33.神樹も花咲く絶世の笑顔(3)
「魔素溜まりの対処が済んだから、困ってることでもないか思うて久々に様子を見にきたら、なんや、カキ氷屋て。しかも大繁盛しとるし。おもろ過ぎるやろ」
扇子で顔を扇ぎながら愉快そうに大笑いしだすリンドウさんの背後から、シラセの二人がひょっこり顔を出す。
「ユーゴ!」
俺と目が合うなり、サイネちゃんが満面の笑みを浮かべて飛びついてくる。
「おー、サイネちゃん、よく来てくれましたね。外は暑かったでしょ」
「そうなのです。腹立たしいほどの快晴なのです」
若干プンスコするサイネちゃんの頭を撫でてから片腕に載せるように抱っこして、迷惑にならないようにお客さんの列から離れる。
「ユーゴさんすいません、ちょっと離れます」
「うん、了解。お願いね」
阿吽の呼吸というのは、こういうこと。一から十まで言わなくとも、俺にはヤス君のしようとしていることがしっかりと伝わった。
ウイナちゃん、寂しそうだったもんな。
ヤス君は、ウイナちゃんと一緒にサクちゃんの所に向かったのだ。リンドウさんに転移をお願いして。
そして多分、連れて帰ってくる。ヤス君ならそうする。そんな気がする。
「フィル、ごめん。一旦お客さん止めるよ」
「うん、分かった。多分、サクヤも来るんでしょ?」
よく分かったね、と驚きをもって返すとフィルは「まぁね」と苦笑した。
「そのくらいは分かるよ。なるだけ急ぐね。あ、その子にこれあげて」
「おー、流石フィル、助かるよ」
フィルがカキ氷を手渡してくれた。俺はそれを手に列の最後尾に立つ。
初日の経験を生かし、予期せぬ事態への対処用に完売立て札を作ってある。
俺はそれをカキ氷と入れ替えるようにして《異空収納》から取り出し最後尾に置き、再び取り出したカキ氷を、抱っこしたままのサイネちゃんに渡す。
サイネちゃんはカキ氷を見て目をパチクリさせた。
「ユーゴ、これは何なのです?」
「カキ氷って言うんだよ。食べてみて」
サイネちゃんが耳をピコピコ動かしながら、恐る恐るといった具合に匙でカキ氷を一掬いする。その後、ちらりと不安そうに俺を見る。
「大丈夫。美味しいよ。ウイナちゃんの分もあるから心配しなくていいからね」
俺がそう言い終えると、サイネちゃんは嬉しそうに笑い、すぐにカキ氷を一口ぱくりと食べた。
それと同時に、ピーンと耳と尻尾が逆立った。毛が細かくざわついている。
目を丸くした状態で固まり、匙は口に入れたままで身じろぎ一つしない。
予想だにしなかった反応に、俺は困惑する。
もしかして、食べさせちゃいけない物だったか?
「サ、サイネちゃん?」
呼び掛けると、表情がうっとりとしたものに変わった。
「お、美味しいのですぅ」
二口、三口と食べ進める。
「ああ、サイネちゃん、あんまり急ぐと危ないよ」
ピタリと食べるのをやめて、サイネちゃんが顔をしかめる。
あちゃあ、遅かった。
「くぅ、冷たくて甘くて良い匂いがしてすっと消えて美味しいのですぅ」
「うんうん、そうだね。でも急ぐと頭とお腹が痛くなっちゃうからね。落ち着いてゆっくり食べようね」
「はいなのです」
俺は立て札を移動しながら、フィルに向かっていく。一人で何もかもやらせて申し訳ないと目で言うと、苦笑して返された。多分、伝わった。
「ユーゴ、あの子、変な感じがするのです」
「え、フィルのこと?」
「フィルというのです?」
首を傾げられる。俺は、そうだよ、と答えて続きを促す。サイネちゃんは腑に落ちないという顔をして、ゆっくりと言葉を探すように言う。
「フィルは、凄く変なのです。もやもやして、あったかくて、神様みたいな、不思議な感じがするのです」
なるほど。言い得て妙。
フィルは元女だが心は男だった。現在は男だけどバイセクシャル。人間でもエルフでもなく、この世界の住人でもなければ元の世界の住人でもない。サイネちゃんの感じている不可解な印象は、それが理由だと察する。
「フィルはとっても曖昧模糊な良い友達だよ」
「あいまいもこ?」
「そのカキ氷みたいに、ふわふわぼんやりしてるんだ」
サイネちゃんがカキ氷を見つめたところで、お客さんの列がなくなった。俺はサイネちゃんを下ろし、手を繋ぐ。
「フィル、お疲れ様。早かったねー」
「大して疲れてないよ。大分慣れたし。サイネちゃん、でいいんだよね? こんにちは、僕はフィルっていうんだよ。よろしくね」
「よろしくなのです。フィル、カキ氷くれてありがとうなのです。とっても美味しいのです。こんなの作れるなんて、フィルもユーゴも凄いのですよ」
サイネちゃんが人見知りを発揮して、俺の陰に隠れてもじもじ言う。それを見たフィルが恍惚とした表情を浮かべ目を輝かせる。
「ユ、ユーゴ、凄く可愛いんだけど」
「そうだろう、そうだろう。分かるぞ。よーく分かるぞ」
「撫でていい?」
「やめんかおっさん!」
フィルが手を伸ばしてきたので即座にペシリと叩いて止める。サイネちゃんは完全に俺の背後に隠れてしまった。
フィルはしゅんとしたが、もう少し時間を掛けて距離を詰めるようにと説教すると「そ、そうだね。そうだよね」と鼻息荒く何度も頷いた。
「ただいまっす」
「おー、おかえり。サクちゃんは?」
「おう、いるぞ。今日はもう上がってもいいってさ」
