47.勧誘する子供たちと楽しい模擬戦の時間(1)
目が覚めた。先日、あまり眠れなかったからか、ベッドに寝転がってからの記憶がない。どうやら怖ろしいほどに寝つきが良かったようだと覚る。
それはそうか、と振り返って思う。初日のドグマ組のゴロツキ共との一件、二日目のダンジョン三十五階層までの特急進行、そして先日は寝不足状態で四十階層到達。マッドピエロを倒し、アルネスの街まで馬車で揺られている。
そうなっても仕方がないというより、そうならない方が不思議だ。俺は無尽蔵のスタミナなんて持っていないのだから、疲労で潰れることもある。
まだ半分寝ているような心持ちで、半身を起こして頭を掻く。隣のベッドでは、フィルが静かな寝息を立てていた。
フィルも大分疲れたろうな。
お疲れ様、と心で労いの声を掛け、ステボで時刻を確認。午前六時を少し回ったところ。俺は静かに部屋を出て、洗い場に向かい身支度を整えた。
訓練場にはまだ誰もいなかった。サクちゃん辺りは起きていてもおかしくないと思っていただけに少し驚く。やはり疲れが溜まっているのかもしれない。
そのままトレーニングに移っても良かったのだが、よく晴れていて気持ちが良いので、イノリノミヤ神社までのジョギングを行うことにした。
思いの外距離があり、走り終える頃には少し後悔する羽目になったが、これも魂に刻まれる修行の一つだと思うと苦だとは感じなくなった。元の世界と違い、能力の上昇が目に見えるというのは大きい。報われているのが実感できるのだから。
ジョギングを済ませ、食堂で軽く朝食をとった後で、トレーニングをしに訓練場に行くと、フィルが数人の子供たちに囲まれていた。
イジメか?
近づきつつ盗み聞くと、パーティーへの勧誘だと判明。
「フィル、お願いだからこっちに移ってよ、ね、ね?」
「ミリー、無茶言わないでよ。もう諦めてー」
「姉さん、フィル君が困ってるから」
「オライアスは黙ってて!」
なんとなく関係性が見えた。
子供らはフィルと同年代で、猫人らしき少女のミリーがリーダー格のようだ。フィルより少し背が高く、気が強そうな顔立ちで、軽鎧姿。ベルトの左右に二本ずつ短剣が留めてある。おそらく斥候だろう。
後ろの杖を持った猫耳フード付きローブの少年は見たまんま術師と推察。前髪が長くて表情は伺えないが、仏頂面ということはフィルを加入させることに賛成している訳ではないのかもしれない。
ミリーからオライアスと呼ばれた少年は間違いなく戦士だ。背中に大剣を背負っているのがそう思わせる所以。獅子を思わせる獣人で体格も良い。どう見ても一番暴れそうな風体なんだけれども、顔立ちは気弱そう。ミリーを諌めてるところが苦労人感を出している。元の世界でもこんな人いたなぁ、と思う。
ミリーのことを姉さんと呼んだということは、二人は姉弟ということだろう。だが血の繋がりがあるかは分からない。そのくらい二人は似ていない。
「おはよう、フィル。友達か?」
「あ、ユーゴ!」
フィルから三人の紹介を受けた。思ったとおり、ミリーは猫人でリーダー。オライアスは獅子人でミリーの実の弟。先祖返りというやつらしい。そして名前の分からなかった猫耳フードの少年はトロア。半虎人で光と土の術師だそうだ。
そこまで話したところでフィルが手招きする。顔を寄せると耳打ちしてきた。
「以前からパーティー勧誘を受けてるんだけど、ちょっとね」
「予想はついてるけど一応訊いておくよ。何が問題なんだ?」
「年齢。ミリーは十二歳、トロアとオライオンはまだ十歳なんだよ」
やっぱり。と答えたところでミリーからお叱りの声が上がった。
「ちょっと! 何コソコソ話してんのよ!」
「ね、姉さん、ユーゴさんに失礼だよ」
「うるさい! 黙っててって言ってるでしょ! 大体、あんたちっとも強そうに見えないじゃない! どうせフィルのこと利用してるんでしょ!」
