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19.スミレさんが女子会好きなのは多分本当(3)




 しばらくして戻ってきたスミレさんに先導され、俺たち渡り人組は冒険者ギルドの中へと連れて行かれたのだが、何故か受付を無視して奥へと案内された。


「あの、スミレさん、受付は向こうですけど」


「いえ、まずは領主とギルドマスターとの面会からです。お二方ともに熊人の混血ですし冒険者上がりですから迫力がありますが、リンドウ様の方が実力は遥かに上ですので萎縮することはありませんよ。あと私は毛深くて無闇矢鱈に威圧的な大きい男は大嫌いですので、すぐに帰りますが悪しからず」


 スミレさんはやや早口の小声で説明を終え、応接室の扉を三回ノック。誰何の声に「スミレです」と答え「入ってくれ」という返答を確認するなり速やかに扉を開き、有無を言わさず俺たちに入るよう促した。


 そして俺たちは訳も分からぬままに、領主のエドワードさんと冒険者ギルドマスターのジオさんと面会させられたという訳である。


 スミレさんちょっと酷くない⁉ 嫌いだって言ってたから話をするのも嫌だったのかもしれないけどもさ、情報過多だし怖いしで物凄く困ってるよ俺たち! スズランさんと女子会してるってマジかって思ってたけど、楽しんでるって言ってたの多分本当だな! めっちゃ喋ったもん!


「顔色が悪いようだが、暑さにでもやられたか?」


「いや、エディ、これはお前の所為だと思うぞ」


「おいジオ、冗談は顔だけにしておけ」


「ばっ、お前にだけは言われたくねぇよ! 武神みたいな顔しやがって! まったく、思い返してみろ。ミチルも初めて来たときこんな感じになってたろうが。威圧感が無駄にでけぇんだよお前は」


 テーブルを挟んですぐ向かいで繰り広げられるエドワードさんとジオさんの軽口の叩き合いを、俺は冷や汗を掻きつつ見ていた。二人はそれぞれ一人掛けの椅子に腰掛けているが、マフィアが登場する映画を想起させる黒革張りの肘掛け付き。声も野太いので、どうしてもそういった映画のワンシーンのように見えてしまう。


「あー、それで? 俺たちは名乗ったが?」


 ジオさんに睨めつけられる。


「あ、は、はい。ユ、ユーゴ・カガミです」


「ヤ、ヤスヒト・カタセです」


「サクヤ・マ、マツバラです」


「ユーゴと、ヤスヒトと、サクヤだな」


 ジオさんが眉根を寄せ、俺たち一人ひとりの顔を指差しながら言う。どうやら記憶に留めようとしてくれているようだ。ちらりと視線をずらすと、エドワードさんも声と動きに出していないだけで、ジオさんと同じことをしているように見えた。


「うん、よし。全員黒髪で背格好も似てるが、顔立ちと雰囲気がまるで違うから大丈夫だな。ハハッ覚えやすくて助かった。さて、リンドウさんから既に聞いているとは思うが、この世界には文字通り人を食い物にしようとするどうしようもないクズがいる。この街はエディが仕切ってるからそんなクズはいねぇと言いたいところだが、こればっかりはいくらこのアルネスの街の優秀な領主であらせられるエディ様でも難しいらしくてな、断言はできねぇ」


「そんな断言が可能なのは神くらいなものだ、まったく。すまんな、どうもジオは余計な話が多くてな。長くなりそうなので俺が簡潔に言うと、渡り人と知られないような配慮をするという点は、お前たちに専属のギルド職員を付けることで対応することにした。後は、公衆浴場と娼館の利用禁止だな」


「まぁ、渡り人と知られるパターンは体にある印を見られることと、ステボを覗かれることだけだからな。それ以外の部分は防ぎようがねぇ。お前さんたちのうちの誰かが口を滑らしたり、迂闊に裸を見せたりってのは、こっちじゃ対応のしようもねぇからな。そこは自己責任だ」


「冒険者になると言うからにはトレーニングが必須だとは理解しているだろう。それ以外でも野営、賊の討伐、護衛、装備品の試着、他の冒険者とのパーティー結成、または加入など、今思いつくだけでもこれだけ出てくる。様々な場面で肌の露出に気をつけてもらいたい。入浴に限ったことではなく、怪我の治療や清拭でも肌を晒すからな」


