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22.食事会の後は同居人との会話で明るい未来予想(1)




 アルネスの街は、クリス王国の西南端にある。メリセーナ大陸の西南端とも言える。海に面していて、港が有り、海産物が手に入る。ただ、それらは高価な為、平民が口にすることは少ない。


 理由は養殖産業がない為。海産物は漁で手に入れる他なく、また海には魔物も出現するので、漁師は俺たちの世界以上に命懸けでの作業をこなさねばならず、どうしても高値になってしまうのだとか。


 それ故に、ほとんどが特権階級の元へと渡るようになっているのとのこと。


「まぁ、この街はそれで潤っているところもあるんだがな。それで、この料理なんだが、渡り人の口に合うか?」


 俺たちはエドワードさんから説明を受けながら、お呼ばれした食事の席に着いている。流石領主の館というか、調度品の類は立派なものが揃っている。食事室の食卓も、どんだけ人が座れるんだと言いたくなるくらいに長いし席も多い。


 白いテーブルクロス、燭台、ナイフやフォークなどのカトラリー、部屋の装飾、執事やメイドたちの立ち居振る舞い含め諸々素晴らしくはあるのだが、料理は駄目だ。これは許してはいけない駄目さだ。


 皿には白身魚のムニエルらしきものが載っている。見た目はちょっとしたレストランで出されるようなお洒落なもので、添え野菜との彩りもよい。強いバターの芳香が食欲を誘うが、いざ口に入れると舌に塩辛さが走り、鼻孔に油臭さ、生臭さ、刺激臭の三位一体攻撃が放たれて突き抜けて留まって一息ついてしまう。正直まともに食えたものではない。思わず手が震えたほどだ。


 俺はヤス君とサクちゃんの方へと顔を向ける。エドワードさんの問い掛けに対する返答を誰も発していないからだ。俺はしたくない。相手は領主だ。迂闊なことを口にするとしたら三人の中では俺だ。俺が一番ヘマをする可能性が高い。


 だが二人は既に俺に顔を向けていた。見るからに微妙な笑みを浮かべて。若干、顔にテカりが見えるのは、薄っすらと脂汗が出ているからだろう。気の所為か、二人とも頬骨の方に肉が上がって、顎が伸びたように見える。いや、これは気の所為じゃないな。飲み込むのが辛いのだろう。人に見せていい顔じゃない。


 仕方ない。正直に言おう。


 俺は溜め息を吐いて、エドワードさんに向き直った。


「臭いです」


「やはりそうか……」


 エドワードさんがテーブルに肘をつき、組み合わせた両手の上に額を載せる。それに合わせたように、執事、メイドたちの全員が肩を落とした。


 その様子を見て俺はピンときた。


「これはリンドウさんの企てですね」


 エドワードさんが驚いた顔で俺を見る。


「どうして分かった?」


「ただの勘です。が、おそらく、大量にとれるけど、とても食べれたものではないものを料理して出されたんでしょう? 廃棄するしかないけど、悪臭が問題になるとか、食べることができれば食料の問題が解決するとか、そういうことをリンドウさんに話したんじゃありませんか?」


「うむ、そのとおりだ。すまなかった」


 エドワードさんが頭を下げ、俺に真面目な顔を向けてから口を開いた。


「リンドウ殿から、ユーゴが来てから肥えたと聞いてな。それで詳しく話を訊いたところ、毎日食事時が楽しみで仕方がない、味わった瞬間から、食べ終えて腹が満たされるときまで、天にも昇る心地だと、そう言われたんだ」


「確かに、ユーゴさんの料理は美味いっす」


「変に凝ってないんだよな。毎日食えるし食べたくなる美味さって凄いよな」


「やめて」


 俺はエドワードさんだけでなく、ヤス君とサクちゃんにまで褒め称えられて顔が熱くて両手で覆う。恥ずかしいにもほどがある。


「ほう、そこまでか。俺も一度食べてみたいが……」


「ユーゴさん、お願いします」


「俺からも頼む」


 俺は顔を覆ったまま立ち上がり「分かりました、厨房へ案内してください」とお願いし、執事に案内されて、全員で厨房に向かい移動した。


 ところで、何故、全員?