ウイナちゃんを片腕に載せるように抱いたサクちゃんが出入口から歩いて現れる。その後にリンドウさんが続く。
「なんや、人使い荒いなぁ」
「いやー、すいません」
「助かりました」
ヤス君とサクちゃんが頭を掻きつつ苦笑する。転移のことだと思ったがその後の説明で違うと判明。ヤス君とリンドウさんの水風合わせ術で、汗と汚れにまみれていたサクちゃんをその場で全身洗浄及び洗濯乾燥。ウイナちゃんを抱っこできるように身綺麗にしていたらしい。
ウイナちゃんはサクちゃんの顔に抱きついて上機嫌。
それを見ていたフィルがまたヤバい顔をしていたのでこっそり注意し、人数分のカキ氷をお願いした。俺はそれが出来上がり次第空いたテーブルに運んでいく。
「む! ほぉ、こら凄いな」
「美味しいのじゃあ!」
「ウイナ、ゆっくり食べないとお腹壊すぞ。ほら、ほっぺたにシロップ」
全員が席に着き、カキ氷を食べつつ楽しんでいるのだが、フィルは端っこでしょんぼり気味。一人だけ除け者のような状態になっているのは一目瞭然。
気の毒になったのでサイネちゃんを隣に座らせる。
向かいの席で、サクちゃんに優しく口を拭われて、にへらっと幸せそうにするウイナちゃん。幸せな光景なのだが、遠い目のフィルには届かない。
「フィルが元気ないのです」
「そうだね。よしよししてあげてくれる?」
サイネちゃんが、頷き、よしよしと言いながらフィルの頭を撫で始める。するとフィルは見たこともないほど美しく輝く笑顔を見せた。
俺だけでなく、頭を撫でていたサイネちゃんも、向かいの席にいる皆も息を飲んだのが分かる。そのぐらいに心を惹きつける笑顔だった。
「えへへ、ありがとうね、サイネちゃん」
「は、はいなのです」
照れ笑いするフィル。そこに先ほどのような輝きはなく、礼を言われたサイネちゃんからも戸惑いが感じられた。
「なんや、嬢ちゃ、いや坊ちゃんか? エルフ、ちゃうんか?」
俺はリンドウさんに「フィルはハーフエルフです」と耳打ちする。
「な⁉ そら存在自体が伝説やぞ⁉」
リンドウさんが驚愕した様子で言った。俺が慌てて「声が大きいです」と注意すると、リンドウさんはハッとしたように辺りを見回した。
シラセの二人を除いた皆で、周囲を確認。
特に注目されている様子もないのでホッと安堵の息を吐く。
「肝が冷えましたよ」
リンドウさんは「悪い」と苦笑しつつ頭を掻く。
「じゃあ今のが、彼の有名な、神樹も花咲く絶世の笑顔なんやな」
眉を下げていたリンドウさんだったが、不意にまた驚いたような顔をした。それが感動に打ち震えているような表情に変わり、喜色満面になる。
「わしの阿呆の所為で、一瞬、事の大きさを忘れとったわ。ユーゴ、ヤスヒト、サクヤ。お前ら、とんでもないもん見たんやぞ。ステボ開いてみぃ」
言われて、ステボを確認する。能力値に変化はなかったが、フリックしてスキル欄を見ると【魅惑無効】という常時発動型のスキルが増えていた。
効果説明に目を通して絶句。『打算悪心を内包する偽りの好意に一切の魅力を感じなくなる』という凄まじい効果があった。
「これやばくないっすか?」
「ハニートラップ避け、というだけじゃなさそうだな」
「これな、この世で最も尊いとされる三十歳以下のハーフエルフの特別な笑顔を、波動を受けつつ目の当たりにせんと手に入らんスキルや」
「うわ、条件複雑」
「しかもや、特別な笑顔っちゅうのも、心の底から喜んどらんとアカンからな。その笑顔は至上とされとって、一度でも見たら魂に刻まれて、偽りの好意に魅力を感じることはなくなるっちゅう話や」
「それは凄い。いうなれば伝説の笑顔ですね! サイネちゃん、フィルをよしよししてあげて!」
「いや、もういいよぉ」
フィルが耳まで真っ赤にして顔を両手で覆っている。それはそうだろう。初対面の人に自分の笑顔についての賞賛と説明をされるなど、どれだけ長く生きていようがありえることではない。
羞恥の極み。生き地獄だ。
俺がふざけて、リンドウさんが満足気に笑い、ヤスくんは苦笑して、サクちゃんはウイナちゃんを可愛がりながら世話をする。
俺の横では、フィルがサイネちゃんによしよしされて、恥ずかしがりながらも満更でもない様子。
「カキ氷、溶ける前に食べちゃいましょうか」
とても幸せな時間だと思った。
カキ氷を食べ終えた後で、来ていなかったスズランさんとマモリ見習い二人の分を手土産に渡した。
「ほんなら、またな」
リンドウさんたちが帰るのを、皆で手を振って見送る。
「次に逢えるのはいつっすかねぇ。サツキくん元気にしてるかなぁ?」
「あ、しまった。借金返済しとけば良かったね」
「それはこちらから会いに行って渡すべきだと思うぞ」
「はぁ、ウイナちゃんとサイネちゃん、可愛かったなぁ」
少しばかりしんみりしたが、営業再開してそんな気分を払拭。サクちゃんも手伝ってくれたので、小一時間で完売。
営業終了となり、その後はサクちゃんが久々に早い時間からいるので、ステボの確認やら今後についての話などして過ごした。
翌日、リンドウ一家全員がカキ氷を買いに来た。子どもたちよりも、スズランさんとスミレさんの圧がすごくて断れなかったとのことだった。
彼女たちがリピーター化したのは言うまでもない。




