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41.宿場町に到着したなら毒の沼地で遊びましょう(1)




 宿場町の門前に着き、俺たちはビンゴさんと別れた。別れ際は実にあっさりとしたもので、感謝の言葉を掛けようが別れの挨拶をしようが、ビンゴさんはまるで惜しむ様子を見せず「おう、じゃあな」の一言で済ませて、片手を軽く触って幌馬車と共にさっさと門兵のところに行ってしまった。


「ふわぁ、変な人だったね」


 フィルがあくびをしながら言った。宿場町に着くまでぐっすり寝ていたので、フィルは道中何があったかを知らない。渡り人三人で顔を見合わせて苦笑しつつ、門に併設された詰め所らしきところに向かう。


 置いてけぼりになったフィルが慌てて追い掛けきたので、俺は少しゆっくり歩き、横に並んだ。歩幅がまるで違うので、普通に歩いていても、フィルは大変な思いをする。俺たちと一緒に歩く距離が増すほど、歩数の差も開くのだから、疲労感もそれに比例して増えるのは間違いない。


 アルネスの街を案内してもらったときに、息切れを隠していたのを俺は知っている。あのときフィルが何かと急いでいたのは、間違いなく俺に気を遣っていたからだ。それが分かって、俺もゆっくり歩くことを心掛けたが、フィルはまったく合わせる気がなかった。こっちの気遣いは無視するのだ。


 でももう一月近く一緒にいるのだから、そろそろそういう気遣いから卒業してもらいたい。見た目子供が、何を遠慮しているのか。


「フィル、慌てなくていいぞ」


「んー、そうは言ってもさ、二人に迷惑掛かるじゃない」


「これから祠の場所を訊いて向かうんだから、その前に体力使う必要もないだろ。体格が違うとスタミナも違うんだ。二人だってそんなの分かってるし、ちゃんと考えてるから気を遣うことはないよ」


「え、何? なんか優しくない? 怖いんだけど、まさか変なこととか考えてないよね? 分かってるだろうけど、僕まだ子供だからね」


「おいやめろ。それ以上言うなら毒沼に沈めるぞ。他意はない。もう気遣いをしなくてもいいって言ってるだけだよ」


「んー、でもなぁ、親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」


「うっ、俺より日本人みたいなこと言うなよ……」


 ヤス君とサクちゃんが、詰め所から出てきた男性の衛兵と話し始めた。フィルが急ごうとするが、俺はそれを止めてゆっくりと歩くよう促す。


「ねぇ、子供扱いしないで欲しいんだけど」


「そのなりでおっさん扱いはもっと嫌だと思うぞ。いいから普段通りの速度で歩けって。俺たちがそっちに合わせるのが一番なんだから」


 詰め所前に着き、フィルと二人で衛兵に会釈する。近づいて気づいたが結構若かった。会釈を返されたところで、サクちゃんが口を開いた。


「闇の祠はダンジョンから少し離れてるそうだ。もう昼に近いが、食うと動きが鈍るからこのまま行こう。ただ、後で飯を食いに一度戻ってきたいから、ギルドカードで身分証明だけ済ませてすぐに向かおう」


「今する必要あるの?」


 フィルの疑問に答えたのは衛兵だった。話し方が溌剌としているので好感が持てる。彼が言うには、今のうちに身分証明をしておけば今日一日は顔パスで宿場町に出入りできるようになるそうだ。


