28.武具店の事情と自由な信仰を話し光の祠で終える(3)
フィルによれば、盗難防止用の呪符はエノーラさんの伴侶である人族のレイさんが開発したのだとか。相当な学者肌で、店の奥に引きこもっているとのこと。
元は王国術師だったらしいが、リンドウさん同様、新王即位後にアルネスの街に移住し、ひょんなことから出会ったエノーラさんから猛アタックされて結婚。二人でレイ・エノーラ武具店を始めたとか。
「それって、なんだかエノーラさんがレイさんの呪符目的だったって風に聞こえるんだけど邪推かね?」
「実際、最初はそうだったらしいよ」
レイさんはアルネスの街に移住後、生活費や研究資金の為に工房に呪符を売り込みに言っていたらしい。だがそれまでは職人街での工房店頭販売が主流であった為、誰にも相手にされず、途方に暮れていたという。そんな折、当時見習いとして職人街の工房にいたエノーラさんと出会った。
エノーラさんは現在の武具店のような大型店を構想していた為、レイさんの呪符に強く惹かれた。親方に追い返されるレイさんを見て、その場で見習いを辞めることを告げ、レイさんを捕まえ求婚。当然、レイさんは困惑したが、エノーラさんが熱意と勢いで説き伏せたという。
「ふーん。で、なんとなく察しはつくけど何で結婚?」
「店を構える為の、借金の連帯保証人」
「ありがとうございました」
「いやちょっと待って、まだ終わってないから。恋愛感情のない仕事上のパートナーでいいって話だったのが、二人で一生懸命になってるうちに相思相愛の仲になっちゃったって、いい話なの、これは」
「いや、そうじゃなかったら事件だから。怖いから」
互いのメリットを目的に実態のない結婚をするというのはメロドラマの題材にされたりするが、日本では偽装結婚という立派な犯罪だ。定義が曖昧な部分もあるが、借金の連帯保証人になってもらう為に結婚というのは完全にアウトだろう。
まぁ、ここは日本じゃないから大丈夫か。あー、でも予想外だったな。渡り人が変革者だと思ってたんだけど……。
新たな渡り人との出会いがあるかと思ったが、ただこの世界出身の単なる街の変革者と会っただけだった。と、そこで思い直す。
いや、むしろ凄くないか?
何も成していない転移者と、この世界の在り方を変えたかもしれないエノーラさんとでは比較にもならない。単なる、という言葉が付くのは俺のような前者の方だ。やはり俺は、この世界を舐めていると覚る。
猛省します!
「ちょっとユーゴ、何してんの⁉」
「ハハハ、自分の頬を殴ることによって反省していたのだよ」
「大丈夫なのそれ? 凄い音したよ?」
「まぁ、腫れたら腫れたで回復術の練習にでも使えばいいんじゃない? ところで何でレイ・エノーラって店名なんだろうね。レイ&エノーラの方がおしどり夫婦感が出る気がするけど」
「さぁ? 繋げて読ませたいんじゃない? 訊いてみたら?」
「そうだね。話題が尽きたときとかに使うことにするよ。それで、そろそろ十一時だけど?」
「もう着くよ。教会はその角を曲がったところ」
言われたとおりに角を曲がって唖然とした。朱鳥居がある。
「フィルよ、あれは神社というのでは?」
「ああそうそれだ! 言い間違えた!」
元アメリカ人な為、神社という言葉が出てこず教会と言ったのだという。
俺は信仰心の薄い日本人代表なので特に興味もなかったが一応訊いてみたところ、カトリックではなくプロテスタントの家庭で育ったとのこと。
「僕は無神論者だったけど、こうなっちゃったから思いっきり考えを改めたよね。神を敬う気持ちっていうのはまだ全然分かってないけどさ、それは僕の所為じゃなくてエルフの里で育ったからかもしれないなって」
「んー、プロテスタントの家庭で育った無神論者が、ハーフエルフに転生して神の存在を認めはしたけど、自然に感謝する種族の中で育ったから、アニミズムが浸透しちゃったって感じ?」
「言葉にされると、僕って本当に複雑な生き物なんだって思わされるね。でもそうなっちゃったものはしょうがないよね」
朱鳥居の前で一礼してからくぐる。フィルに「何してんの?」と言われたので説明すると渋い顔をされた。
「そういうのよくないと思うよ」
「え、何で?」
「まだ分かってないの? こっちでそんな儀式めいた作法をとる人なんていないんだよ。渡り人だって言い触らしてるようなもんじゃないか」
小声で指摘され、俺はサッと血の気が引く音を聞いた気がした。正面には境内を竹箒で掃除中の和装の若い男性がいた。白衣と紫色の袴。日本の神社で見る神主に酷似している。その男性が、掃除の手を止めこちらを見ていたのだ。
