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16.サイコパス扱いされた男に反論の余地なし




 昼食が済み、片付けなどの仕事が終わった段階で、リンドウさんに話があることを伝え、茶の間に一家を集合させてもらった。


 全員が座って間もなく、何かを察したのかサイネちゃんがしがみついてきた。サクちゃんの方も同様で、ウイナちゃんがしがみついている。


 サツキ君は口をへの字にして俯き気味で、表情は暗い。


 この子たちは……。


 子どもたちだけではなく、リンドウ一家には俺たちが何を言おうとしているのかを覚られているようだった。


 スミレさんとスズランさんは普段通りだが、問題はリンドウさん。


 何この人……。


 既に号泣している。嗚咽を漏らさないよう必死に堪えているが、溢れ出る涙と鼻水が止められないといった様子。


 そして、それを見て俺たち渡り人組は引いている。


「今日で、最後なんやな」


 リンドウさんが嗚咽を堪えて言った。


 多分、子どもたちが察したのはこの人の所為だ。あんたが泣くんかい、と順序立てて訪れるはずの感動がぶち壊されたような気分だったが、これでよかったのかもしれない。そんなことを思いながら、俺は真っ直ぐ前を向いて口を開く。


「はい、俺たちは今日から冒険者になることにしました」


「身勝手ですいません」


「あまり長くいるのもご迷惑になると思い、一月を目処としていました。急な話ですが、今までありがとうございました」


 サクちゃんの礼に合わせて、三人で頭を下げる。


「そうか、寂しなるな」


 リンドウさんが手拭いで顔を拭き、鼻をかむ。


「出発はどうする?」


「はい、今から出ようかと」


「転移で送るか?」


「いえ、道を覚えたいので」


「分かった。ほんならスミレ」


「はい」


 スミレさんが立ち上がり、茶の間を出て行く。


「これから辻馬車呼んでくるから、スミレに案内してもろてくれ。ならの」


 リンドウさんが顔を背けて片手を上げ、床に沈んで消える。


 それを見送ってから俺は立ち上がる。するとサイネちゃんも立ち上がり、飛びつくように抱きついてきた。俺は慌てて受け止め、抱っこする。


「ユーゴ、出て行くのです?」


 俺の肩に顔を埋め、消え入りそうな声でサイネちゃんが訊ねてきた。それだけで俺は胸がいっぱいになってしまう。サイネちゃんの頭を撫でて、うん、と頷く。それが精一杯。胸が詰まって言葉を出せなかった。


「寂しいのです。また会いに来てくれるのです?」


「うん、もちろん」


「行かないで欲しいのです」


 サイネちゃんが泣き出す。よしよしとあやしつつ、俺も限界ぎりぎり。もう目頭が熱くて大変なことになっている。


「サクヤも出ていくのじゃな」


「うん、ごめんな」


「謝らなくてよいのじゃ。頑張るのじゃ」


「ありがとな」


 背後ではそんな遣り取りがされていた。振り返ると、ウイナちゃんは下唇を出し、不満たっぷりの顔になっている。サクちゃんはウイナちゃんを招き寄せて抱っこした。途端にウイナちゃんは泣き出してしまった。小さな子が我慢しているのは、とてもいじらしい。俺はサクちゃんと顔を見合わせて苦笑する。


 サツキ君は、目に一杯涙を溜めて堪えながら、手話でヤス君に感謝の気持ちを伝えている。


(あなた、行く、私、いっぱい、寂しい、あなた、いっぱい、ありがとう)


 ヤス君が苦笑しながら頭を撫でている。


「ありがとう。またいつか顔出すよ。サツキ君も元気でな」


 それぞれ、子どもたちとの挨拶を済ませて茶の間を出る。ウイナちゃんとサイネちゃんは「や!」と離れるのを嫌がったが、スズランさんが引き受けてくれた。


「寂しくなる」


「ハハハ、ご飯の作り方はスミレさんに伝えてあるんで大丈夫ですよ」


「む、食事のことではない。はぁ、ユーゴ殿、軽口がリンドウに似てきたな」


「そうですか?」


 スズランさんが苦笑する。


「涙脆いところもな。あと数年もすれば、ユーゴ殿もああなる」


 それは避けたいとは思ったが、自分でどうにかできるものではない。俺たちは各々スズランさんに別れの挨拶を済ませ、リンドウ邸を後にした。


 鳥居の前まで来てから振り返り、見送りに来た面々に三人で深く頭を下げる。泣き声を上げるウイナちゃんとサイネちゃん、ぐっと堪えて立つサツキ君、そして双子にしがみつかれて困り顔のスズランさんに手を振って、俺たちは階段を下りた。


