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31.神樹も花咲く絶世の笑顔(1)




 翌日――。


「夏といえばこれですよ!」


 ヤス君の提案で、俺たちは大衆食堂の一角でカキ氷屋を始めることになった。


 用意したのは立て看板だけ。廃材置き場から拾ってきた木の板に、こちらの字で『カキ氷』と書いただけのもの。書いたのはフィル。俺たちも何故か読めるし書けるが、書き慣れていないからか字がまずいのでフィルにお願いした次第。


 店主とは交渉済で、儲けの二割を渡すことになっている。場所だけでなく、厨房の一部と食器まで借りられたのはフィルが交渉上手だからだろう。


 新人と思しき若い女性店員から凄い目で見られたが、そんなことは気にしない。何故なら中身が大人だから。きっと店主が誤解を解いてくれると信じている。


「なんか駄目な大人になった気分なんすけど」


 何だって⁉


 失敗した。誤解を解く解かないに拘らず、フィルが一人で交渉する光景はそれだけで精神にダメージを受けることが身内の発言により判明。やはり俺が交渉するべきだった。気にしないように言って作業を始める。


 ヤス君と俺が協力して氷を作り、フィルが風の術で氷を極薄に削る。《風刃》という術を、氷が薄く剥がれる程度の威力に落として連発するらしい。


 そこに商店で購入したレモン風味の果実水と砂糖を煮詰めたシロップと、ミルクと砂糖を煮詰めて作ったシロップを半々にして掛ける。


 調理担当は俺で、ヤス君のみならず、転生者のフィルも目を丸くする美味しさに仕上がった。味覚に大差はないと思うが、少なからず不安もあったので、こちらの肉体を持つフィルが味を保証してくれたのは大きな自信になった。重畳、重畳。


 サクちゃんも誘ったのだが、自分では力になれないからと断られた。


「冒険者ギルドで壁の補修の仕事を受けるつもりでいるから、俺のことは気にしなくていいぞ」


 土術と肉体の鍛錬、ギルドのランクアップも兼ねているからと、終始俺たちが気を遣わないように努めていた。打算のない気遣いが見える不器用さが凄くサクちゃんらしい。ヤス君にしろフィルにしろ、俺はいい仲間たちに恵まれた。


 あれ? 一番役に立ってないの俺じゃない?


「よ、よし、サクちゃんの分まで頑張るか」


 おーっ! と、意気込む必要もないくらいに物凄く簡単に大盛況となった。


 開店して間もなく、冒険者らしき兎人の女性が「なにこれ美味しい」と控え目に叫んだことが切っ掛けだった。


 その女性が幸せそうにカキ氷を食べる姿を見た食堂のお客さんたちが、涎を垂らして生唾を飲み込み次々に買いに訪れ列を成したのだ。


「う、美味え! 何だこれ! 雲食ってるみてぇ!」


「口溶けヤバっ! それに甘いけどスッキリしてる!」


「こんな美味いカキ氷食ったの初めてだ……。味と食感の革命だ……」


「いやこりゃたまげたねぇ。このミルクと柑橘の香りがまた」


 飛ぶように売れた。長蛇の列とまではいかないが、捌いても捌いてもお客さんが途切れることはなかった。そして俺たちの魔力は凄まじい勢いで減っていった。


「す、すいません。俺、もう無理っす。何も出ねぇ」


「ヤス君⁉」


 百食作った辺りでヤス君が魔力切れを起こし、某水泳選手の名言のような言葉を吐きつつダウンした。それから三十食作って俺が静かに真っ白になる。


 フィルが店主から品切れ札を借りて持ち出したが、並んでいるお客さんの分くらいは作らないと揉めごとが起きると思い、俺はヤス君に現在の最後尾で列を切ってもらうようにお願いした。


