26.武具店の事情と自由な信仰を話し光の祠で終える(1)
しばらく歩くと、遠くで金属を打つような音が響いてきた。その音に近づくごとに、商店街という雰囲気から、職人街といった様相を呈してくる。
「うわー、もう十時になっちゃった。食堂の席とれるかなぁ」
「イノリノミヤ教会って遠いの?」
「んー、そうでもないよ。次に行く武具店からだと十分くらい」
「じゃあ、そんなに長居しなきゃ大丈夫じゃない?」
それはユーゴ次第かなぁ、とフィルに言われ、俺は小首を撚る。一体何が言いたいのかが分からない。問い詰めようと思ったが「こっちだよ」と指を差されて方向転換。話が流れたように感じ、俺は開きかけた口を閉じた。
道幅が更に狭くなり、通行人の往来が減る。道を歩くのは俺たちのような冒険者風の出で立ちをした者や、職人らしき装いの者ばかり。路端に剣や槍などの武器が入った樽や、鍛冶道具が置かれているのが散見されるようになる。
金属を打つ音や怒鳴るような声がそこら中から聞こえてきて、作務衣のようなものを着た、見習いと思しき若者たちが工房に向かって大声を出している。返ってくるのも大声で、若者たちは指示を受けたり仰いだりと忙しなく駆け回っている。
不意に、水桶を持った青年がひっくり返って頭から水を被った。一瞬の静寂の後で爆笑が起こる。だがそれも一時のことで「何してやがる、油売ってんじゃねぇ!」と辺りにしわがれたおっかない怒鳴り声が響くと、若者たちは慌てて動き出す。
環境は決して良くは見えないが、若者たちの目は輝いていた。ここに工房を持つような立派な職人になってやる。そんな気持ちが顔にも表れているように見え、俺は気づけば胸を熱くして、頑張れ、負けるなよ、と心のうちで応援していた。
「いやー、はぁ、こういうとこ初めて来たけど、すごいねぇ」
「ここは鍛冶工房だから特に活気があるよ」
「ん? 工房ってここだけじゃないの?」
「装飾品とか、洋裁和裁とかの縫製業の工房はこことは別の場所にあるよ。今から行く武具店の店主から聞いたけど、気が散って仕事にならないんだって」
俺は根拠もなくこの場所を職人街だと決めつけていた。通りにありとあらゆる工房が揃っているのだと思い込んでいたが、どうもそうではないらしい。
鍛冶工房で直接販売もしているものだと思っていたが、色々と問題があり、今ではそういったところは少ないのだとか。
「昔はそれが主流だったみたいだけどね、職人としての腕前と経営能力は別物だからさ、腕はいいけど落ちぶれちゃったっていうのが多かったんだって」
「あーそういうことね。鍛冶職人って気難しい頑固一徹ってイメージがあるから分かりやすくていいよ。『貴様には売らん』とか『ただでやる』とか客の人となりを見て商売やってそう」
「それ。頑固ってだけならそこまでにはならないんだろうけど、偏狭だったり偏屈だったりとにかく癖が強いのが多いんだって。それにほら、ここって落ち着けないでしょ? 慣れればそうでもないんだろうけどさ、活気があり過ぎるというか」
「まぁ、そうだね。この辺りに住宅街や宿泊施設があったら騒音トラブルに発展するくらいには騒々しいよね。あ、もう言いたいことは大体分かったから、詳しい説明はいいよ。俺がこの街を舐め過ぎてただけだった」
何のことはない。元の世界では当たり前だったことが行われているだけだ。販売経営と鍛冶生産を分担し、職人の技術と生活を守る構造が作られているということ。見習いの若者たちが活き活きとしていた理由は、鍛冶修行だけに徹することができるからだったという訳だ。
もっとも、親方が経営者として有能なら問題はないんだろうけども……。
そうでなければ鍛冶修行より販売経営の修行を行う羽目になってしまう。それも経験と割り切れればいいが、そういう者ばかりではないだろうし、それにどんな前向きな性格でも、親方が偏狭な経営者であれば少なからず鬱憤は溜まるはずだ。
良い方向に転んだ事例もあるだろうが、それはほんの一握りだろう。親方にとっても、弟子や見習いにとっても、余計な手間が増える工房一体型店舗というのはあまり良くない環境のように思える。
俺はこの世界がそういったことを当たり前のように続けているものだと思っていた。だが違った。舐めていた。世界規模ではどうか知らないが、少なくともこの街には、工房の在り方を変革した者がいる。
そしてそれはおそらく……。
「これから行く店の店主はエノーラさんって言うんだけど、色んなことを教えてくれるんだよ。本来、エルフとは相容れないはずのドワーフの若い女性なんだけど、そういった差別的なことを嫌う人でね、僕にも優しいんだ」
「それはフィルが子供だからじゃない?」
「うぐっ、そうなのかな」
フィルが狼狽えたのが可笑しくて俺は軽く笑う。初めて気づいたような顔をしたが、フィルは外見が子供だという自覚がなさすぎると思う。
だが、考えてみれば俺もそうだと気づく。発言の内容にしてもそうだが、肉体が若返ると精神もそちらに寄っていくのかもしれない。
「どうしたのユーゴ、難しい顔して?」
「難しいことを考えていたんだよ」
「それが何かを訊いたんだけども。あ、あそこだよ」
フィルが例の如く小走りになる。あ、おい、訊かなくていいのかよ。と思いつつ俺は言われる前から店の存在に気づいていたのでゆっくりと後を追った。
鍛冶工房の並ぶ道から外れてすぐの大通りにその店はあった。レイ・エノーラ武具店と書かれた看板がでかでかと店の壁に掲げられている。
ヨナさんの薬屋にあった控え目な袖看板とは違い、ここがそうだとがっつり主張されている。俺が言われる前に気づいたのはその為だ。
フィルが俺を手招きしながら扉を開けて中に入る。俺は閉じかけた扉を手で止め、軽く開いて中に入った。呼び鈴の音に反応して、カウンターにいる女性がこちらを見る。側には既にフィルがいたので、フィルから視線を移されたと分かる。
「いらっしゃい」
「エノーラさん、彼が今話した同居人のユーゴです」
「あら、そうなのかい! うんうん、なるほど、なるほどねぇ」
エノーラさんから品定めされているような視線を受けながら俺はカウンターに歩み寄る。負けずに品定めの視線をぶつけるのは止めておいた。
「こんにちは、フィルの同居人になったユーゴです」
「ああこりゃどうも、ご丁寧に。店主のエノーラだよ。もうフィルから聞いてるかもしれないけど、うちは見ての通りの武具取り扱い店だけど、繕い物や仕立て、研ぎや修理なんかも請け負ってるからね」
「え、そうなんですか?」
「何だいフィル、言ってなかったのかい?」
「見た方が早いかと思って。それに僕が言わなくても、今みたいにエノーラさんが言うだろうって思ってたから」
「ハハハハ、流石だね! よく分かってんじゃないか!」
エノーラさんが豪快に笑ってフィルの頭をわしわし撫でる。ドワーフと聞いていたので小柄で筋骨隆々とした体格の強面女性を想像していたのだが、そんな俺の浅慮極まる失礼な想像はものの見事に覆された。
人族の成人女性と何一つ変わらない。ドワーフらしさといえば、後ろで束ねられた赤い髪の毛量が多く、癖毛でごわついているくらい。エノーラさんは動きやすそうな洋服を着た、やや肩幅の広い朗らかそうな美女だった。




