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42.宿場町に到着したなら毒の沼地で遊びましょう(2)




「う、嘘でしょ⁉ 君たちってこんな強かったの⁉」


「え、俺は何もしてないけど」


「囮になって避けてたでしょ! しかもギリギリで! あんなことする新米冒険者なんていないからね! 普通怖くてできないからね!」


 なるほど、フィルの目にはそういう風に見えていたらしい。驚愕と興奮で鼻息が荒いフィルを尻目に、俺たちはハイタッチを交わす。


「ナイス囮、ユーゴ」


「いい囮っした」


「囮って言いたいだけでしょそれ。何にせよ、初魔物討伐成功だね。お疲れ様でーす。あ、フィル、デモディアってどこに魔石あるの?」


「軽くない⁉ デモディアってアイアン殺しって言われるくらいには強い魔物なんだよ⁉ そんな軽くあしらえちゃう魔物じゃないんだよ⁉」


 俺たち渡り人組は顔を見合わせて肩を竦める。正直、大騒ぎするほどの魔物ではなかった。俺もまるで焦る必要もなく、しっかり見た上で引きつけて回避できた。サクちゃんの突進に比べると随分遅かった。


「ろくに鍛えてない奴が挑むからそういう話になっているだけだろ」


「探知できなくて不意打ち食らったとかじゃないっすか? 仮に不意打ちされたとしても、その対処もできないんじゃ舐めてたとしか言えないっすけどね」


「そうだよ。こっちはどんだけ鍛えて用意周到に準備したと思ってんのさ。そういうのいいから早く魔石の位置を教えなさい」


「うぐっ、三人で正論はもう殺しにきてるね。僕が悪かったよ。魔石は心臓付近。でもこんなに状態がいいんだから《異空収納》に入れて全部持ち帰った方がいいよ。解体屋に持ち込めば、それなりの値で売れると思うし」


 フィルの指示に従ってデモディアを俺の《異空収納》に入れ、さっさと森の中に入る。先頭はヤス君が自分から申し出てくれた。ただ、すぐ側にはサクちゃんがいるので、二人が先頭みたいなものだ。


 デモディアを倒したことで、能力値に変化が出ていないか確認すると、魂格が二に上がっていた。フィル以外は全員魂格上昇。フィルが上がらない理由は、一人だけ魂格が十を超えているから。現在は十二。


 幼年期のマイナス補正が解けるまで、里を出ることも魔物を狩るのも許されなかったらしいが、隠れて小型の魔物を狩って魂格を上げていたという。


「また無茶したね。死ぬ可能性あるでしょそれ」


「そうは言っても暇だったし。考えられる? 二十年も能力値が激減してるんだよ。人族は八歳とかで解除されるのにさ。外見もそうだけど、里の若いエルフは皆文句垂れまくってたよ。不公平だーって」


「多分っすけど、魔力量や術の威力も落ちるってことはないでしょ。暇潰しと命を天秤にかけるタイプには見えないっすよ、フィル君は」


「うっ、ヤスヒトって鋭いよね。確かに術の威力を確認してから行動したよ。ただやっぱり威力も魔力量も落ちてはいたから、デビラビって兎みたいな小さな魔物しかまともに狩れなかったよ。お陰でまったく危険はなかったけど。まぁ、僕が狩りをしたのは、何か手伝わないと里に居辛かったっていうのもあるんだけどね」


「気遣い癖はそれが原因か。もう里を出たんだ。忘れろ」


「それが染みついちゃってるんだよねぇ」


 フィルが肩を竦める。自分から苦労話を聞かせたので、取り敢えず頭を撫でておいた。よしよし、よくやった。褒めてるんだから睨むなよ。


 この世界の不思議な点なのだが、幼年期は物凄く戦いにくい仕様になっている。子供が争いに駆り出させられることを憂いた神が与えた慈悲というのが一般論だが、子供から抵抗する力を奪っているとも言える。