 先に階段を下りていたスミレさんのところへ急ぎながら、俺とサクちゃんは照れ笑いしつつ指で目元を拭う。


「あー、駄目だわ」


「ハハッ、俺もだ」


「二人とも大袈裟っすねぇ」


「ヤス君、君に人の心はあるのか?」


 ヤス君が盛大に噴き出して笑う。


「アハハハハ、なんすかそれ、いくらなんでも失礼っすよ。そりゃ俺だって寂しいっすよ。けど、転移術あるからいつでも会えるだろうって思ったんで」


「それはそうだが、俺たちが使える訳じゃないだろ」


「サクやん、リンドウさんのこと分かってないっすね。あの人なんだかんだ面倒見いいっすから、ちょくちょく様子見に来ると思いますよ。子どもたち連れて」


 俺とサクちゃんは顔を見合わせる。ヤス君が言うと妙に説得力がある。未来予知でもしてるんじゃないかと思うくらいに。だが俺は納得いかない。


「そうかもしれないけどさー。寂しいのはまた別でしょうよー」


「だな、別れの寂しさはキツいよな」


 サクちゃんと二人でうんうん頷き合う。


「あ、スミレさん、ここからアルネスの街までどのくらいの距離っすか?」


「そうですね、五里ほどかと」


「二十キロか。やんわり走ってニ時間半ってとこっすね」


「走って向かうのですか? 私も街まで付き添うので、できれば辻馬車に乗っていきたいのですけれど」


「あー、いや、そうじゃなくてですね。この二人が俺をサイコパス扱いしたんで、通える距離かどうかを聞いておきたかっただけっす」


「ちょっとちょっと、サイコパス扱いはしてないでしょ」


「いやユーゴはそれっぽいこと言ってたけど、俺もか?」


「サクやんも否定しなかったから同罪っすよ」


 俺たちの言い合いを見て、スミレさんが眉を下げてくすくす笑いながら「サイコパスが何かは分かりませんが、やはり寂しくなりますね」と呟いた。


 それから俺たちはスミレさんの案内を受けて森を歩いた。


 辻馬車が来るのを知っていたので、待ち時間が出るくらいなら体力の消費を抑えようと、ゆっくり歩くことにしたのだが、鍛錬で鍛えられたお陰かゆっくりの感覚が変わっていたらしく、四十分ほどで街道に出てしまった。


 魔物に遭遇することもなく無事に森を抜けたのは喜ばしいが、もう少し距離があるものだと勝手に思っていたので少々拍子抜けした。


 体感、四キロほどか。


 当然、辻馬車はいなかった。最寄りの街でさえここから十六キロほどはあるのだから、来ていたらそれはそれで問題というか、馬のことを心配しただろう。


「あと二十分くらいか」


 サクちゃんが空中を見つめて呟いた。ステボで時刻の確認をしたのだと覚る。


 ここに来るまでの間に、辻馬車の到着時間は聞いていた。スミレさんによると約一時間とのことなので、サクちゃんは差し引きした時間を口にした訳だ。


「思ったより遅いっすよね。馬って時速六十キロとか出るんじゃないんすか」


「重たい馬車を引くし、御者もいるんだからそんなに出る訳ないでしょ。疲れや機嫌もあるから、せいぜい時速十五キロってとこだと思うよ」


「なら、馬車だけリンドウさんが転移術で運んで、御者さんが馬でここまで来ればよかったんじゃないっすか?」


 俺は一瞬硬直する。確かに、と思った。サクちゃんとスミレさんは何かを考えているような素振りを見せる。今の話に穴がないかを探っているのかもしれない。


 少しの間を置いて、ヤス君は話を続ける。


「素人考えっすけど、ここから十五キロ程度なら、馬で駆ければ二十分くらいじゃないんすかね? リンドウさんは馬車だけ持ってここに転移して、馬を待てばよかったんすよ。それなら馬だって俺たちが来るまで十分以上休憩もとれますし、疲労も少ない。俺たちも待たなくていいし、スミレさんだって早く帰れます」


「わ、私のことはお気になさらず」


「た、多分、馬車ごと転移するのは無理なんだろ」


「そ、そうだよ。魔力消費が激しいとかあるんじゃないの?」


「なるほど。そうか。簡単に解体と組み立てができる馬車とかあったら移動速度の革命が起きますね。勿論、転移術者は必要になりますけど、いや、これは馬車に限った話じゃないっすよ。建材とか、面白いっすね。あ、運ぶ物によって魔力消費量が変わるとか、これは一度ちゃんと話を聞いてみたいっすね。ああでも――」


 ヤス君が顎に手を遣ってブツブツと言い始めた。これは鍛錬を行うようになってからのヤス君の癖で、考え事をしているときは大体こうなる。オセロ盤を作ったときもこうだった。


 ふと、ヤス君が顔を上げる。


「スミレさん、アルネスの街は左ですよね?」


「あ、はい、そうです」


「辻馬車はどこから出ました? それと、御者さんとスミレさんとは顔見知りだったりします?」


「え、ええ。御者とは知り合いです。辻馬車は、アルネスの街からですけど」


「あ、じゃあ、問題ないっすね。途中で辻馬車と会っても乗せてもらえるんで。歩いたら時間短縮できますし行きましょう。ここだと見通しもよくないし、魔物に奇襲される可能性が高い気がするんで、あんまり長居したくないんすよねー」


 そう言い終えるなり、ヤス君は有無を言わさず歩きだした。


 俺は残った二人と顔を見合わせる。


「俺、全然気づかなかったんだけど」


「私もです。言われてみれば当たり前のことなのですけど」


「うん、反論の余地なしだ。行こう」


 俺たち三人は、慌ててヤス君の後を追った。




 お読みいただきありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです。


 ブクマ、評価していただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

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