 エドワードさんが話を終え、ジオさんが口を開きかけたところで、扉がノックされる音が部屋に響いた。三度目が鳴り終えた後で、ジオさんが入れと声を掛ける。扉が開くと、黒髪の女性ギルド職員が頭を下げて入室した。


「し、失礼します」


 ジオさんが手招きし、その職員を自分の隣に立たせる。


「リンドウさんから聞いてるかもしれんが、こいつはミチル。お前さんたちと同じ渡り人だ」


「は、はじめまして。ミチル・コムラです。皆さんの専属職員となります。至らないところも多くあるとは思いますが、よ、よろしくお願いします」


 ミチルさんが深々と一礼する。俺たちも頭を下げて礼を返す。こちらからも自己紹介をした方がよいのか戸惑い、ジオさんに目を向けると、分かってるといった具合に手で制され、僅かに頷かれた。


「今から登録をするから、紹介は不要だ。ミチル」


「は、はいっ」


 ミチルさんがポケットから何かを取り出し、テーブルに置く。鈍色に輝くカード状のプレート。車の運転免許証のような大きさで、テーブルに置いた際の硬質な音から、おそらく金属であると思われる。


「これが冒険者ギルドの登録証だ。これに触れ魔力を通すことで、冒険者ギルドにある魔道具にステボの情報が記録される。ただ、七面倒臭えことに書類も作成する必要があってな、その際に確認の為にステボを見せてもらわんといかん。順番にステボを開いてくれ。設定方法は分かるか」


「大丈夫です」


 俺は、ステ開、と心で呟き、他者閲覧可、と続けて心で呟く。目の前にステボが現れるが、ミチルさんが「え」と呟いて目を見開き、ジオさんとエドワードさんが怪訝な顔で身を乗り出した。


「ちょっと待て、おいおいユーゴ、お前さんまさか、事前に設定してあったんじゃないだろうな?」


「関心せんぞ。余りに不用心だ」


「あ、いえ。今設定しました、けど?」


「触れずにか?」


 エドワードさんに疑いの眼差しを向けられ、そう問われる。どうもやらかしてしまったようだと覚り、ヤス君とサクちゃんの方に救いを求めて目を向ける。二人は苦笑しながら身動きせずにステボを数回出したり消したりしてくれた。


 俺が発見した口に出さずにステボを表示させる方法と、命令の省略、手で操作せずに項目のオンオフを切り替える命令などの情報は三人で共有している。なので三人とも同じことができるのだが、こうなるならリンドウさんにも話しておくべきだったと少し後悔した。


 あまり人に見せるものではないと言われていたし、おそらく皆できることだろうと思っていたのでこういうことができると伝えていなかった。忘れていたと言ってもいい。まさかこんな指摘を受けることになるとは思いもしなかった。


 向かいにいる三人が言葉を失っている様子を見せたからか、それとも三人で協力したからか、俺は幾分か緊張がほぐれたのを感じた。


「手で触れなくても、他の人も閲覧可能な状態にしたり、月日や時刻を表示したり、それだけを表示させたままにしたり、すべてのページを表示させたりも可能です。何故か術扱いになるようで、若干魔力は消費しますが」


 俺は今言ったことのすべてを順に披露して見せる。近未来SF映画のワンシーンのような光景を自分で作り出すのは、ちょっと楽しい。渡り人三人の間でも、格好いい見せ方を探る遊びが一時期流行った。


「心詠唱ができるだけでも驚いたが、ステボでこんなことができるなんて初めて知ったぞ。しかも、やってみたが俺にはできん」


「エディもか。俺もだ。ミチルは?」


「あ、あの、どうやっているか訊かないと」


「あ、そうだな!」


 三人にやり方を教えたが、エドワードさんとジオさんにはできなかった。ミチルさんは教えてすぐにできるようになり、月日と時刻の表示が出しっぱなしにできるようになったことを手を叩いて喜んでいた。


「ありがとうございます! いちいち開くのも面倒臭いって思う場面が結構あったんで、凄く助かります!」


「カレンダーないっすもんね」


「カレンダー?」


 エドワードさんが首を捻ったので、俺たちの世界には紙に月日やそれにちなんだ色々な情報が書かれたものがあると説明する。また、壁掛型や置型などの種類があることについても。エドワードさんは顎に手を遣り、うんうん頷きながら興味深そうに聞いていた。