 人攫いや奴隷商人の格好の餌食なんだよなー。神様詰め甘し。


 俺はフィルが説明してくれるまで、年齢補正というものがあることすら知らなかった。知らないといえばステボのパーティー機能もそうだ。


 これはヤス君も知っていたが、ステボでパーティー設定しておかないと魂格を上昇させる為に必要な褒賞値の共有ができないとのこと。所謂、経験値のことだが、この褒賞値というものについても俺は首を傾げている。


 褒賞値は魔物を殺さないと得られない。人や他の動物では駄目。そういう仕様になっている。これも戦争や動物の無闇な淘汰を防ぐ為に神が慈悲をどうのこうのというのが一般論だが、魔物は動物ではないのかと思う。


 リンドウ邸にいたとき、スズランさんから聞いた話では、魔物は魔素を多く取り込んでしまう環境下に置かれた動物が変異したものだったはずなので、俺としてはどうにも腑に落ちていない。


 これまで誰とも話したことがなかったので、歩きながら皆に訊いてみたところ、ヤス君が真っ先に口を開いた。


「それなんすけど、俺も考えてたんすよ。どうして経験値って表示じゃないんだろうって。それで行き着いたのが、神の褒賞でした」


 吹き溜まりなどから魔素を移動させるには、動物などの動く生き物に吸わせて運ばせるしかない。ただ、吸わせただけでは世界に還元されないので、魔素を溜め込んだ生き物を殺す必要がある。そんな内容の話をヤス君がしてくれた。


「多分っすけど、この世界の創造者は、魔素を均一に保ちたいんだと思います。それで、魔物を殺して魔素を還元させた者に褒賞が与えられるシステムを作ったんじゃないかな、と」


「褒賞の目安が魔物化した生物ってことか」


「そういうことっすね」


「はー、ヤスヒトってそんなことまで考えてるんだね。僕はそういうもんだと思って考えたことすらなかったよ」


「ヤス君だからね。お陰で納得いったよ。魔物の中にだけ魔石が存在するのも何でだろうって思ってたけど、要は取得者に持ち運ばせる為ってことね」


 魔素が凝縮したものが魔石。この世界では古来よりあらゆる種族の生活に利用されている。いわば電池のようなもの。


「消費された魔素ってどうなるんだ?」


「そりゃ使ったらなくなるでしょ。でもそれじゃあ魔素は減る一方なんで、どっかから流れ込んできてるんだと思うんすよね」


「ああ、それはリンドウさんが言ってた魔物のいる世界だろうね。魔素溜まりが大きくなると繋がるって言ってたし。俺たちの知らないところで、魔物の氾濫が起きてるってことか」


 森が開き、毒の沼地に到着。濃い紫色で、いたるところで小さな泡が立っている。霧状の霞が掛かっているので、温度が高いようにも見える。もっとも、確認するつもりは毛頭ないが。


「あ、これあんまり吸わない方いいっすね。なんかガスっぽいの上がってますし、有害かもしれないです」


「言われなくてもそうするつもりだったよ」


「ああ、ドブ臭いからな。ん、あれじゃないか?」


 サクちゃんが指差す。その方向に、イノリノミヤ神社で見たような祠があった。ただ、場所は沼地の直ぐ側だ。


「うえー、俺あそこに行かなきゃいけないんすかー」


「しょうがないだろ。行ってこい」


「僕もここで待ってるから行っておいでよ」


「いや、ヤス君が一人であそこにってのはどう考えても駄目でしょ。沼から何か飛び出てくるかもしれないし、誰か一緒に行かないと危ないと思うよ」


 じゃんけんを提案しようとしたが、サクちゃんとフィルから「どうぞどうぞ」と手の平を出された。ここで否定して、じゃんけんに持ち込むのもヤス君に悪い気がしたので、受け入れることにした。


