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13.真面目な話はするのも聞くのも難しい(2)




「あー……」


 リンドウが顎に手を遣り、小首を捻る。しばらく傍目にも過去を振り返っているのだと分かる仕草を続けた後で、納得いった様子で口を開いた。


「せやな。うん、確かにそんな風に思うてもおかしないか。会うたばっかりやもんな。まぁ、ええよ。で、何の話しとったんやった?」


「リンドウ、ふざけるな。渡り人の肉の話だろうが」


「ああ、せやったな。いや、ふざけとらんぞ。あんまり驚いたもんやから、一瞬頭おかしなってもうたみたいやわ。えー、それでな、さっきも言うたけど、肉を食うたらどうのこうの言うんは、なんや、言うなれば、そう、迷信や。世の中の大半の者はわしらみたいに迷信やと思っとる。けどな、誰がどう思うとるとかは、実は関係ないんや」


 誰がどう思ってるかは関係ない?


 よく分からず、首を傾げながらマツバラさんに顔を向ける。マツバラさんだけでなく、カタセ君もこちらに訝しむような顔を向けていた。


 全員意味が分からなかったようだと覚り、リンドウに向き直る。リンドウは俺たちの様子を見ていたのだろう、深々とため息を吐いて口を開いた。


「要するにやな、迷信や思うとったとしても、手ぇ出さずにおれん状況になったら、藁にもすがる思いで手ぇ伸ばしてまうっちゅうことや」


「うむ、そういうことだな。自分の愛する者が大きな怪我をしたり、不治の病を患ったと想像してみてくれ。渡り人の肉があると売り込まれたら、大枚叩いてでも買うことを視野に入れてしまわないか?」


「不老不死には大怪我や不治の病を治す効果もあるとか、そういう嘘偽りを適当に並べ立てて人の足元見た商売する輩が今でもおるっちゅうこっちゃ」


 マツバラさんが挙手する。


「なんや?」


「あの、その肉なんですが、話を聞く限りでは、渡り人のものだという確証が得られないんじゃないですか?」


 え、何で? あ、そうか。


 確かに偽装し放題だ。牛肉を見たことがない人に牛肉だと嘘を吐いて豚肉を渡しても、渡された方は牛肉を見たことがないから分かることはない。牛肉と豚肉は味も見た目もよく似ているという思い違いをするだけだ。


「あ、あー、ホントだ、そうっすよ! いくらなんでも酷過ぎやしませんか⁉ 別に本物じゃなくても商売が成り立つじゃないっすか!」


「そのとおりだ」


 スズランが険しい顔でそう言って首肯する。


「サクヤの言うとおり、十中八九、偽物やろうな。本物食おうが偽物食おうが、結果は同じなんやから」


「だが問題はそこではない」


「なんや、スズラン。わしら息ぴったりやな」


「喧しい。続けろ」


「へいへい。まぁ、問題は需要があるっちゅうことやな。それも、本物はそれと知る馬鹿がおるから価値が馬鹿高い。お前らからしたら嘘みたいに聞こえるかもしれんけどな、渡り人は、実は珍しい」


「え、いや、結構いるんじゃないっすか? あっちだと行方不明者の数かなり凄いっすよ? 千人とか二千人とか、普通に来て生活してると思ってたんすけど」


 俺とマツバラさんも頷く。だがリンドウとスズランは俺たちの様子が気に食わなかったのか、それともどう説明したものかを悩んだのか眉根を寄せた。


「そんなもん、ただ見つからんだけかもしれんし、お前らの世界でおっ死んどる可能性かて大いにあるやろ」


「加えて、仮にそれだけの数が来ていたとしても我々には知りようもない。ただ生存している可能性は極めて低いとは言える。先ほどの話もあるからな」


「そういうことや。あのな、お前ら皆生き残ったし、信じられんのも分かるけど、渡り人がこっちに来たなりに死ぬ確率は凄まじく高いんやぞ。そらものっ凄い高い。わしらが見つけて保護する前に死んどったり、食われとったりはザラや」


「それに、我々が関与できぬ土地に転移する可能性の方が遥かに高い」


「ほんまそれな。イノリノミヤ神教はかつての王国が所有する、っちゅうか、しとった一帯のみに根付いたもんやからな。わしら神職が守れるんは精々一国分や。この世界の広さを考えれば、どんだけの奇跡がお前らの身に起きたか分かるやろ」


 俺は挙手し、そもそもこの世界の広さを知らないと伝える。


「揚げ足取んなや。後で地図見せたるから」


 リンドウに切ない顔を向けられた。紛れもない意気消沈。その余りに低い声のトーンに、俺は思わず「すいません」と頭を下げずにいられなかった。


 沈黙。


 僅かな間を置いて、気不味い空気を振り払うようにスズランが口を開いた。


「そもそも、魔素溜まりに魔物が触れない場合もある。その場合は罠を張る魔物自体できん。罠を張る魔物ができたとしても、罠を張った場所に人がいなければ、いや、いても罠に掛からなければ渡り人など現れはしないのだ」


「つまり、俺たちはただ珍しいというのではなく、とんでもなく珍しい存在ということでしょうか?」


 マツバラさんの質問に、リンドウとスズランが「せや」「うむ」と短く声に出し深く首肯する。


「数年で一人保護できるかどうかと言ったところだ。それ故、希少だ。そしてその分危険が多い。偽物売りで満足する詐欺師だけならこんな心配をする必要もないのだが、手の施しようがない馬鹿も中にはいるのでな」


「生け捕りにされて、少しずつ肉を削がれて売られたりとかな。血も飲用にとるらしい。希少価値あると、そういうオエッ、こともオエッ」


 リンドウさん⁉


「オエッ、アカン、気持ち悪。自分で言うてサブイボ立ったわ」


 ええ……?