「そろそろ僕が門兵を交代する時間なんですよ。あんまり賢くはないですけど、皆さんの顔と名前くらいなら記憶しておけますんで」


「ああ、そうなんですか」


 俺とフィルはギルドカードを衛兵に渡す。衛兵はカードリーダーのようなものを使って、確認を済ますとギルドカードを俺たちに返却する。


「あのー、衛兵さん? これってどのくらいの情報が確認できるんですか?」


「名前と年齢と種族と階級までですね。姓と種族の詳細までは読み取れません。例えば、僕は貴族の三男坊で半虎人なんですがーー」


 衛兵が自分のカードを出して、リーダーに差して画面を見せてくれる。表示されたのはドニーという名前と十八歳の半獣人であることだけ。


「こんな感じです。僕が差したのは役所で発行している身分証明証なので階級は表示されないんですが、このように、ほとんど分からないんですよ」


「確かに。これじゃあドニーさんが話してくれた部分までは分からないね」


「ドニーでいいですよ。詳細に表示するものもありますが、それを使うのはこの読み取り器が警告表示を出したり、貴族が自己申告した場合に限ります。得られる情報が少なければ、僕らも余計な厄介事を抱えなくて済みますから、このくらいが丁度いいんですよ」


「なるほどねー。詳しく教えてくれてありがとう」


 いえ、当然のことです、と笑顔でドニーが言う。


 犬歯がやや鋭く、虹彩が縦長であること以外は、まったく虎の要素が見えない好青年な衛兵ドニーに手を振って、俺たちは毒の沼地のある森へと向かった。


 歩き始めの時点で、こっそり歩幅をフィルに合わせるようにお願いしようと思っていたが、俺の考えていることがヤス君とサクちゃんには既に伝わっていたようで、自然と歩みはフィルの歩幅に合わせたものになっていた。それでもやはりフィルは無理に急ごうとしたが、三人で代わる代わる止めて談笑しつつ歩いた。


「あ、止まってください」


 二十分ほど歩き、毒沼のある森を目前にしたところで、不意にヤス君がそう言った。俺たちを手で制し、すぐに森を指差す。


 木陰から、小型の鹿のようなものがこちらを見ていた。数は二頭。


「あれって魔物?」


「いや知らん」


「デモディアだね。魔物だよ」


「どうします? もう気づかれてますけど?」


 小声で遣り取り。警戒しつつデモディアと睨み合う。距離は三十メートルほど離れている。ヤス君が気づいていなければ不意打ちを食らっていたかもしれない。


「どうしよっか? 僕がここから攻撃する?」


「それは少し待って欲しいっすね。サクやんは何秒で距離詰めれます?」


「三秒は掛かる、と思うが分からん」


「ヤス君、まずは俺がアレ仕掛けてくるわ」


 ヤス君が頷いたので、俺は前進しつつ小型の《過冷却水球》を五メートルほど先に適当に置いていく。距離が二十メートルほどになったところでデモディアが一頭木陰から飛び出し、突っ込んできた。もう一頭は、突進の準備をしている。


 俺は角を向けて突進してくるデモディアを横に転がって躱す。顔を上げると、跳躍中のサクちゃんが棒を振りかぶっているのが見えた。


 シッという空気を吐き出すような声と共に、サクちゃんが棒を振り下ろす。


 それは凄まじい勢いでデモディアの頭を打ち、そのまま地面に叩きつけた。


 うわーサクちゃん。容赦ないね。


 骨の砕ける音を聞きながらそんなことを思う。


「ユーゴさん!」


 背後からヤス君の声が掛かった。


 分かってる。


 心で返事をして、俺はもう一頭のデモディアが仕掛けてきていた突進も躱す。今度は引きつけて、すれすれで横に跳んでみた。


 と、ほぼ同時にそのデモディアが突っ伏し、地面を滑るように横倒れになった。見えなかったが、おそらく俺が射線から外れた直後にヤス君が矢を放ったのだろう。近づいて確認すると、デモディアの眉間には矢が深々と突き刺さっていた。


「うーわ、凄いね二人とも」


「そりゃあんだけ真っ直ぐ突っ込まれたら楽っすよ」


「だな。こっちも楽勝だった」


 俺の《過冷却水球》は当たってはいたものの、デモディアの頭を下げての突進にはあまり意味がなかった。角は凍ったが、多少頭が重くなった程度だろう。恥の証拠隠滅とばかりに氷結を解除したところで、フィルの叫び声が上がった。




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