「面白い。あって困るものではなさそうだ」


「ああ? 時間や日にちなんて、ステボ開いて見りゃいいだけじゃねぇか」


「いや、重要なのはそこに文字を書き込めるという点だ。今までは手帳に記していたが、ふとしたときに忘れることがあってな。それで、ページを破いて壁などに貼っておいたりしたが、目に留まらず後で気づいて辟易することもあったのだ。しかしそのカレンダーとやらがあれば、毎日目にするよう習慣づけさえすれば、そういったことから解放される」


「あ、ちょっといいすか?」


 ヤス君が手を挙げ、注目を集めてから口を開く。


「娯楽品なんすけど」


 ヤス君が異空収納からオセロ盤を取り出す。だが、こちらは既に存在しているらしく、リンドウ一家が知らなかっただけであったことが判明。ヤス君はがっくりと肩を落としていた。


 エドワードさんが苦笑しつつ口を開く。


「カレンダーについても、残念だが商業的に成功するような物ではないな。需要が極めて限定的なものになる上、紙もそれなりに高価だ。印刷まで行うとなると採算はとれんだろう。ただヤスヒト、少々不出来ではあるが、材木から一人でオセロ盤を作ったのは凄いことだ。ましてそれで生活基盤を整えようとしていたとは。見上げた根性だ。だからそう肩を落とすことはない。誇っていい」


「そうですよ、私なんて思いつきもしませんでしたから」


「ほえー、オセロって渡り人の世界のゲームだったんだな。俺はこっちでできたもんだとばっかり思ってたぜ。ガキの頃から当たり前に遊んでたからな」


 ジオさんがオセロ盤を繁々と見ながら言った。王都から遠く離れたアルネスの街でも普及しているくらいだ。大昔に渡り人が持ち込み製品化していたということだろう。


 けどまさか、ヤス君がそんなことを考えていたとは。


 オセロ盤を売った金で生活基盤を整える。そういう考えがあったからこそ、リンドウ邸を出てもなんとかなると思っていたのかもしれない。黙っていたのは、俺たちを驚かせたかったか、糠喜びさせないようにしたかのどちらかだと思う。


「すんません、リンドウさんたちが見たことないって言ってたんで、上手くいくと思ってたんですけど」


「いや、何言ってんの、気にしなくていいよ」


「そうだぞ。俺もユーゴも、最初からそういうことを当てにしてない。ヤスヒトが気を落とす必要はまったくない」


「でも、一文無しっすよ」


「ああ、なんだ。何を心配してるのかと思ったが金のことか。ミチル、受け取ったか?」


 ミチルさんが「はい、私のときと同じです」とにこやかに返事をして、ポケットから巾着袋を取り出し、俺たち一人ひとりに手渡す。少ないが、硬貨が入っている感触がある。枚数は、三枚。


「スミレちゃんから渡されてます。私は貰っちゃったんですが、皆さんは借金だそうです。『返済はいつでもいいし催促もしないけれど必ず返せ』ってリンドウさんからの伝言も預かってます」


 それを聞いて、俺はリンドウさんから「簡単に死ぬんやないぞ。どんだけかかってもいいから必ず生きて返しに来んと許さんからな」と言われた気がして少し涙腺にきた。


 額も価値もまだ知らないので、安かったらそれはそれで大袈裟な話になるのだが、それでもここまでの環境を整えてくれていたことを思うと、足を向けて寝られない思いだった。


 その後、大した会話もなく無事に冒険者登録が行われた。俺は手にした冒険者証を見つめ、ようやくスタートラインに立てたと感慨深い思いに浸った訳だが、エドワードさんから食事に誘われたことで一瞬で現実に引き戻された。


 断れない誘いほど辛いものはない。会社の飲み会を思い出して気分はぶち壊し、自分でも驚くほどにげんなりした。


 先輩、上司まででもキツかったのに、領主って。


 もちろん、失礼にあたるので表情には出さなかった。長年培ったビジネスライクな愛想笑いが大活躍といったところだ。


 夕食時に、領主館から迎えを出すとのことだったので、それまではジオさんの指示を受けたミチルさんから今後についての説明を受けることになった。


 渡り人三人衆の冒険者生活の始まりである。



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