14.短い間でもこうなるのは人柄が良いのが集うから(1)
一ヶ月が過ぎた。
明日が夏の第二期最終日。空は晴れ渡り、非常に清々しい。蝉の鳴き声がないことにもいい加減慣れた。日本にいた頃には暑さが増すように感じて煩わしく思っていたが、なければないで、意外と寂しいものなのだと知った。
この一ヶ月で変わったことがいくつかある。そうならなければ問題という話なのだが、それぞれの関係性がより親密になった。それを分かりやすく示すのが呼び名。俺は心の中でもリンドウ一家に敬称を付けるようになり、カタセ君のことはヤス君、マツバラさんのことはサクちゃんと愛称で呼ぶようになった。
そういった形の親睦の深め方に最も苦労していたのはサクちゃんで、俺とヤス君に話すときの敬語が中々剥がれなかった。元々あまり喋る方でもないので、矯正する側の俺たちも大変だった。だが努力の甲斐あり今はしっかり敬語と敬称がめくれ落ち、呼び方も名前に変わった。以前より口数も多く話しやすそうにしている。
俺は最年長だが、現在は最年少なのでヤス君にも敬語と敬称は不要と言ったのだが「流石に今更でしょ」と暗に断られた。確かに、俺とヤス君はそれなりに付き合いが長い。同じアパートの隣人という微妙な関係ではあったが、初めて顔を合わせてからはもう三年以上経過している。そこまでいくと、急にタメ口というのは互いに戸惑うかもしれない。ただ、それでもカガミさんではなくユーゴさんと呼んでくれるようにはなったので、サクちゃんの変化に続き、とても嬉しく思っている。
一ヶ月の間、俺たちはマモリ見習いの二人と共に、リンドウさんから教えられた魔力量の増幅訓練と肉体の鍛錬とを行ってきた。一応、俺たちもマモリ見習いと同等の扱いな為、肉体鍛錬は義務として毎日課された。ただ魔力増幅訓練に関しては、スミレさんとサツキ君も義務化されておらず、各々好きにやれとのことだったので、ヤス君とサツキ君はサボる頻度が高かった。
二人がサボる理由はオセロで遊ぶ為だった。器用なヤス君が三週間ほど前に薪を作る為の木材を利用して自作したもので、これがリンドウ一家で軽く流行った。特にサツキ君は生まれて初めての娯楽に大喜びで、ヤス君との勝負を毎日のように楽しんでいた。ヤス君はサツキ君に意思疎通の為の簡単な自作手話も教えていて、俺も料理中にしっかりその恩恵に預かっている。サツキ君の言いたいことを僅かでも知ることができて喜んでいるのは、俺だけでなくスミレさんものようだった。
しかし、改めて思う。ヤス君とサツキ君は傍目に見ても歳の離れた兄弟にしか見えない。それほどに仲がよいし、ちょっとした場面でも信頼関係が築けているように感じることがある。それもこれも、やはり同じ部屋で寝起きしているからこそなのかもしれないな。
ヤス君とサツキ君が同じ部屋で暮らすことになった理由はウイナちゃんとサイネちゃんにある。そしてその二人からの要望で、リンドウさんから世話係という役目を与えられた俺とサクちゃんの所為でもある。
リンドウ邸に来て三日目の夜から、俺はサイネちゃんと同じ部屋、サクちゃんはウイナちゃんと同じ部屋で一緒に寝起きしている。つまりヤス君がサツキ君と同じ部屋になったのもその日からということだ。
そのときは、相部屋だったスミレさんが急に弟を取られたような気持ちにならないかと心配していたのだが、それが杞憂に過ぎなかったと知ったのが数日後。スズランさんと相部屋になったことで夜な夜な女子会を開くようになったそうで「それがもう本当に楽しいんです」と台所で食事の準備をしているときに満面の笑顔で話された。そのお陰なのかは知らないが、リンドウさんからも感謝された。スズランさんにチクチク言われることが減ったとのことである。事情は知らないし知りたくもないが、スズランさんも大分溜まっていたのかもしれない。
溜まったといえば、魔素溜まり。この一ヶ月というもの一度も発生していない。実際には発生しているのだが、リンドウ一家の担当する地域では一度も起こらなかった。それでも探知能力の高いシラセの二人は反応し、応援が必要になる可能性を考慮して、度々リンドウさんに知らせに走っていた。
その優秀なシラセの一人で、俺と相部屋になったサイネちゃんなのだが、日を追うごとに益々俺に懐いてくれている。そんなもう周囲を悶死させそうなほどに可愛らしいサイネちゃんはまだ七歳という年齢にも拘らず非常に賢く、また学ぶことに貪欲で、俺が遊びで作った四則演算の計算問題をやったことが切っ掛けで算数が大好きになった。紙や筆記用具が高価な為、暗算で行っていたことがよかったのか、今では加減乗除問わず一桁二桁程度の計算であれば暗算ですんなり行えるほどに成長した。
あってるのです? と上目遣いで心配そうに訊いてくるのがまた可愛らしくて可愛らしくて、俺もついつい問題を出して正誤問わずに猫可愛がりしてしまう癖がついてしまった。それをサクちゃんに話すと、気持ちが痛いほど分かると言ってくれた。どうやらサクちゃんもウイナちゃんがもう可愛くて仕方がないようだ。
ウイナちゃんの方は算数ではなくダンスを教えられている。サクちゃんが鍛錬後に遊びでブレイクダンスとシャッフルダンスを披露したのが切っ掛けだった。たまたま俺たちの様子を見にやってきていたウイナちゃんが「ど、どうなってるのじゃ? サクヤが走ってるのに進んでないのじゃ!」とランニングマンを目を皿のようにして見ていたのが懐かしい。今ではウインドミルまでこなせるらしく、サクちゃんは子どもの成長速度に恐怖を感じたと漏らした。それは俺もサイネちゃんで感じていたことだったので、痛いほど気持ちが分かると返した。
とにかく吸収力がすごいのだ。自分たちなどあっという間に空っぽにされてしまう気がする。そんな話を鍛錬中にヤス君にすると「あー、痛いほど分かりますね。俺なんてもうサツキ君とのオセロ勝負負け越してますから」と苦笑しながらの返答があった。ヤス君はオセロのオンラインゲーム大会で全国一位になったことがあるそうで、俺もリンドウ一家も誰一人として勝ったことがない。なのに知識がないところから半月足らずで勝ち越すサツキ君は一体。




