38.怒る坊やと気を損ねそうな女と憤る男(2)
「それじゃあ、ユーゴからだね。体術で戦うって話だけど、バグナウやブラスナックルみたいな武器はいらないのかい?」
「そうですね、今のところ、いらないですね。拳が保護できれば良いです」
「指が動きやすい革手袋ってのもねぇ。こなれないと硬いのは仕方ないよ。防具は軽い革鎧と籠手と脛当てで良さそうだね」
見繕ってもらった物を試着し、そこからサイズの調整をしてもらう。
ベスト型の革鎧と肘下から手首までを覆う籠手、膝下前面を保護する脛当て。すべて西洋風で、見た目もスマート。
動いてみたが、肩周りの動きが阻害されず擦れるような感覚もなかった。膝と肘、手首足首にも違和感がなく、重量も多少重く感じる程度。
「いいですね、これ。凄く気に入りました」
「うーん、こりゃ驚いた。お世辞抜きでよく似合うね。前垂れか脚が隠れるくらい長めのスカートを付けるともっと決まりそうだね。染色はどうしようか?」
「取り敢えず今のままでいいです。それで、革の手袋なんですけど、なるだけ頑丈で、手に密着する薄手のものを見せてもらえますか?」
「ちょいと待ってなよ」
エノーラさんが店内を歩き回り、見繕った物をカウンターに三つ置く。俺はそれらを一つ一つ持ち上げて、硬さと厚みを確認し、最も理想に近い一つを試着した。握って開いてを数回繰り返す。
「エノーラさん、この手袋おいくらですか?」
「それはこの三つの中で一番高いよ。デモンバットの翼膜使ってるからね、金貨十枚はするよ」
「うっ、結構しますね。ちなみに全部だとおいくらになりますかね?」
「その革鎧一式もドーベルリザードって魔物の革を使ってるから値が張るね。それだけで金貨十五枚。籠手と脛当てで金貨五枚、手袋も合わせて三十枚ってとこだね。おまけして二十七枚でどうだい」
「あ、それならおまけはいいんで解体用のナイフが一本欲しいです。それと、やっぱり統一感が欲しいんで黒に染色しちゃってください。全部買いますんで」
エノーラさんは一瞬きょとんとしたが、すぐに膝を叩いて大笑いしだした。
「いやー、気持ちが良いじゃないか。よし、任された。今晩までに仕上げるから、後でまた来な。完璧な仕事をしとくからね」
俺は「お願いします」と言いながらカウンターに金貨三十枚を置き、試着していた装備を外していく。懐が随分と軽くなったが、なんとなくダンジョン中層辺りまで保つくらいの装備な気がしたので良しとする。
「次はヤスヒトだね。あんたは胸当てとそのアーティファクトだったね」
「そうっすね。このゴーグルは絶対っすね。革鎧はなるべく動きやすい方がいいんで、軽いのをお願いしたいっす」
ヤス君はライダーゴーグルを店内を歩いている内に発見し、金貨十枚という価格にも拘らず購入を即決していた。
「それならいっそのこと、プロテクター加工したツナギにしちゃどうだい?」
「えっ⁉ そんなのあるんすか⁉」
「あるよ。今着てるの脱がないと駄目だね。ついといで、奥で試着してみな」
エノーラさんとヤス君が店の奥に姿を消す。すると何故かサクちゃんも、ふと思い立ったような素振りを見せて店の奥へと姿を消した。
「そして誰もいなくなった」
「僕がいるんだけど」
「そうだね、言った本人の俺もいるよね。ところでフィルは何も買わないみたいだけど、いいの?」
「このローブがあるからね。里で餞別にもらった物だけど、ダンジョンの下層くらいまでは大丈夫だってエノーラさんが言ってくれたからさ」
「武器は?」
「杖とナイフを持ってる。使う機会がなくて《異空収納》に入れっぱなしになってるけどね。僕の心配はいいよ。君たちこそ武器はいいの?」
「ヤス君は弓と矢があるし、サクちゃんも大丈夫。俺もまぁ大丈夫でしょ」
店のカウンターの前で適当に会話を続けていると、ヤス君とサクちゃんがエノーラさんと一緒に店内に戻ってきた。
「お待たせっす。決めましたよ!」
「サクヤまでついてくるから何ごとかと思ったよ」
「ははは、すいません」
二人がそれぞれカウンターで支払いを済ませる。
「よし、性能は折り紙付きだからね。下層に入るくらいまでなら買い替える必要もないよ。勿論、修理は必要だけどね。安心して行っておいで。活躍を祈ってるよ」
全員でエノーラさんに感謝の礼をして店を出た。帰り道で訊いたが、サクちゃんもプロテクター処理を施された作務衣と長羽織にしたらしい。
そして全員がおまけを断り、解体用のナイフと黒色の染色を依頼。ヤス君はゴーグルに防護処理もお願いしていた。相当壊れにくくなるらしい。
「今晩が楽しみっすねー」
「そうだな」
「ところでフィル、下層に入るまで使えるって、具体的にどのくらいなの?」
「二十階区切りだから、四十一階までは今の装備で大丈夫ってこと。階級がシルバーに上がるくらいまでかな」
それって相当じゃないか?