ミリーは俺がフィルとパーティーを組んでいるのが納得いかない様子。しかし、オライアスの見た目に反した宥め役が可愛くて仕方がない。トロアは最も小柄だが鼻を鳴らしたり終始偉そうでプライド高めに見えるのが可愛らしい。
よしよし、いい子たちだ。仲も悪くなさそうだ。うんうんと、生意気な子供たちを保護者目線で見てしまう自分は、やはりおっさんなのだと思う。
「聞いてるの⁉」
「ああ、ごめん。んー、利用してるつもりはないんだけどなぁ」
「じゃあ力を見せてみなさいよ! 私が相手してあげるわよ!」
「いや、それはちょっと……」
苦笑しつつ断るが、ミリーは挑発を続けてくる。どうあっても俺と模擬戦をしたいようだが、俺にその気はない。しつこさにほとほと困ってしまう。
「何してんだい!」
聞き覚えのある鋭い声が聞こえて振り向くと、クロエさんが怒ったような顔をして近づいてきていた。隣には薄笑いを浮かべた冒険者風の青年がいる。
「ミリー! あんたユーゴに迷惑掛けてんじゃないだろうね!」
クロエさんの怒声にミリーが「ヒッ」と短い悲鳴を上げて飛び退き、オライアスの背に隠れる。全身の毛が一瞬逆立ったのが興味深い。本当に猫のようだと思う。ただ弟を盾にするのはリーダーとして如何なものか。
「ハッハ、弟を盾にするようじゃリーダー失格だぜ、ミリー」
俺の思っていた内容をそのままオブラートに包むこともなく言ってしまう革鎧を身に着けた青年。よく見ると虎のような模様の入った尻尾が生えていた。耳がないところを見ると、半獣人のようだ。なんとなく既視感がある。
「ユーゴ、フィル、久し振りだね」
「ええ、お久し振りです。ところでクロエさん、そちらは?」
クロエさんが溜め息を溢して肩を竦める。
「前に言ってたろ? 私のことを馬鹿にする相棒がいるって。こいつのことだよ。名前はナッシュ。半虎人で、そこにいるトロアの兄貴だよ」
「おう、ナッシュだ。よろしくな」
ナッシュが片手を上げて挨拶しつつ、ニカッと笑う。その顔を、どこかで見たように思った。俺がその理由を訊くより先にフィルが口を開いていた。
「あのー、宿場町で衛兵やってるドニーさんて知ってます?」
「あ? 何だよ、ドニーと知り合いか。あいつは俺の弟だ。なら、身分も知ってると思うが、そいつぁ伏せてくれ。知られたくねぇんでな。俺は次男で、トロアが末っ子だ。そっちの坊主、フィルだったか、トロアと仲良くしてやってくれや」
どことなく反抗期の子供を思わせるきらいがある。納得できない、理不尽や曲がったことが大嫌い、という雰囲気。
嫌いじゃないな。
思わず微笑んだところで、ナッシュがすっと顔を寄せてきた。
「なぁ、ユーゴ、手合わせお願いしてもいいか?」
耳元で囁くように言われる。
「ガキ共にしつこく絡まれて弱ってたんだろ? 俺ならぶん殴ってお仕舞いにするが、ユーゴはそれがしたくねぇって面に書いてある。だから、俺がガキ共の肩を持つ形で相手になってやろうと思ってな」
「それは面白い提案ですね」
「お、話が分かるね。実は、見た瞬間からやり合ってみてぇって思ってたんだよ。上手ぇこと隠してるが、強ぇんだってのはなんとなく感じる。ここでいい勝負をすりゃあ、ガキ共も身の程を弁えるだろうさ」
俺は笑うのを止められなかった。ナッシュは面白い。ドニーもそうだったが、いい奴だ。話の内容からして、利点しかない。断る理由が何一つないので、頷いて口を開こうとしたところで、クロエさんから待ったが掛かった。
「話は聞いたよ」
悪い笑みを浮かべたクロエさんの兎耳が大きく揺れ動く。どんなに小声で話していても聞こえるぞ、と耳を動かして訴えているように見える。
ナッシュがあちゃーと片手で目を覆った。
「なぁ、クロエ。俺ぁ、二人っきりでやり合いてぇんだけど、駄目か?」
「馬鹿、それじゃ意味がないだろう。フィルにもやらせなきゃ駄目じゃないか」
「え、僕?」
「あー、そうか。そうですね、ありがとうございます。クロエさん」
ナッシュがげんなりした顔をするが、二対二の模擬戦で話はまとまった。