「すんません、ユーゴさん」


「気にしなくていいよ。後でネチネチ言って昼飯は二人に出させよう」


 話しながらベチャベチャと泥濘を歩いて祠の前に行く。そんなに強い魔物が出ることはないと訊いているが警戒は怠らない。長居したくないという思いからだろう、祠の前に着くなりヤス君が魔力を送った。


 祠の扉が開き、紫色の光球が現れる。


 そして扉はパタンとすぐに閉じた。


「え、終わり⁉」


「そうなるよね。俺もサクちゃんも光属性取るとき同じ反応だったよ」


「えー……てか、これちゃんと使えるようになってんすか?」


 ヤス君がいい終えた直後、沼が爆ぜた。


 俺とヤス君は慌てて飛び退いたが、ちょっとした豪雨ばりに水が飛んできた為、全身に飛沫を浴びてしまった。


「うーわ、最っ悪! 何すんだこのバカちんが!」


「マジでふざけんな! こ、この、クソウナギが!」


 沼から飛び出してきた魔物を睨みつけ、二人で罵声をぶつける。そうは言っても、でかいし気持ち悪いので結構引く。ヤス君も狼狽えている。


 初撃は避けたが、ヤス君も襲われる直前まで気づかなかった。細かい牙だらけの吸盤のような口が悍ましい。ヤツメウナギに似てるが、ミミズにも見える。


 その魔物の頭が、突如、肉を断ち切られるような音を発した。


「離れてー!」


 フィルが叫んだ。その声に従い、俺たちはアワワワと慌てふためきながら沼から離れる。ちらっと後ろを確認すると、先ほどの魔物が沼地の縁に倒れ込むところだった。ドターンと倒れた拍子に頭が取れ、沼の水飛沫と泥濘の泥が跳ね上がる。


「こらフィル! 危うく下敷きだぞ! 助かったけども!」


「そっすよ! 順序が逆っす! 助かりましたけど!」


「ご、ごめん! 焦っちゃって!」


「ところで、ありゃ何だ?」


「知らないよ! サクちゃん収納してきてよ! 俺らもう嫌だよ!」


 不満を叫ぶと、サクちゃんがたじろぎ、渋々魔物の側に行く。魔物の死骸を確認し、胴体と転がっている頭までを収納したところでまた沼が爆ぜた。サクちゃんは素早く飛び退くが、沼の水飛沫を食らって俺たち同様びしょ濡れになる。


 俺とヤス君で手を叩いて大爆笑。


 何これめちゃくちゃ面白い。


「おいそこー! 笑ってんじゃねー!」


「アーハハハ、も、もういいから逃げてきなよー」


「うるせー! バカヤロー!」


 沼から鎌首をもたげるようにしているウナギ状の魔物とサクちゃんが睨み合っている。さっきの俺たちと状況は同じだ。ここでフィルが黙って《風刃》をぶつければ、再現映像が完成する。となればもうお願いするしかないだろう。


「フィル《風刃》やってくれるか?」


「何言ってんの⁉」


「ハハハハ、サイコパス発揮してますね」


 残念ながら、そんな遣り取りをしている間にサクちゃんが槍を作り出し投擲。魔物の体に突き刺さった。


 魔物はギィイイと耳障りな鳴き声を上げながら長い体をうねらせる。体に刺さった槍を抜こうとしているのか、絡んだ紐のように丸まり、のたうち回る。


「うおー、気持ち悪ぃっ!」


 サクちゃんが叫びながら駆けてくる。そこでフィルが《風刃》を数発放ち、魔物を切り裂いた。血飛沫が上がり、沼から新たな魔物がぬっと顔を出す。


 一匹、二匹。細いのや太いのが次々に増えて背筋が寒くなる。


「うおお、キモっ! 何だよアレ! 付き合ってらんねーよ!」


「収納はー?」


「うるせー! お前がやれ! 俺はいらん!」


 大笑いしながらお冠のサクちゃんと合流。俺たちは水術で全身を洗浄し、フィルの風術を浴びつつ談笑しながら宿場町へと戻った。




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