俺の行為を不審に感じたのかもしれないと思い鼓動が速まる。だが、フィルから指摘を受けて神主らしき男性と見つめ合った数秒後、あちらの方から頭を下げて一礼してくれた。俺が遠くから礼をしたのだと勘違いしてくれたようだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、境内を歩く。近づくと神主の頭には兎のような耳。袴には白紋が入っていることに気づく。会話できるほどの距離になったところで会釈を交わし挨拶する。
「こんにちは。神職の方ですか?」
「いえいえ、神職だなんてとんでもない。私はただの信徒ですよ。今日が当番というだけです。イノリノミヤ神社にようこそいらっしゃいました。歓迎します」
再度会釈を交わす。俺はまたホッとしていた。危なかった。神主という言葉を迂闊に出さなくてよかったと思う。
軽く話したが、この若い兎人の男性はイノリノミヤ神教の信徒で結成された信徒会の一員らしく、交代でこの神社の清掃、修繕などを行っているらしい。
「へー、そうなんだ。費用とかどうしてるんですか?」
「こらこらフィル、失礼だから下世話な話はやめなさい。そこは神職の方から出てると考えるのが妥当でしょうが」
俺たちの遣り取りが可笑しかったのか、男性が眉を下げてクスクス笑う。
「はい、ええ、おっしゃるとおりです。アルネスの街はリンドウ様が様子を見に来てくださいます。私が今使っているこの竹箒も、リンドウ様に買っていただいたものです。大変助かっているんですよ」
「素晴らしい方ですね」
ところで、と俺は話を変えた。
リンドウさん絡みになるとすぐにボロが出る気がしたからだ。今着ている着物にしてもリンドウさんのお古だし、着流し姿というのも同じ。何をどうツッコんでこられるか分からない。早々に目的を遂げて退散したかった。
「ああ、はいはい、光属性を取得しに来られたんですね。それなら境内の端にあるあちらの祠に魔力を放出すればよいですよ」
神社関係ないんかい!
腑に落ちない心を抱えたまま、男性に感謝の挨拶をして頭を下げ神社の脇にある祠に向かう。ただ、なんとなくではあるが神社を素通りするのは気が引けた。それで一応拝んでおこうかと足を止めたが、隣を歩くフィルに軽く小突かれた。
「ちょっと、まさか何かしようとしてないよね?」
「いや拝んでおこうかと」
「はぁ、もう。僕はよく知らないから強くは言えないけどさ、多分、形式はまったく違うと思うよ。下手なことして怪しまれるのだけは避けなきゃいけないんだからね。そういうことがしたいなら、ちゃんとやり方を聞いてからの方がいいよ」
なるほど確かにと思った。考えてみれば、この世界に来て初めて見た神社は神を祀る社ではなく人家だったのだ。神職のリンドウさんもスズランさんも家という認識でいた。誰一人として拝んでなどいない。
本坪鈴が呼び鈴、賽銭箱は不用品回収箱だったしな。
この神社には本坪鈴も賽銭箱もない。形は神社寄りではあるが、小さな寺と言われても納得できそうだ。そう考えたとき、墓はどこにあるのかとふと思った。
「フィル、そういえば墓ってどこにあるの?」
「アルネスの街にはないよ」
「遺骨とかどうしてんの?」
「基本、散骨だね。土葬は魔物化するし、この世界は生きている者の為にあるって認識だから、死者で場所をとるのは無駄だって考えが一般的。遺体は空の器に過ぎないから、焼いて風に任せてる。だからお墓はないんだ。形見を持ったり、家の中に死者を悼む為の場所を作る人はいるけどね」
なんとも合理的だと思いながら、祠の前で片膝を着く。見た目は黒い石の箱。表面が滑らかで、光沢がある。表には装飾の施された扉がついているが、閉じられたままで、開いていいのかも分からない。
取り敢えず、余計なことは考えず言われたとおりに魔力を放出してみる。すると扉がゆっくりと開き、穏やかな黄色い光の球が姿を現した。それを目にした直後、耳の奥に威厳を感じさせる女性の声が響いた。
「汝その身の闇を消し、光と共に歩むか?」
はい、と心で答えると、祠の扉がすっと閉じた。
「え、終わり⁉」
「それ僕も思った。呆気ないよね。でも使えるようにはなってるはずだから、ステボで属性の確認してみたら?」
言われたとおりステボで確認すると、水の隣に光の表示が出ていた。
おおー、ちゃんと二属性持ちになってる。
試しに僅かな魔力を消費し光術を使うように念じてみる。と、手のひらから頼りなくふらふらとしたホタルのような極小の光球が出た。
「よし、ちゃんと使えるね。あとはフィルに教えてもらいながらって感じだね」
「あんまり期待しないでね。光術に関しては僕も取ったばかりでエキスパートって訳じゃないからね。ああーそれより急ごう。食堂の席がなくなっちゃう」
フィルが焦りを感じさせるような早口で言って駆け出す。
何故フィルはそんなに昼食を食堂でとりたいのだろうか?
多分食堂でしか食べれないものがあるのだろうな。
俺は五秒で自問自答を終え、腕組みしてうんうん頷きながら、駆けるフィルの背をやんわりと追い掛けた。




