40.ビンゴの祝福(2)
「ビンゴさん、冒険者ギルドでダンジョン産の物を売るって言ってましたけど、儲けはあるんですか?」
暇だからか、誰かに対する気遣いからか、それとも純粋な興味からか、ヤス君が唐突にそんな話題を振った。
「俺と馬の飯代が一食浮く程度だな。十分助かってる」
「え? 宿場町で冒険者相手にだったらもっと儲かりそうなもんっすけどね」
「そうか?」
「そうっすよ。冒険者からすると、いちいちアルネスの街に帰る手間が省ける上に、宿のお金も心配なくなるんすよ? 手元の素材も減らせて荷物に余裕もでますし、もっと差額で儲けてもバチは当たらないと思いますけど」
「そうかもな。けど俺はいいや。小鳥が肥えたら飛べなくなって食われちまう。俺はこれでいいんじゃない。これがいいんだ。分相応ってやつさ」
「いやー、言ってることは分かりますけど、勿体ないっすよー」
「お前さんが分かってないのが俺にはすぐ分かる。ほらほらそれより、もう少し馬車に揺られることを楽しめ。乗り心地は言うほど良くはないけどな」
ヤス君が俺に顔を向けて肩を竦める。俺は苦笑して走る速度を落とし、のんびり進む馬車の後ろへ向かう。
「ユーゴ、代わってもらっていいか?」
サクちゃんが、荷台から顔を覗かせて言った。俺の姿を認めるなりという感じで、顔がしかめられている。
「どうしたの?」
サクちゃんはビンゴさんの方を気にしながら俺に手招きする。俺が荷台に近づいて顔を寄せると、耳打ちするような素振りで、尻が痛いことを明かした。
「ハハハ、お大事に。俺が走り疲れたら代わってもらうことにするよ」
「くそっ、さっきまで勝ち誇っていた自分を殴ってやりたい気分だ」
フィルはどうしているのか様子を見たら寝ているようだった。荷箱に挟まれてとても窮屈そうに見えるのだが、狭いところが安心するのかもしれない。
「そういえば、依頼ってどんなの受けたの?」
「ん、ああ、ユーゴはトイレに行ってたな。ダンジョンの中層以降に出るイビルバイパーとかいうでかい毒蛇の素材と魔石の納品だ」
「中層以降って、大丈夫なのそれ?」
不安になって訊ねると、御者台でヤス君にされたように、サクちゃんにまで肩を竦められてしまった。
「納品期限が一ヶ月あるし、納品個数も少ないから大丈夫だろうってミチルさんがな。ちなみに納品数は三匹分だ。何人も命を落としてるらしい」
「そんな危なそうなの、よく皆納得したね」
「報酬がな。全員の一段階ランクアップと金貨二十枚だ」
「い! 二十枚はでかいね。一人五枚か」
「いや、実は買い取りの方が得なんだ。魔石含めて、金貨十枚が素材の相場らしい。だから損はするんだが、金は他で十分補えるから大差はないってフィルが言うもんでな。ブロンズへのランクアップを優先した感じだな」
ブロンズに上がるには、アイアンの依頼を三回、もしくはブロンズの依頼を一回成功させた実績と、ダンジョン中層到達の実績が必要。
一つ上の階級の依頼までは受注可能なので、アイアンのサクちゃんがいたからこそこの依頼が受注でき、且つ俺たちはスピード昇級が狙えるという訳だ。
取らぬ狸の皮算用になるが、この依頼を達成すれば、俺たち全員がその条件を満たすことになる。だがノービスからの飛び級は認められていない為、サクちゃん以外の昇級はアイアン止まりになる。
「まだ先の話だけど、この依頼を達成した後、アイアンになった俺たちがブロンズに上がるにはどうすればいいのかね? 条件達成してるけど」
「アイアン以上の依頼を一回でもこなせば昇級だそうだ。フィルもまったく同じこと訊いてたぞ。たまたま知り合いと会って挨拶してたからちゃんと聞けなかったが、階級が高いと信用がどうとか。まぁ、何にせよ運が良かったことは確かだな」
「信用は貸家のことだろうね。見た目が子供だから、ランクで示すしかないってことでしょ。それで、運がいいって?」
「この依頼はギルマスが依頼主でな、滅多に出さない上に報酬も安いが、ランクアップ用のボーナス依頼みたいなもんなんだそうだ。ブロンズ依頼の中でも比較的簡単な方なんだと」
流石に呼吸が乱れてきた。へー、と生返事をして話すのを止め、馬車の横に移動。息を整えつつ走る。体感で四五十分ほど経過した頃、街道脇の林の側に壊れた馬車の残骸らしきものが見えてきた。
俺は御者台の横に並ぶ。ヤス君もビンゴさんも気づいていた。残骸に近づこうと走る速度を上げると慌てなくていいとビンゴさんに止められた。
「どうせそこで止める」
ビンゴさんは調子を変えずにそう言った。
