息が合ったコンビネーションを見せてくる。初っ端の気合の叫びだけは余計だが。
これは、しんどいっ!
ナッシュの斬撃を躱したところに、クロエさんの突きがくる。線と点の切り替え、時間差のつけられた不規則な攻撃。避ける方向を誤ればナッシュの攻撃の餌食になるのが分かっているので、視線をかなり忙しく動かす必要がある。
とはいえ、あまり避けすぎるとフィルに狙いを移される可能性もあるので、適度に掠らせたり拳で弾いたりをパターンに加える。フィルが気になって一瞬視線を動かすと、よそ見厳禁とばかりにナッシュの斬撃が目前に迫っていた。
やっば!
慌てて後ろに跳んで両腕を交差させる。どうにか守りを堅めるが、間合いから逃れることはできなかった。食らう、と覚悟を決めたが、斬撃を受ける寸前に「《風壁》!」というフィルの声。俺の前面下から強風が噴き上がり、ナッシュの剣が腕ごと持ち上げられた。
「ちぃっ!」
「おおお、助かった! うおっ!」
俺がバックステップして距離を取った場所に、クロエさんが刺突を繰り出してくる。ニ発、三発と細かく位置をずらして突いてくるのが物凄く鬱陶しい。
腕の引き戻しと足の運びが速く、大きく避けないと致命打を食らいそうな予感がする。が、突然クロエさんが軽快なバックステップで俺から距離を取る。それと同時に地面に見えない斬撃が走る。フィルの《風刃》だ。
「やるじゃないか!」
クロエさんが嬉しそうな声を上げるが、表情を確認することもできない。俺は少し足を止めていた間に、ナッシュのバックラーでの攻撃を受けていた。
「やっと当たったぜ!」
くっそ!
ダンジョンで魔物から食らった攻撃よりも遥かに痛い。高々バックラーで殴られただけなのに、防御した腕がジンジン痺れている。
あー、これはもう仕方ない。
思うことがあり、敢えて術を使うのを避けていたが、負けず嫌い精神に火が点いてしまった。小型の《過冷却水球》をナッシュの膝付近に設置する。
「なっ!」
当たった直後、足元にも置く。すぐにナッシュが踏んで氷結。転倒する。
「ナッシュ!」
突っ込んで来たクロエさんを細かいバックステップで避けつつ膝下辺りの位置に《過冷却水球》を置いていく。当然、俺の目の前に配置しているので追い掛けるクロエさんにすべて衝突。一気に氷結し、転倒する。
俺は転倒したクロエさんを素早く組み伏せ、すべての氷結を解除する。ナッシュが立ち上がったが、フィルが「武器を捨ててください」と一言。
杖を向け《風刃》の発射準備を済ませているフィルを確認すると、ナッシュは武器を捨てて両手を上げた。
「参った。降参だ」
「それまで! 勝者フィル、ユーゴ組!」
「何が、起きた? 突然、凍ったが……」
驚いた表情のクロエさんに訊かれたが「秘密です」と言っておいた。ビンゴさんのありがたい話から得た教訓。ドグマ組のこともあるので、悪目立ちは避けたい。
少なくとも、エドワードさんと話をするまでは。
ナッシュは降参を宣言したときには呆れたような顔で笑んでいたが、どっかりと地面に腰を下ろすと大口を開けて笑いだした。
「マジかー! 負けちまったー! フッハハハ!」
観覧席に目を遣ると、ミリー、オライアス、トロアが口をあんぐり。あり得ない光景を見たと顔に書いてあるようで、俺はフィルに歩み寄りながら軽く笑った。
「お疲れ」
互いに言って、軽く手を打ち合わせる。
「ユーゴ、あんなに速く動けるんだね。びっくりしたよ」
「フィルも《風壁》だっけ? あれは驚いた。新術?」
「ううん、練習してたんだけど、使い所が難しくて使ってなかっただけ」
「へー、そうなんだ」
フィルと会話をしていると、サクちゃんとヤス君が歩み寄ってきた。四人で反省会をしようと思ったが、ヤス君とサクちゃんからは「良い連携だった」という褒め言葉しかもらえなかった。
「俺たちも負けてらんねーな」
「そっすね。じゃあ、ユーゴさん、俺はやりたいことできたんで行きますわ」
「俺も、今日は術の鍛錬日にする。じゃあな」
二人が訓練場から出ていくのを見送る。何だか様子がおかしかったが、多分、俺たちの模擬戦を見て刺激を受けたのだと思う。
ヤス君辺りは何か閃いたような言い方だった。出来上がったら披露してくれるだろうから、それを楽しみに待つことにしよう。
「なぁ、ユーゴ、ちょっといいか?」
ナッシュがそう言いながら近づいてきた。クロエさんも一緒だ。先ほどまでとは違い、二人とも真面目な顔をしている。
「腕を見込んで、紹介したい人がいるんだが――」
なんだか、厄介ごとの匂いがした。




