21.ミチル烈伝と入寮前のアレ騒ぎに複雑な同居人(2)
「何だ何だ⁉ 何の騒ぎだ⁉」
ジオさんが血相を変えて冒険者ギルドから出てきた。そして周囲をざっと見てアレに目を留め、すぐに状況を察したようだった。だが思っていた反応と違った。深々と溜め息を吐き、忌々しそうに頭を掻きながら仏頂面になる。
「何だよ、また出やがったのか。やったのはミチルか?」
「はい。羽音が五月蝿いですし迷惑千万なので早々に処理しました。サクヤさんが投げやすそうな棒を持っててよかったです。ではマスター、私は皆さんの案内がありますんで、後片付けをお願いしますね」
「ああ、分かってる。よくやった」
「はい。では皆さん、こちらです。お部屋の方にも案内します」
「あ、は、はい」
ミチルさんの反応も思っていたものと違った。俺たち渡り人組は顔を見合わせ、ミチルさんに追従して寮に入った。
寮に入ってすぐにミチルさんに訊ねたところ「もう慣れました」との一言が返ってきた。今ではギルド内でのアレの処理係も担当しているという。
先ほどの巨大なアレは夏場になると出てくる魔物で、ジャイローチという名だとか。これはおそらく渡り人が名づけたのだと思う。何故、英語で名付けて省略するのかは定かではないが、おそらく長すぎて段々面倒臭くなったのだと思う。
俺たちはミチルさんに引き連れられて寮の二階に上がった。一階に入った時点から思っていたことだが、造りはホテルだ。真ん中に通路が走っていて両側の壁に扉。廊下は板張りで、二部屋間隔でランプが備え付けてある。訓練場とも隣接しているので、入居する部屋次第では窓から訓練の様子が見れるかもしれない。
「皆さんの部屋はこちらと、こちらです」
案内されたのは出入口から最も遠い突き当たりの部屋だった。
これは移動が大変だ……。
歩いているうちになんとなく気づいてはいたが、やはりといった感じ。押さえの指示で空室にしておかねばならないとしたら、利便性の低い場所が回されるのが当然。それも、いつ入居するか分からないという話ならまだしも、入居しない可能性もあるのだから尚の事そういった対処がなされるだろう。
俺たちが冒険者になる時期をリンドウさんに相談していたなら、こうはなっていなかったのかもしれないが、それはそうとして――。
「二部屋?」
「はい。一部屋につき二人に住んでもらっていますから、皆さんは三人なので二部屋です。うち、一部屋は既に一人入居していますので、皆さんの中から一人、先輩冒険者と暮らしてもらうことになります」
そうか。そういうこともあるのか。
俺はヤス君、サクちゃんと視線を交わす。二人とも、言葉には出さずとも俺が何をしようとしているのかを理解しているようだった。しかも、腰を落として利き手をやや引き気味にした構えまで。既に準備は整っているようだ。
「恨みっこなしで」
「もちろんっす。グーパーっすか?」
「いや、普通で。最初はグーでいこう」
全員が頷く。最初はグー。ジャンケンポン。全員バラけてあいこ。大人三人が深く息を吐き出し、手首をぷらぷら動かしたり、ストレッチしたり首を回したりしながら場を離れ、一度仕切り直す。リラックスタイムを終え、再度集合。
次の勝負、気合を入れてグーを出したら一人負けした。
俺は崩折れ、両手両膝を地面に着けた。
「何でだっ!」
「よっしゃあ、サクやんよろしくっす」
「おう、こちらこそ。ユーゴ、頑張れよ」
二人がハイタッチして部屋の扉を開け、中に入っていく。俺は立ち上がり、膝と手についた埃を払って姿勢を正す。
「ミチルさん、同居人の紹介お願いします」
「あ、はーい」
それまで黙って傍観してくれていたミチルさんに頭を下げ、同居人との顔合わせの覚悟を決める。怖そうな人だったら嫌だなと思っていたが、ミチルさんがノックした後に返ってきたのは涼やかな高めの声。
え、女の人? いやそんな訳ないよな。
「フィル君、ミチルです。同居人が決まりました」
「はーい、どうぞー」
開かれた扉の先にいたのは十歳くらいの白いローブを着た中性的な美少年だった。男と分かるのは、女性と相部屋になる訳がないからだ。そうでなければ少女と見間違えたかもしれない。思わず見入ってしまうぐらい顔立ちが整っている。
「フィル君、こちら今日登録したばかりの人族のユーゴさん。ユーゴさん、こちらは亜人族のフィル君。登録は……一ヶ月ちょっと前に済ませたんでしたっけ?」
「はい、そうです。それからここに一人で住んでます。ユーゴさん、よろしくお願いします」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
フィルがお辞儀をしたので俺も返す。
まだ小さいのに、凄くしっかりしていて驚いた。
「じゃあ、私は行きますんで。困ったことがあったら、フィル君に訊いてください。それじゃあフィル君、後は任せますね」
「はーい」
ミチルさんに手を振って見送るフィル。可愛らしいが、俺は少し考えていた。一ヶ月サイネちゃんと一緒に生活した後に、今度は十歳くらいの少年との相部屋。
大丈夫なのかこれ?
