18.スミレさんが女子会好きなのは多分本当(2)
「リンドウ様は特権階級というものを便利な身分証明程度にしか考えておられませんし、どちらかと言えば、むしろ煩わしく思っておられます。『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』の教えに従っておいでですので。それとこれは、飽くまで念の為に言っておくことになりますが、どうかお気を悪くしないでくださいね。これらの話は、皆さんから説明を求められた際、別に話しても構わないとリンドウ様がおっしゃられたので話したことで、本当は一家全員が知られたくないことなのです。ですので、リンドウ様に関わる話は他言無用でお願いします」
スミレさんが頭を下げたが、俺の頭は偉人の言葉が出たことに反応していた。
福沢諭吉の名言。このときヤス君の推論であるイノリノミヤ渡り人説がより信憑性のあるものになったことに俺は若干の胸の高鳴りを感じていた。
それはさておき他言無用という願いは言われずともそうするつもりでいた。
森に住んでいるという時点で、身を隠さねばならないような事情を抱えているのではと渡り人組で話していたからだ。
お世話になった人たちが困るような真似はしたくないので、最初から誰にも話す気はなかった。
がしかし、それはそれとして、ちゃんと知っておきたいことはあった。
「あの、確認なんですが、公爵って、その、要するに、貴族が持ってる爵位の、一番上ってことですよね?」
「はい。魔素溜まりの処理はそのまま魔物の氾濫を抑えることに繋がりますから、その功績を讃えられ、四年前に国王陛下から公爵位を授与されたのです。リンドウ様は断固拒否されたのですが、不遜であると泣きつかれまして」
不遜であると泣きつかれる、という言葉の意味がまったく分からなかったので詳しく聞いたところ、国王は当時まだ四歳だったと判明。
「五年前、先王が病で崩御したのですが、その直前に次期国王と目されていた第一王子が『やりたくない』と王位継承権を放棄しまして、それを合図にするかのように、『じゃあ俺も』『じゃあ俺も』と世継ぎ候補が次々と王位継承権を放棄してしまったんです」
「えぇ……? どんな国っすかそれ?」
「ええ、その、少し変わった国なのです。先王の遺言は『後継は初代様の教えに従え』というもので、その教えというのが『王なんてものはやりたい奴がやればいい。やりたくない奴にはやらせるな』というものらしく『やりたくない』という思いさえあれば王位継承権の放棄も『どうぞどうぞ』と容易く認められるようにできているそうで。先王は王妃との間に子がありませんでしたから、本来であれば寵姫の子である第一王子以下が継ぐと思われていたのですが、即位するに足る年齢と能力を持った第七王子までのすべてが『その器にない』『柄じゃない』『胃が痛い』『向いてない』『面倒臭い』『興味ない』『関係ない』という理由で拒否しまして。国家運営に関しても王妃と宰相に丸投げしているような状況でしたので『今後も任せる』と」
「はぁ、すごい国もあったもんですね。後半にいくほど理由が酷いことになってましたけど」
「私もそう思います。それで、困り果てた宰相が、王妃にまだ幼い……当時三歳の第八王子を養子にとるよう提案し、言い方は悪いのですが、第八王子の実母である第四寵姫を丸め込み、第八王子を王妃の養子にすることを認めさせたのです。結果、第八王子が王に相応しい人物になるまで、一時的に傀儡とすることで王国の体裁を保つ、という宰相と王妃の目論見通りにことは運んだのですけれど……一年の服喪期間を終え、国王即位の儀を済ませた辺りから悪い方へと転がり始めまして」
政治と国王の教育は宰相と王妃が苦心しながら行っているそうだが、当の国王は幼児ということもあってかわがまま放題。周囲が急に自分を敬うようになったものだから盛大に増長してしまったのだとか。
とはいえ、それは決して人を辱めたり貶めたりする非道なものではなく、無邪気なわがままという範疇に収まる程度。だが、だからこそ余計に厄介だったという。
「国王陛下はリンドウ様をそれはもう慕っておいでで、術を見せてくれ見せてくれと毎日のようにせがみにこられて、見せれば羨望の眼差しを向けて『褒美をやる』と王命を使って爵位を与え国庫を荒らし、見せなければ延々と駄々をこねて泣き喚く上に不遜だ不遜だと聞き分けもないものですから、非常に手を焼いて、正直なところ、私もあまり思い出したくありません」
スミレさんが自嘲気味な笑みを顔に浮かべて言った。初めて目にする暗く重いどんよりとした雰囲気に俺たちは狼狽えた。
スミレさんがそうなるほど酷い状況だったということだろう。そんな菌類がよく育ちそうな雰囲気を変えたかった俺は、リンドウさんが爵位を拒否した理由について訊いた。
「リンドウ様はイノリノミヤ神教の神職に就いている為、爵位が不要であると先王に伝えていたのです。爵位を授かれば領地を与えられ、領民から得た税で生活をすることになりますが、それが労働の対価と見做されるのか、民からの搾取と見做されるのか、判断が非常に難しくなります」
「あー難しいっすよね。一生懸命やってても、心でどうにかなることじゃないですし、結果が見る人によって変わりますからね。俺は崇拝する存在がいないんで想像するしかないっすけど、崇拝してる神様が自分を見てるなんてことを考えたら少しでも反した行動はとりたくないっすね。不安でしょうがなくなると思うんで」
「そうなんです。税を得てしまう以上、それがお布施と見做される危惧もあります。イノリノミヤ様の教えに反し、ややもすれば天罰を落とされる怖れがあるということです。加えて、他家の神職からの反発を受け余計な争いを生む可能性、またそれが起因して魔素溜まりへの対処に支障をきたすことも考えられるとのことで……そういった事情を先王は理解し、敢えてリンドウ様に爵位を与えず、教えに反することを遠ざけてくれていたそうなのですが」
それが新王即位後にころっと覆ってしまった。これに激怒したリンドウさんが宰相に猛抗議したが、王妃と宰相がどれだけ諌めようが幼い国王は頑として聞き入れず、またも困り果ててしまった宰相と王妃とが打ち出した『領地の選択をリンドウに委ねる』という妥協案でどうにか双方を納得させたとのこと。
それでリンドウさんは宰相と王妃と話し合い、王国最南端のアルネスの街からほど近い、あの未開の森を領地として選択し、王都から屋敷ごと引っ越したのだとか。
「リンドウ様はその時点で筆頭術師の地位を捨て、王国軍からも身を引かれました。それほど怒っておられました。それこそ、王都が滅ぶのではないかというほどに。スズランさんと、たまたま王都に訪れていた他家のマモリであるツバキさん、ツツジさんの三人掛かりでどうにか止めることができたのですが、一人でも欠けていれば大惨事になっていたでしょう。今でも思い出すと血の気が引きます」
スミレさんがぶるりと身震いしたところで辻馬車が止まった。止まったのが冒険者ギルド前で、俺たちはスミレさんに待つように指示され、中にはスミレさん一人が入っていった。