 大袈裟な考えかもしれないが、荒事になると大勢に迷惑が掛かるし、何より計画が破綻ーーとまではいかなくとも大幅に遅れる可能性が出てくる。


 それは避けねばならない。


 何としても。


「でもユーゴさんも燃え尽きたって感じじゃないっすか。もう魔力枯渇してるんすよね? 俺なんてもうイタチの最後っ屁どころか血も出ねぇよって感じっすよ」


「大丈夫。俺にはこれがあるからね。映画のキャッチコピーじゃないけど、灰になってもまだ燃えてみせるよ」


 俺は異空収納からヨナ婆さんの薬屋で購入した魔力回復薬を取り出す。


「なんすかそれ? 飴玉?」


「魔力回復薬。価格は銀貨一枚になります」


「うわ高いな! ここで使うのは勿体ないっすよ!」


「いや、どのくらい効果があるのか気になってたから、実験がてら今回だけ使ってみるつもり」


 魔力回復薬を口に放り込む。無味に近い仄かな苦みと、土と草の匂い。別段、気になるほどではないし不快感もない。


 つい舐めてしまったが、噛み砕いて飲み込むのが正しい使用法。軽く噛むだけで砕ける飴玉という食感。口溶けも良く飲み込みやすかった。


 ステボを確認したが、思ったよりも遥かに魔力回復量が少なかった。二百。俺の最大魔力量は八百ほどなので、およそ四分の一。


 カキ氷一食分の氷一個で十前後の魔力消費ってところか。とすると、ヤス君五百くらいしか魔力ないのか。


「ユーゴ、氷切れちゃった。追加お願い」


「あいよー。すぐ作るねー」


「それとヤスヒトがあと十人で終わりだってー」


 了解。と答えてからの十食販売後、予想通り百程度の魔力が残ったので、作れるだけ氷を作った。トータル二十食ほどで魔力枯渇。十食の追加分は即完売。フィルも魔力が枯渇寸前になったのでそこで閉店とした。


 元手に使ったのはシロップ代金の金貨一枚。二百食余り作れる量を用意できたが、たっぷり残して終了。


 一つ銅貨五枚での販売で百五十食売れた。翌日以降の釣り銭確保の為、銅貨での支払いをお客さんにお願いしたので売上は銅貨七百五十枚。


 うち二割を店主に渡し、シロップ代金を差し引いて儲けは金貨五枚分。


 ヤス君は金貨一枚分で十分だと言い、俺とフィルに銅貨を二百枚ずつくれた。数えるのが大変だった。


 そこから翌日のシロップ分の代金をそれぞれから徴収。五十食分は浮いているので、合わせて二百食に届く程度の原料を購入しに行く。


 シロップは古い方から使い早めに消費。いくら砂糖を使い加熱もしているとはいえ、季節は夏。お客さんが食中毒にでもなったら作った俺の寝覚めが悪くなる。


 食べ物は危険だ。細心の注意を払って管理して当然。それを怠る奴は料理なんてしてはいけないと俺は思っている。


 安全第一、品質第二、生産第三。何かを生産する者は、これが鉄則。工場勤めの際に安全会議で口酸っぱく言わされ続けてきた言葉を思い出す。


 うちのカキ氷生産者は衛生面でも精神面でも全員健全だった。俺は今日一日の皆の働きを思い返しながら、一人でうんうん頷いていた。


 さて、その生産者の一人であり唯一の削り担当であるフィルいわく極薄削りは風の操作が難しく、かなり魔力燃費が悪いらしい。


 一食で三十程度の消費。つまりフィルは五千近い魔力を保有しているということになる。


 それを枯渇間際まで使わせるって……。


 お給金、全員が同じでいいのだろうか?


 見た目子供なハーフエルフのみブラックな環境。


 駄目な大人になった気分に襲われ、人知れず精神にダメージが入ったが、アイデアと調理と雑用と接客は俺たちがやっているからと立ち直る。持ちつ持たれつだから問題はない。ないはずだ。


「ふぅ、久し振りにギリギリまで魔力使ったよ。これはいい修行になるね」


「間違いないっす。それに儲けもでかいですよ。ちょっと怖くなっちゃったくらい。二百食完売だと一人金貨三枚っすよ」


「でかいよねー。お客さんの反応を見た限り、リピーターは確実に出るよね。口コミで宣伝もされるだろうから、二百食売り切れる日は近いかもね」


「いや、あのさ、僕たちの魔力が保てば今日で完売達成してたと思うよ」


 フィル、それを言うなよ。


 深い深い溜め息。初日は全員が肩を落とす結末となった。




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