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4.狐とステボと前科持ち(2)




 俺は頭を抱える。何なんだこの状況は。


「そうね。そうかもね。しかしカタセ君は順応性が高いんだね」


「え、そうですかね? まぁ、ゲーマーなんで、こういうのだけは順応早いかもしれないっすね。てかこれ、おかしいんですよね。ライフの数値がないんですよ」


「ライフって生命力のこと?」 


「はい、所謂エイチピーです」


 確かにそういう表示はない。


 魂格、魔力量、腕力、脚力、体力、巧力、魅力。これですべて。


「魂格は、表示位置からしてレベルっぽいね。んー、ライフの値がないのもそうだけど、この巧力っていうのは何だろうね?」


「手先の器用さじゃないすかね。手先だけかは分からないですけど」


「どういうこと?」


「指先を巧に使えるってことは、それだけ脳を上手く使えてるってことだと思うんで、総合的に体を上手く使えるってこともあるかなーって」


 そういうことか。と俺は頷く。


「確かに、動体視力とか精密性に関する項目もないね。結構ざっくりしてる。巧力に含まれてるって考えてもよさそうだね」


「多分ですよ。多分」


 俺はふと思いつく。昔考えていたことが当て嵌まった。


「ライフ表示がないのは、これがゲームじゃないからじゃないかな?」


 カタセ君が要領を得ないといった様子を見せたので、そのまま言葉を続けた。


「俺は最近のゲームについてはよく知らないんだけど、昔のロールプレイングゲームって疑問に思うことが多かったんだよ。どうして瀕死なのに、元気なときと変わらず敵にダメージを与えることができるんだろうとか、逃げ出すことができるんだろうって。瀕死って出てるからには、かなり重篤な状態だと思うからさ」


「あーそういうことっすね! 確かにそうっすわ。ライフが残り一桁とかどんな怪我だよって思いますね。腕や足が取れててもおかしくなさそうっすもんね」


「うん、普通に考えたら、そんな状態だと出血で死ぬし、体の一部が欠損して生き残った場合は、また疑問に思うところが出てこない?」


「それ丁度考えてました。ライフの最大値っすね。体の一部が欠損した場合は減少するのか、関係ないのか」


「そう。もしライフの表示があったらさ、飽くまで頭の上とかに出るライフゲージがあったらって話だけど、適当な動物見繕って試してたかもしれないよね」


 カタセ君が眉を顰める。


「やめてくださいよ。急にサイコなこと言うの。グロすぎでしょ」


「いや、でも表示があったらやる奴はいると思うよ。それとゲームだとさ、ボスに与えるダメージの確認しながら調節とかしなかった? それも、現実だと拷問に使われたりすると思うんだよ。ライフの限界ギリギリまで削れるでしょ?」