残骸が真横にくると、ビンゴさんが手綱を引いて馬車を止めた。そしてヤス君に向かい残骸を顎で示した。
「こいつは、お前さんの言ってたことを実践した奴が遺したもんだ」
横転し、幌が破れ、車輪が外れている。
荷箱は数個あるが、すべて中身はなく、ドス黒く変色した大小様々な血痕と思しきものが、あらゆるところに幾つも付着していた。
「行商人に限らず、人が一番大事にしなきゃいけないのは自分と大事な者の命だ。お前さんは『もっと儲かりそう』と言ったが、それを望めば狙われる覚悟がいる。こうなる覚悟もな。それに『差額で儲けてもバチが当たらない』とも言ったが、何をしようがバチなんてもんを当てるほど神様は狭量じゃないと俺は思ってる。俺たちにこの世界を委ねて見てらっしゃるだけだ。この残骸が何よりの証拠だ」
いつの間にか、サクちゃんも荷台から降りてきていた。御者台のヤス君と同じく眉根を寄せている。
ビンゴさんが御者台から降りて、残骸の側に歩いていき、肩に掛けていた小さな鞄に手を突っ込み、乱暴に取り出した物を放った。
それは花弁だった。白い花弁が馬車の残骸にばら撒かれていく。
微風に舞う白。
ビンゴさんは跪いて両手を組み、軽く頭を下げるとすぐに立ち上がった。
「なあ、お前さんたちの中で、火属性持ちはいるか?」
こちらに振り向いたビンゴさんが言った。誰もいませんとかぶりを振って答えると、そうか、と一言呟いて素早く御者台に上がった。
「おーい出発だ。しんどいだろうが、もう少し走ってくれ」
無理はしなくていいからな、とビンゴさんが声を掛けると、馬が走り出した。サクちゃんは荷台に戻らず、俺と一緒に走ることにしたようだ。
「あの馬車の人、知り合いだったんすか?」
「いや、知らん」
「え、いやでも、祈ってましたよね?」
「あれは祝ってたんだ」
「祝ってた? 何をです?」
「人づてに訊いてな、今日が結婚式だったそうだ」
ヤス君とビンゴさんの会話を、俺は黙って聞いていた。正直、気が重くなる。
サクちゃんも口を挟むつもりはないようで、伏し目がちに走っている。
「お前さんがさっき言ったことを、実践した若者がな、将来の嫁さんを乗せて一緒に行商に出たんだ。幸せそうな笑顔を見せて出発したそうだ」
「盗賊、ですか」
「俺は冒険者だと思ってる」
え? と、ヤス君だけでなく俺も耳を疑う。多分、サクちゃんもだろう。
「ダンジョンで命を賭けて取ってきた物を、ただ馬車に揺られて運んでるだけの奴に足元見られて買い叩かれるんだ。された方は、いい気はしないだろう」
「護衛は――」
「アルネスの街と宿場町の往復程度に、そんな御大層なものはつけんよ。それこそ儲けが小さくなる。それにもし俺が護衛の冒険者だったら、足元を見た商売をする依頼主に腹を立てて、買い取りを頼む冒険者たちに同情する。依頼主に護衛する価値があるかを考えて、悩んで、その価値を見出だせずに、危なくなったら逃げ出す方を選ぶかもな」
それにな、とビンゴさんは言う。
「素材を買い叩いていれば、儲けがあると思い込まれる。たとえ本当はそうでなくとも、噂が立てば悪い連中の耳にも入る。冒険者も十人十色。まともな者ばかりじゃない。だから悪目立ちしないようにするのが行商の大事なとこなんだ。そりゃ、なんでも構わないってのに当たれば仕方ない。運が悪かったと諦めもつく。だが、わざわざ誰かに狙われるような真似をしたと気づくと悔やまれるもんだ。守る力もないのに、将来の嫁さんになる若い恋人を乗せるとかな」
ヤス君は黙り込む。暗い顔をしていた。ビンゴさんが軽く息を吐く。
「二人に何があったかなんて簡単に想像がつく。どんな目に遭わされたのかもだ。生き残っていたとしても、結婚なんてできやしなかったろう。よしんばしたとしても、既に心に影は落とされてる。一生消えない暗い影だ。それを抱えた者同士、果たして幸せな生活が送れたかどうか」
だが、二人は死んだ。
すべての影が消え去る安息の光の中へと旅立った。と、ビンゴさんは言う。
「神様の国がどうなってるのかは知らんが、一緒なら予定通りに今日結婚してるだろう。あっちの身内や友人に祝福されてるはずだ。だが本来結婚を祝うはずだったこっちの身内や友人は、二人の葬式を終えたばかりで祝うどころじゃないはずだ。それがなんだか悲しくてな。こっちでも俺一人くらいは、祝ってやってもいいだろうと思ったんだ」
忌まわしい過去の痕跡までは消してやれなかったけどな。と、ビンゴさんは少し寂しげに言った。