上層でのダメージ皆無な気がしてきた。
期間にすると大体どのくらいなのかを訊こうとしたとき、今日知り合ったばかりの熟練冒険者のことが頭に浮かぶ。
「なんかノッゾさんを思い出したんすけど」
「あ、俺も」
「俺もだ」
「あれ? 君たちノッゾさんのこと知ってるの?」
フィルが立ち止まり、驚いた顔をした。訊かれた俺たち三人も驚き、足を止めて顔を見合わせる。
「今日、訓練場で声を掛けられてね。良い人だった。フィルも知ってたんだね」
「そりゃ二ヶ月近くもこの街にいるし、君たちよりは顔見知りが多いよ。ノッゾさんは実力派で人望もあるんだけど、お人好しで騙され易いのと、パーティー構成が問題でくすぶってるって話」
「お人好しのくだりはやっぱりって感じっすけど、誰から聞くんすかそんな話」
「そんなの他の冒険者や冒険者ギルドの職員に決まってるでしょ。ノッゾさんのパーティーは良い人揃いだから、助けられて恩を感じてる冒険者も多いらしいよ」
ノッゾさんのパーティーは、新米時代に詐欺師に騙され命を落としかけた。
それで人間不信になってしまったとノッゾさんは言っていたが、フィルの話を聞いて、それが半分嘘だったのだと覚る。
ノッゾさんたちは、騙されて途方に暮れていたときに助けてくれた人たちへの恩を忘れず、救われてから今に至るまでずっと人助けをし続けているのだとか。
「救ってくれた恩人が助けたことを恥じるような冒険者ではなく、助けたことを誇れる冒険者になるっていうのがノッゾさんのパーティーの信条らしいよ」
「立派な人たちだな」
「でも仄かに残念臭がするんすよね。実力派なのに数年くすぶったって、要はパーティー構成の問題が致命的だったってことでしょ?」
「回復術を使える人が一人もいないし《異空収納》を使えるのも一人で、容量もそこまで大きくないとか。あと人助け優先しちゃうんだって」
「ヤス君大正解だったね。人助けは素晴らしいけど、自分たちの命を粗末にしすぎ。馬鹿が自己犠牲精神フル活用してる感じだよ。よく今まで生きてたね」
「ユーゴ、それは言い過ぎ……でもないな。言い方はアレだが、お前らが同じことをしたら俺は困る。良いことではあるんだろうが……」
俺は胸焼けを起こしたようにムカムカとしていた。頭に血が上るような怒りではなく、吐き気を催すような、気持ちの悪いドス黒い怒りが胸の中で蠢いていた。
そうなったのは、ノッゾさんに過去の自分を重ねたからだ。
かつての俺はお人好しな馬鹿だった。
風邪気味の同僚の仕事を代わりに引き受けたり、なまじできるだけに、自分の能力以上の仕事を先輩や上司から与えられたりした。
結果、俺は足踏みした。
周囲は残業もせず適当に仕事をしているのに出世していった。
「カガミは使い勝手が良いから、上げないんだよ。あいつ嫌われたくない症候群だからな、気遣いするしウケもいいだろ? 具合悪いとか言えばすぐ信じるし。親身になって『大丈夫ですか』なんて、お前が大丈夫かよってな」
「ああいう馬鹿は下に置いとくと楽だよー。手柄はこっちにくるし、何かあったらあいつの所為にできるし。腹立てば当たれるしな」
それが、かつての同僚たちの口から出た言葉だった。笑いながら話しているのをトイレの個室で耳にして、愕然とした思い出が蘇る。
多分、ノッゾさんも、あのときの俺と似たような思いをしてきたはずだ。俺はポッキリと心が折れてしまったが、ノッゾさんはそうではない。
この怒りは、不甲斐なかった自分へのものだ。
そして、かつての同僚のような勘違いしたクズ野郎共に向けてのものだ。
連中は要領良く立ち回っているように思い込んでいるが、それが他者の優しさと配慮を受けているからだと気づけていない。
周囲がそれを許してくれているというだけだとまるで理解していない。
いや、それを知った上でやっているのだとしたら、余計にたちが悪い。
他人をただ食い物にしようとするだけなら、それはもはや魔物と同じだ。
ん? 十把一絡げにするのは魔物に失礼か。
探せば心のきれいなペットみたいなのもいるかもしれないし、というかよく考えたら俺たちは魔物を食い物にしちゃってるな。
しばし思考停止。
とにかく、こんなことになるんなら、一発ぶん殴っておけばよかったと思う。人を馬鹿にするのも大概にしろと怒鳴ってやればよかったとも。
「ノッゾさんは報われるべきだ。考えが浅はかなのは間違いないけど、ああいう人を利用しようとする輩は、俺は断固許せない」
「きゅ、急にどうしちゃったんすか? 怖いっすよ」
「凄い顔してたな。そういう持病でもあるのか?」
「一番こきおろしてたのにもう忘れちゃったのかな? それ更年期障害かも」
「う、うるさいぞ君たち! 俺だって色々と思うことがあったり、腹が立つこともあったりするんだからね!」
俺だけ若干プンスコしながら皆で寮への帰路に着いたが、大衆食堂の前でうっかりカキ氷を求めて訪れたお客さんに捕まり全員酷い目に遭った。




