37.怒る坊やと気を損ねそうな女と憤る男(1)
訓練所を後にした俺たちは、フィルを誘って昼食をとることにした。
それで三人で部屋まで呼びに行ったのだが――。
「いいけどさ、どこで食べるの?」
フィルはなんだか不貞腐れていた。俺たち渡り人三人衆は顔を見合わせた後で小さな円陣を組む。
「なんか、怒ってません?」
「除け者扱いしたからじゃないか?」
「それはないでしょ。ちゃんと言ったし」
小声で囁くように話した後でフィルの方を向く。ムスッとした顔で腕組みしていたのでまた円陣に戻る。
「腕組みしてましたよ」
「うん、バージョンアップしてたね」
「やめてやれ」
ひそひそ話はサクちゃんの溜め息で締め括られた。俺はフィルに向き直る。
「フィル、どうしたんだ? 何かあったのか?」
サクちゃんが訊くと、フィルは先ほどサクちゃんが吐いたものとは比べ物にならないほど大きな溜め息を毒のブレスの如く吐き出した。
「君たちは営業前の食堂で朝食をとったから知ってるだろうけどさ、僕今朝は朝食をとらなかったんだよね」
「なんでわざわざ? そんな説明臭い? ふーん、言い方するの? 確かに? フィルは? 後にするって? 言っていたけれども?」
「それが何か? みたいな言い方腹立つからやめろよ! 変に言葉を切って語尾を優しく上げるんじゃないよ!」
「ユーゴさん煽りまくってますね」
「フィルも確実に拾うからな。仲良いよなこいつら」
フィルが、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「まぁいいよ、君たちは営業前に朝食をとったから知らないだろうけど、僕は営業中の食堂に行ったんだよ。早めのブランチ気分でね。そこで僕はねぇ、それはそれはもう酷い目に遭ったんだよ」
「酷い目って?」
「カキ氷屋だよ! お客さんが来て注文されるし、やってないって言ったらなんでどうしての嵐だよ! もう本っ当に大変だったんだから!」
「あー、確かに昨日、明日で閉店だとか休業するだとかそういうお知らせは一切してなかったっすね」
「『氷作るから削ってくれませんか?』とか無茶苦茶言う人までいたんだからね!」
「ハハハ、シロップどうするんだろね?」
「そういえばそうだね。ってそういう問題じゃないよ!」
俺とヤス君が笑顔で頷き、二人でサクちゃんにも笑顔を向けて頷き、渡り人三人衆で頷き合いながら拍手する。
「いやー、一回乗ったね。ツッコミまでの間も良かった」
「日々成長してるんすね。使うタイミングも中々っす」
「俺はやったことないが、今のは日本のお笑い限定のものじゃないのか?」
「うるさいよ、もう! 何を分析してるんだよ! 確かに日本のコメディ動画は好きで見てたけども! とにかく食堂では食べられないってことを言いたいんだよ!」
「それならそうと、むくれてないで言えばいいのに。どこで食べるのって」
「言ったろ! それ僕最初に言ったろ!」
「フィル、落ち着け。お前もそこまでいくともう病気だぞ。どうせ明日の準備もあるんだから、適当に出店で買った物でも食いながら武具店に行こう」
サクちゃんの提案に全員が賛成し寮を出た。お客さんで賑わう大衆食堂の前をこっそり通り抜け、途中の屋台で惣菜クレープらしきものを購入。値段は一つ銅貨五枚。それを食べながらエノーラさんの武具店へ向かう。
「うん、美味くはないな」
「そっすね。これでうちのカキ氷と同じ値段っていうのが腑に落ちないっす。野菜が気の毒なくらい萎びてるじゃないっすか」
「鮮度もそうだけど、いやにぬるいよね。僕は生地もあんまり好きじゃないな」
「まぁ、一番の問題はマヨネーズがないことだけどね」
それだ! と全員に指を差されて納得されてしまった。
具材はツナっぽい食感のしょっぱい魚肉らしきものとレタスと胡瓜だけなのだから美味しい訳がないだろう。
「ツナマヨって偉大だよね」