 リンドウが寒さを払うように両手で体を擦り身震いする。それから、んっんんっと咳払いして言葉を続ける。


「ああ、胸糞悪っ。で、うっぷ、話は最初に戻るけどやな、わしらはお前らに、そういった危険から身を守るだけの力を得て欲しいと思っとる訳や」


「無論、無理にとは言わん。だが、選択肢は少ないと思ってもらいたい。こちらから提示する案は三つ。一つ目はマモリ見習いとしてここに残ること。二つ目はアルネスの街で冒険者登録を行い、冒険者として生きること。三つ目はそれ以外の道を模索すること」


「別にマモリを選ばんかったとしても文句は言わんし、協力も惜しまんから安心してくれ。実際、一年くらい前に助けたった娘っ子はそうしたからな」


「ミチルだな。今はアルネスの冒険者ギルドで受付嬢をしている。とはいえ、決して弱くはないぞ。今の君らでは束になっても勝てんほどに強い。ただ心根が優しすぎてな。魔物を殺せなかったのだ」


 魔物を殺せないのに強い、という言葉が引っ掛かる。それでは魂格を上げられなかったということではないのだろうか。おそらく、俺と同じ疑問を持ったのだろう、カタセ君が「あの」と挙手して言葉を続けた。


「魔物を殺せなかったって、そのミチルさんは魂格が上がってないってことですよね?」


「せやな。ミチルは魂格一のまんまやな」


「でも、強いんですか?」


 カタセ君の質問に、リンドウとスズランが顔を見合わせ、首を捻る。俺たち渡り人組も、二人が何を理解できないのか分からず戸惑う。


「魂格を上げなくとも、鍛錬したら強くはなるだろう? 向こうではそうではないのか?」


「いえ、俺たちのいた世界は――」


 言い掛けて、カタセ君がハッとした顔をする。その後、空中を見つめて静止した。どうやら、ステボを凝視しているようだ。心で唱えて出したのだろう。


「なるほど、そういうことっすか」


「何、どしたの?」


「レベルは補正値でしかないんですよ。純粋な能力は自力で上げなきゃいけないみたいです。例えば、腕立て伏せをすると腕力の数値が上昇します。レベル、あ、魂格一だと補正はゼロなので、そのままの値になるんですけど、魂格二だと、一パーセントのプラス補正が掛かるって感じです」


 どういうこと?


「それは、ええと、つまり、鍛錬した魂格一と、鍛錬なしの魂格百だと、前者の方が強いということですか?」


 俺が頭に疑問符を浮かべている間にマツバラさんが、言葉を考えながらといった様子で訊いた。カタセ君が「はい」と頷く。


「飽くまで補正値次第なんで、まだ何とも言えませんが、極端な話、そうなりますね。けどこれ、かなり厄介すよ。多分、身体能力の成長は俺たちのいた世界と変わらない方法をとらなきゃいけないってことです。アスリートみたいに筋トレして能力の数値を上げないと、魂格を上げてもほぼ意味がないし、鍛錬を怠れば、身体能力の数値が落ちてくってことでしょうから」


 カタセ君はそう推測を述べたが、スズランによってやんわりと否定された。運動不足などによる体型の変化はあるそうだが、一度上がった能力値が下がることはほとんどないという。鍛錬で得た身体能力値は肉体ではなく魂に刻まれるのだとか。


 例外は、不随や欠損。この場合は激減、或いは斜線が入り数値の表示がなくなるとのこと。


「下がったとしたら、それは何らかの攻撃を受けていると考えるべきだ。闇術にはそういった類の術もあるからな」


「まぁ、術に関しては魔力の鍛錬方法教えるから好きにしてくれ。自由が一番やからな。基本は肉体の鍛錬や。能力が落ちんっちゅうんは分かったやろから、気張ってやってくれや。話は以上や。あー、スッキリした。ほんま憂鬱やったわ」


「そうだな。冷静に聞いてくれて助かった。ミチルのときは酷かったからな」


 リンドウとスズランの顔が青褪める。


「思いださせんなや……」


「す、すまん。反省が活かせたと思ってつい、な」


「まぁ、それは言えとるけどな……。ああ、ユーゴ、悪いんやけど、朝食の準備をするように、見習いに言うてきてくれるか?」


「分かりました。あ、それで、返事はどうすればいいんですかね?」


 リンドウとスズランがきょとんとする。


「返事? 返事て何のや?」


「いや、三つの選択肢の返事ですけど」


「あ、あーあーあー! せやな! いや、それはあれや、今すぐっちゅう訳やないから、じっくり考えてくれ」


「言葉少なですまない。我々も君らがどういった反応をするか分からず気が重かったのでな。なに実際は、既に一つ目の選択肢の中にいると考えてもらえばいい。マモリ見習いとして鍛錬しながら日々を過ごし、見習い期間を終えるまでの間に、冒険者になるかそれ以外の道を選ぶかを決めてくれれば構わん」


「そんなこちらに有利な条件でいいんですか?」


 マツバラさんが訊いた。俺もまったくの同意見だったので、何度も首肯する。するとリンドウは俺を見て苦笑し、頭を掻きながら口を開いた。


「そう思うなら、ユーゴ、もしマモリ以外の道選んだとしても、たまに飯作りに来てくれ。はっきり言うと、それだけを理由にお前にここにおってもらいたいくらい、お前の飯は美味い。あれが食えんようになるとは思いたくないなぁ」


 スズランがハッとした様子になり、俺に顔を向けるとぶんぶん音がしそうなほど頷いた。その尻尾はそれまでの様子と打って変わって、激しい動きを見せていた。



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