「怖すぎでしょ! 考えたくもないっす!」


 カタセ君が顔を歪めて身震いする。ホラーが苦手なのかもしれない。


 俺は少し笑ってから言葉を紡ぐ。


「寿命とかも分かっちゃいそうだね。毎日ライフの最大値が減っていく感じで」


「うわそれも嫌だなー。じゃあこの世界の神様がそういったことを考慮してライフの表示をなくしたってことっすかね」


「そうだと願いたいね。だけど、もしかしたら、さっき話してたみたいなことがあって廃止したってことも考えられるよね」


「それじゃまんまゲームの開発運営じゃないっすか」


 和やかに談笑していると、背後から草木を踏み分けるような音がした。振り返ると、剣道着に似た和装の女性が少し離れた森の中に立っていた。


 あの三人と同じく狐のような耳があり、背後で尻尾が揺れている。違うのは髪色が銀であることくらい。腰には刀が二本。黒鞘の打刀と脇差を帯びている。


「二人だと?」


 その大小二本差しの女性は眉根を寄せて呟いた。


「迎え、ですかね?」


 カタセ君がこちらに顔を寄せ、小声で訊いてきた。


 分かる訳がない。何故俺に訊く。と思いながら、俺は「多分」と返す。


 その際、カタセ君が砂を握ったのがチラリと見えた。


 砂を掛けて目くらまし。俺は呑気にしてたのにカタセ君は凄い。この女性が危害を加えてくる可能性もなくはない。逃げなくてはいけないかもしれない。


 そんなことを考えていると、女性がふっと短く息を吐いて苦笑した。


「ああ、すまぬな。拙者はスズランという。リンドウから、渡り人がいるから迎えに行けとしか聞いていなくてな。まさか二人もいるとは思わなかったのだ」


 俺はホッと安堵の息を漏らし、緊張を解く。


 だがふと見ると、カタセ君は砂を握ったまま。体も顔も強張っている。


「ふむ、警戒は解かんか。君は渡り人らしくないな」


「俺のこと、ですよね? どうしてです?」


「渡り人とは、そちらの彼のように、すぐに気を許す傾向にあるのでな」


 顎で示されて、俺は「うっ」とたじろいだ。


 顔が熱くなる。警戒心の薄さを露呈してしまった。これは恥ずかしい。


 両手で顔を覆って震える俺には一切触れず、二人の会話が続く。


「すぐに気を許さぬこともそうだが、何より君はステボを出しているからな」


「なるほど。やっぱり見えるんですね」


 カタセ君が自分のステータスボードを指差す。と――。


「自分でそのように設定したのだろう? どれ、拝見」


 スズランがカタセ君のステボを覗き込んでいた。突然すぐ側に立たれて声も出せず硬直する。一瞬で距離を詰められたカタセ君は口を開けてぽかんとしていた。


 俺もステータスボードを出しっぱなしにしているが、指摘されない。設定を変えていないから見えていないということか。本当に見えてないんだな。不思議。


「説明も受けずにステボを出し、あまつさえ設定まで変える者など初めて見たから疑ったが、種族がホウライになっているから渡り人で間違いないな」


 スズランが「だが」と言ってカタセ君に顔を向ける。


「ステボは他人においそれと見せるものではない。鍛えていないうちは特にな。早々に設定を戻しておくことを勧めるぞ。ヤスヒト殿」


「へ、へぇ。やっぱりそうなんですね。気をつけます。ステータスクローズ」


 やっぱりって何?


 敢えてこういう状況にして、指摘されるかどうかを試したとでも言いたげな台詞を吐くカタセ君。俺と目が合うと、気まずそうに顔を背けた。


 明らかな動揺。完全にスズランを意識している。


 でもまぁ、息がかかるくらい顔が近かったもんな。美人だし仕方ないよな。


 そんな風に思いながら、俺もステータスボードを消すことにした。


 そういえば、ステボって省略してたな。


 試しに口に出さず、ステボクローズと省略して心で唱えてみたところ、ちゃんと消えた。どうやら口に出す必要もないようだと覚る。


 面白い。年甲斐もなくワクワクしてきた。説明書のないゲームのようだ。


 融通が利くようなので、後で色々と試してみようと思う。


「さて、ヤスヒト殿……と、そちらの」


「カ、ゴホン、ユーゴです」


 条件反射というか、体に染みついた感覚に従って思わず姓を言いそうになったが、咳払いで誤魔化して名前を伝えた。


 カタセ君がステボで姓名確認をされた上で、名前を呼び名に使われていたので、なんとなく俺も名前にしておいた方が無難だと思った。


「ユーゴ殿、こちらは屋敷に案内するつもりでいるが、よろしいだろうか?」


 カタセ君に目を遣る。図らずも目が合ったので、俺は手振りで返事を譲った。


「じゃあ、お願いします」


 カタセ君が軽く頭を下げる。俺もそれに倣い、お願いしますと続ける。するとスズランが胸を撫で下ろすように息を吐いた。


「よかった。断られたら力尽くで連れてこいとリンドウに言われていたのでな。素直に聞いてくれて助かった。拙者、前科持ち故」


 前科持ち?


 不穏な言葉を口にしたにも拘らず、スズランは照れたように笑う。


「以前、こちらに来たばかりの渡り人を死なせてしまったことがあってな。御二人とは違い不遜な若者だったが、まさか手刀で首が落ちるとは思わなかった」


 話の内容に血の気が引く。おそらく表情にも出ていると思うのだが、スズランはまるで意に介した様子がない。


 カタセ君を窺い見ると、顔色が悪い上に油汗が浮いていた。だが澄まし顔。俺も似たような感じなのだろう。カタセ君の憐れむような目がそれを物語っていた。


「では行こう。ついてきてくれ」


 背を向けて歩き出すスズランに俺たちは追従する。裸足なのだが、大丈夫だろうか。かぶれる草とか生えてないだろうか。足の裏が痒いのは最悪だぞ。


「不遜ってだけで首を切るって――」


 カタセ君が小声で俺に話し掛けたのだが、スズランにはしっかり聞こえていたようで、前から遮るように声がやってきた。


「そうではない。多少は腕に覚えがあったのだろう。話しているうちに目つきが怪しくなってきてな、舌舐めずりしたかと思うと襲い掛かってきたのだ」


 ああ、そういうことか。その男は妙な気を起こしたってことね。


「美人だもんね」


「モデル並みっすよね」


 より注意深く二人で耳打ちし合い、何度か細かく頷いていると、不意に「む」と呟いてスズランが足を止めた。


 俺たちも足を止め、もしや聞こえたか、と二人で顔を見合わせる。だが先ほどのように何かを言われることもない。


 どうしたんだ? まさか迷ったとかじゃないよな?


 小首を捻って視線を正面に戻すと、木立の間から草の擦れる音が近づき、軽自動車くらいあるイノシシがのっそりと姿を現した。


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