 廊下を歩きながら総回診のようになってしまったことを疑問に思った。


 厨房は日本のレストランなどで使われていても不思議じゃないくらいきちんとしたものだった。魔力で熱を出すコンロのような道具があり、オーブンに似た物もある。調理器具もかなり近代的な設備が揃っていたので、俺はかなり驚いた。


 料理人がいなかったのでエドワードさんに訊いたところ、それは雇っていないとのことだった。少しでも多く他に費用を回したいらしく、自分の生活に携わる部分の経費削減に努めているのだとか。俺は賛同したくない行為だ。


「じゃあ、料理は誰がしてるんですか?」


「メイドだ。料理を担当した者が給仕も行う」


 ということは、俺は料理を作った初対面の人たちの前で「臭いです」と言い切った訳か。どんな心無いクレーマーだよ。そういうことは最初に言っておいてくれたらもう少しオブラートに包んだ物言いもできるというのに。


 俺はエドワードさんから伝えられた事実に愕然としながらも、問題の食材を見せてもらうように頼んだ。


 執事が嫌そうな顔をしながら頷き《異空収納》に両手を入れる。そこから引っ張り出されるようにべチャリと調理台に置かれたのは、お世辞にも美しいとは言えないものだった。


 深海魚のような雰囲気がある、一メートルほどの、ブヨブヨとした鮫に似た魚。取り出された瞬間から臭った。厨房に入った全員が服の袖や腕で鼻を覆い、眉根を寄せている。


「ユーゴ、これなんだが、どうにかできそうか?」


「いや、まだ何とも。初めて見るものですし。ちなみにこれ、何て魚ですか? 特徴とかもあったら教えてください。ヒントになるかもしれないので」


 魚の名前はディーバラというらしい。聞いた瞬間、ディープバラクーダと頭に浮かんだ。顔つきは鮫なのだが、体つきは確かにカマス。粘膜状のヌメリや水ぶくれた感じは深海魚。どこかにシャークって言葉も入っていたのが、語呂が悪いから省いたのかもしれないと勝手に思う。これも渡り人が名づけたような気がした。


 俺は執事に湯を沸かすようお願いし、メイドたちには必要な調理道具を用意してもらうよう頼む。その間に、術で水を出しながらナイフでディーバラの表面を覆う粘膜をこそぎ落としてしまう。デロデロと細かい鱗混じりのラメ入りスライムのような塊が出来上がる。


 それをゴミ箱にドーン!


 頭を落とし、腹を割いて内蔵を取り出し、三枚におろす。手から出る水で表面に付着した血を洗い流し、手拭いでしっかりと水気を拭き取り、バットに置く。


「うーむ、見事なもんだな」


「初めて見たけど、早いっすねー」


「手際がいいよな」


 鼻隠して何言ってんの! こっちは臭い思いしてるんだよ!


 切り身を手に取り、顔を近づけて臭いを嗅ぐ、裏返して皮も。


 うわ皮臭っ!


 身も臭いが、皮は受け入れがたい臭さ。生臭さと油臭さは皮に近い部分にあると判断。皮は引かず、皮ごとごっそりと肉をトリミングする。過食部位が減るので少々もったいないが、これは他に使い道がないかをエドワードさんに考えてもらえばいい。俺の仕事じゃない。


 再度臭いの確認をしたが、大分減っていた。刺激臭はあるが、これはもう身に回ってしまっていると思うので……諦める。潔さは大事。


 身を三等分し、それぞれ串を何本か刺していき、砂糖、酒、醤油、すりおろしたニンニク、ショウガの合わせタレを塗りたくりながら火で炙り焼く。


 厨房に香味野菜と焦げた醤油のよい香りが漂う。身が柔らかいので崩れないように。寄生虫とかいたら怖いので、弱火でじっくり中まで火を通す。だが、生きたものは《異空収納》に入れることはできないという事実に後で気づき、俺ってやっぱり馬鹿なんだな、と少し気持ちが沈んだ。


 用意してもらった皿に載せ、串を抜く。添え物がないし、飾りになるような物も作っていないので不格好だが、今はそんなことはどうでもいい。重要なのは、食べれるか食べれないかだ。



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