やや深刻に悩みだしたところで、扉を閉めたフィルに指でベッドを示された。
「ユーゴさんは、そっちのベッドを使ってください。僕はずっとこっちなんで」
「あ、うん、分かったよ。いやー、それにしても、フィル君は凄いね。まだ小さいのに、ちゃんとしてるし、物怖じしないというか。俺みたいな大きいのが入ってきたら、ちょっと緊張したりとかしない?」
フィルがベッドに腰を下ろして苦笑する。そして、俺にも座るように手で示した。俺はそれに応じて、自分に宛てがわれたベッドに腰を下ろす。
「ユーゴさんは、人族の何歳?」
「俺は、十九歳だね。今年で二十歳」
「あ、じゃあ僕と同い年だね」
「へ? 同い年?」
俺は間の抜けた声を出した。子供なら笑ってもおかしくないような情けなく裏返った声だったのだが、フィルはどう説明したものかといったような困った微笑みを浮かべただけだった。
「んー、ミチルさんが言ってたでしょ? 僕は亜人族でね、人族より成長が遅いんだ。だから、生まれてからの年数は二十年なんだけど、見た目は十歳」
フィルが空中を操作してステボを出した。そして、立ち上がり、俺に見せに来る。能力値は非表示にされていたが、非表示にできない名前と種族は手で隠し、年齢だけを俺に見せた。そこには確かに二十歳と表示されていた。
「本当だ。いやマジか。んー、それじゃあ、つまり肉体的な成熟が遅いってだけで、精神年齢は大人ってことでいいのかね?」
「そうだね。見た目が子供なだけ。これが不便極まりないんだよね。どこに行っても子供扱いされちゃうから。もう変な罪悪感が」
「うわ、そりゃまた大変な気苦労がありそうだね。あ、同い年なら呼び捨てでいいよ。そっちの方が俺も気楽だし」
「あ、ホント? じゃあ僕もそうしてよ。あ、あの、ところでさ」
「ん? 何?」
フィルが急にモジモジしだす。俺が首を傾げると、フィルは自分のベッドに座り直して、一度深呼吸してから口を開いた。
「ユーゴは、訳ありだったりする?」
え?
「あ、あのね、僕はちょっと、訳ありでね、同居する人もそういう人が来るって聞いてたから、ユーゴはそうなんだと思ってるんだけど、ミチルさんも何も言わなかったし、まさか、違うってことはないよね?」
上目遣いで確認される。俺は半笑いで腕組みする。内心、非常に困っていた。混じりっけなしの困った気持ち。これは話してよいものかどうか。
「訳ありといえば、訳ありなんだけれども、そう易々と話せないことだから困ってしまうのが訳ありの宿命なんだよ」
「凄い分かる。取り敢えず、訳ありなのが確かってことさえ分かれば、僕の方から話して構わないんだけど。ていうのも、僕はパーティーを組むのも難しくてね」
悲しい顔をするフィルを見て、心底気の毒だと思った。俺も一人きりでこちらに渡っていた場合、こうなっていたかもしれない。
考えてみれば、俺が同居人として一緒に暮らしても構わない人物しか相部屋にはされないはずだ。フィルの方からも訳ありだと打ち明けられているのだから、今後のことを考えると曝け出しておいた方が楽かもしれない。
不用心かもしれないが、俺は腹を決めた。
「パーティーなら、俺と組めばいいよ。俺と一緒に来た二人も訳ありだから」
「え、そうなの?」
「ああ、俺は別世界から来たんだ。日本って国からこっちに渡って来た。一緒に来た二人もそうだよ。他言無用でお願いね」
フィルはぽかんとした顔をしたが、唐突に細かく震えだした。そしてクスクス笑いだしたかと思うと、今度は哄笑して少し泣いた。
「え、ちょ、フィル? どうした? 大丈夫?」
「嬉しいんだよ、凄く嬉しい」
フィルはそう言って、またステボを出して俺に見せに来た。そこには亜人ハーフエルフと書かれていた。
「僕はね、エルフと人との混血なんだ。それだけでも十分過ぎるほどに問題なんだけど、話はそれで終わりじゃない。君が日本からこちらに転移して来たように、僕はアメリカからこちらに転生したんだよ」
「は⁉ 転生⁉」
俺は思わず立ち上がった。
同居人は、俺より複雑な事情を抱えていた。