「遠い目で言う台詞じゃないと思うんすけど」
「ユーゴの気持ちは分かる。俺も壁の補修してたとき、屋台で昼飯を済ませてたんだが、何を食っても微妙でコンビニのツナマヨおにぎりが恋しくなったからな」
「僕はホットドッグとハンバーガーが無性に食べたくなることがあるなー。ケチャップとマスタードをたっぷり掛けたやつ。ユーゴ作れない?」
「んー、ケチャップはどうにかなりそうだけどマスタードはなぁ。パンも硬めだし。皆の食事に関しての要望はなるだけ叶えてあげたいとは思ってるけど」
話をしている間にエノーラさんの武具店に到着した。扉を開けて中に入ると、響きの良い呼び鈴の音と「いらっしゃい!」という豪快な声に出迎えられた。
「あら、なんだいあんたたち、パーティー組んだのかい?」
開口一番、エノーラさんが驚いた様子でそんなことを言った。
そういえば四人で来るのは初めてだったと気づく。ざっと店内を見たが、他にお客さんはいないようだったので、遠慮なく会話させてもらうことにした。
「いえ、そうじゃないんですよ。俺がフィルに連れられてここに来たときには、もうパーティーを組んでたんです。フィル以外は」
「確かにそうだったけど、最後に『フィル以外は』って言う必要ある?」
「今はこの四人でパーティー組んでるんだっていうのを強調したかったんじゃないっすか? あ、どうも、ヤスヒトって言います」
「エノーラさんお久しぶりです。仕事をくださってありがとうございました」
ヤス君とサクちゃんが軽く頭を下げて挨拶すると、エノーラさんは笑った。
「ヤダねぇ、そんなに畏まらなくったっていいよ。だけどいやー、そうかいそうかい。アタシが橋渡ししてやろうかって考えてたんだけどね、最初から組んでたってんだからね。驚くより、なんだか嬉しくなっちまったよ」
橋渡し? とフィルが訊き返す。
「なぁに、サクヤがうちに手伝いに来てたからね。真面目だし、歳も近そうだったからフィルとユーゴを紹介してやろうと思って声を掛けたんだよ。パーティーメンバーに良さそうなのがいるけど逢ってみるかいってね。そしたら『間に合ってます』って言うもんだからさ、勿体ないと思ってたんだよ」
「すいません。ユーゴとフィルが知り合いだって言いそびれてました」
「構やしないよ。こっちも訊かなかったんだから。それにあんたぐらい寡黙に仕事してる奴には、放っておいてもいい仲間ができるって思ってたからね。そんなことより今日は何の用だい?」
取り敢えず、ダンジョンに挑むことと、それぞれの要望を簡単に伝える。
置いてある武具を素人目で適当に選ぶよりは、エノーラさんに頼った方が間違いがないからだ。
エノーラさんは、顎に手を遣って頷きながら、黙って俺たちの話を聞いていたが、途中で苦笑した。
「長く使えて安くて良い物ってのは結構な難題だね。そんなもんはうちにはないよ。値段に見合った性能の物しか置かないからね」
「ああ、すいませんそれは飽くまで理想の話です。決して職人さんの仕事を馬鹿にしている訳ではないですよ」
「言い換えると、上層どころか中層越えるまで買い替える必要がないくらい安心して命を任せられる防具が欲しいって感じっすね」
「買うならこの店と契約してる工房の職人さんたちに丹精込めて作ってもらった物がいいですし、使えば愛着も湧きますから手放すのが惜しいというか」
「安くっていうのは、値切りはしないしいっぱい買うからおまけしてくださいねってお願いみたいなものですよ」
お引き取り願おうかの流れになりそうだったのを全員で必死にフォローして回避を願う。言いたいことを言い過ぎた結果、冷や汗を掻く羽目になった。
「なんだい、そういうことかい。あんたたちも物の価値を知らない馬鹿なのかって寂しくなるとこだったよ」
「いやいや、そんな訳ないじゃないですかー。ねぇ?」
全員で笑って誤魔化す。危うくその馬鹿の仲間入りをするところだった。




