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20.ミチル烈伝と入寮前のアレ騒ぎに複雑な同居人(1)




 ミチルさんは小柄だ。とても力があるようには見えない。だが俺たちはリンドウさんとスズランさんがミチルさんに大変な思いをさせられたことを知っている。


 リンドウさんの家で、渡り人の血肉が売買されているという話を聞いたとき、リンドウさんとスズランさんの両名共に青褪めていた瞬間があった。


 そのときに出た名前が『ミチル』。俺は特に気にしていなかったのだが、ヤス君が何があったのかを聞いていた。そして俺とサクちゃんに話してくれた。


「冒険者としてやっていく以上、冒険者ギルドとは切っても切れない関係になリますからね。そこで勤めているミチルさんとは頻繁に顔を合わせることになるでしょうし、人となりについては知っておいた方がいいと思ったんすよ」


 なるほど確かに。ヤス君、流石。


 俺とサクちゃんはそんな風に称賛したが、当のヤス君は顔色が優れなかった。


「でも、聞かなきゃよかったっす」


 うん、俺たちも聞いて後悔した。


 結論から言うと、リンドウ邸は一度建て替えられている。


 リンドウさんとスズランさんが、渡り人の血肉の売買について話した後、ミチルさんは突然奇声を上げ、泣き喚きながら大暴れしたという。


「やー! 怖いー! 売らないでー! 馬鹿ー!」


「ま、待てミチル! お、おい落ち着け! あっ、危なっ!」


「もういやー! 来ないでー! どっか行ってー! 食べないでー!」


「食うか阿呆! スズラン止めるぞ! 障へぐほぉあ!」


「リンドウ⁉ リーンドーウ⁉」


 まさかそんな事態になると思っていなかったリンドウさんとスズランさんが慌てて止めようとしたが、既に半年以上の尋常ではなく厳しい鍛錬を済ませていたミチルさんを加減して止めるのは難しかったらしく、リンドウさんが肋骨骨折の重傷、スズランさんは全身打撲の重症、リンドウ邸が半壊という被害が出るまで取り押さえられなかったという。


 そしてミチルさんは生き物を殺すことに抵抗があり、冒険者になることを諦めたくらい心優しい人なのだが、黒光りするアレや数えるのが大変なくらい脚の数が多いアレなどの生理的嫌悪感を催すものに対してはその優しさが適用されることはないらしく、むしろ変なスイッチが入ってしまうとのこと。


「これもリンドウさんとスズランさんから聞いた話なんですが、犠牲になったのはリンドウ一家だけではないそうなんすよ。黒光りするアレが原因で……」


 ミチルさんが職員になってから一度、冒険者ギルドの一部が崩壊したという。ギルドマスターであるジオさんが命懸けで止めたそうだが、片腕、肋骨を複雑骨折する重傷。パニック状態のミチルさんは普段からは想像できないほどの力を発揮するらしく、それを目にしたことのあるリンドウさん、スズランさん、ジオさんの三人は発狂暴走という状態異常があるのではないかと真剣に話し合ったとか云々。


 そして冒険者たちの間では、ギルド嬢の中に小さな巨人がいるとか伝説の武神降臨術を使える者がいるとかいう噂が広まったとか広まっていないとか。


 思い返してみれば、俺たちが話を聞いた日のスミレさんとサツキ君の様子もおかしかった。妙に強張っていると感じていたが、ミチルさん大暴走事件を思い出した所為でそうなってしまったのは想像に難くない。ウイナちゃんとサイネちゃんは避難させていたというところか。道理で見当たらなかった訳だ。


 反省を活かしたというのは、そういうことだったのかと納得。俺たちが鍛錬する前に話したのも容易に取り押さえられるからだった訳だ。


 さて、そういう事情を知った上でミチルさんに冒険者ギルドの説明を受け、併設されている大衆食堂、トレーニング施設や訓練場などを巡っている訳だが、俺たちは既にこの街を守ることに成功している。来て初日から貢献している。


 冷や汗ダラダラだよ、冗談抜きで。


 出るのだ、アレが。行くところ行くところ、図ったように。ミチルさんが案内する方向と絶妙に近い場所。視界に入るかどうかの瀬戸際な位置。俺たち三人が先に気づき、一人が素早く壁になり、一人がその間に遠ざけ追い詰め、一人が棒で突いて殺生しながら、どうにかミチルさんが気づかないように対処しているのだ。


 だがこの方法は公平性に問題があり、特に殺生役を担当しているサクちゃんは辛い思いをしている。突いた後の処理まで行っているからだ。


「これ、本当に大丈夫だよな、な? 入れても問題ないよな?」


「だ、大丈夫っすよー。大袈裟だなぁ、ねぇ?」


「う、うん、大丈夫でしょ。ちゃんと中で分けられる仕様だし」


 三人で集合し、小声で遣り取りする。サクちゃんは《異空収納》にアレの死骸を入れているのだ。顔は不安と不満がいっぱいで、若干涙目になっている。


 俺とヤス君は自分に役割を振られないようにするのに必死。「じゃあお前がやれよ」と言われる前に顔を背けて退散する。


 死んだ魔物と食材を一緒に放り込んでもしっかり分けられているのだから大丈夫なのは分かっているが、そんなものの死骸を保管などしたくない。


 俺がそう思っているということは皆そう思っているはずだ。


 だからこそ、サクちゃん本当にすまない!


 でも俺は嫌だ! たとえ一時的にでもそんなものは入れたくないんだ!


「はい、次は皆さんが住むことになる寮です。これで案内は終了になります。寮はですね、大衆食堂と同じく、この冒険者ギルドに併設されています。出入口を出てすぐ左隣りにありますから、一旦外へ出ますね」


 ぐっと涙を堪えて、ミチルさんの案内についていく。


 そこでヤス君がハッとした。


「そ、そんな! ユーゴさん、あれ!」


「ハッ! な、何じゃありゃあ⁉」


 ヤス君の指指した先には空に羽ばたく黒光りする巨大なアレ。一メートルくらいの大きさで、こちらに腹を向けている。翅を使っての空中浮揚。目にしただけで毛が逆立つ。


 街ゆく人々もそのあまりの悍ましさに嫌悪感たっぷりにざわめいている。


 そして、アレを見つめるミチルさん。


「や、やべぇっすよ! ミチルさんがもう完全に視界に捉えてます!」


「いいい急いで処理しなきゃ! 街が大変なことに!」


「無茶言うな! もう遅いだろ! 逃げた方がいい!」


 三人で気が気じゃない状態でヒソヒソと相談していると、はっきりと舌打ちの音が聞こえた。ミチルさんが鳴らしたのだと分かった直後、サクちゃんが手にしていた棒が一瞬でミチルさんに奪われた。


「ぬぅおりゃあああっ!」


 ミチルさんは雄叫びとともに凄まじく美しいフォームで棒をアレに向かい投擲した。オリンピックの槍投げを見ているようだった。棒はアレの胴体を貫通し、体組織を抉り散らして遥か天空の彼方に消えた。


 空中で胴体に大穴を空けたアレは、地面に叩きつけられるように落下し仰向けになって脚をヒクヒク動かしている。



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