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12.真面目な話はするのも聞くのも難しい(1)

 



 この雲はどこからやってきたのか。


 昨日の晴れ渡る空が嘘のような空模様。厚い雲に覆われ、正に暗雲立ち込めるといった様子で、否が応でも幸せな気分を萎えさせられる。


 俺たち渡り人組は、用意されていたリンドウのものと思われる着物に着替えた。体格が似通っているから、全員よく似合う着流し姿になった。


 身支度を整えたかったので三人で玄関に行くと、人数分の草履が用意されていた。靴と違い覆われていないからか全員違和感なく履けた。


 外に出て、排水路の前で顔を洗い口をゆすぐ。手拭いで顔を拭きながら、俺は片手を上げて、先に身支度を済ませた二人が玄関に戻るのを見送った。


「今朝は結構です。リンドウ様がお呼びになっておられましたので、茶の間へどうぞ。そちらでお待ちになるそうなので」


 朝食を作りに台所へ顔を出すと少し緊張した様子でスミレにそう言われた。サツキも昨日と違い、表情が硬く見えた。


 様子がおかしい。


 まさかウイナとサイネが一緒に寝ていたことを咎められるのでは? と、不安な気持ちが膨れ上がっていく。


 いやまさか。そんな訳がない。不可抗力だし。


 小首を捻りながら廊下を歩き、茶の間の前に立つ。


「ユーゴです」


「おう、入れ」


 リンドウの返事を聞いた後で襖を開く。中には、並んで座るリンドウとスズラン、その向かいに食卓を挟んで座るカタセ君とマツバラさんの姿があった。


 リンドウが煙管を軽く振って座るように指示をしたので、俺はマツバラさんの隣にある空いた座布団の上に正座した。やはり昨日とは雰囲気が違う。カタセ君とマツバラさんの面持ちも、それを感じているのを窺わせる。


「今からするんは、ちと真面目な話や。お前らの今後に関わることやな」


「少々、驚くような話だ。心構えはしておいた方がいい」


 俺が座ってすぐに、リンドウが難しい顔で切り出した。後に続いたスズランも似たような表情をしている。俺たち渡り人組は、黙って話に耳を傾けた。


「まず、わしらからの提案や。お前ら、マモリになるつもりはないか?」


 は?


 藪から棒もいいところ。そんな思いが顔に出たのかもしれない。スズランが眉間を指で押さえ、かぶりを振ってから口を開いた。


「待て、リンドウ、それは気が早い。見てみろ。皆、猫人が気になる匂いを嗅いだ直後のような顔をしているぞ」


 猫人いるのか。しかもフレーメン反応もあるのか。


 緊張感がどこかへ旅立っていく。引き止めた方がよいのだろうか? 俺がそんなことを考えている間に、リンドウが煩わしそうに頭を掻きつつ口を開く。


「あー、せやな、すまん。話の運び方に問題があった。ただ、それも選択の一つやっちゅうことを分かってくれ」


「うむ、止めには入ったが、実のところ、拙者もリンドウと同じ気持ちでいる。できればマモリになる道を選んでもらえればありがたく思う」


 二人が軽く息を吐いて、居住まいを正す。


「順序立てて話すとな、お前ら三人には生きてもらいたい。そういう願いがわしらにはある。何でこんな話をするか、言うたらな、その、スズラン、言うてくれ」


「な、何⁉ 拙者が⁉ き、貴様が言う手筈であろうが!」


「り、臨機応変にやるて言うたやろ」


「そうやって貴様は、いつもいつも、拙者に損な役回りを押し付けて――」


 正した居住まいはどこへやら。それはあたかも子供への接し方で揉める父母の如く、ああでもないこうでもないと二人の言い合いが続く。


 俺たちは何を見せられているのだろうか?


 自分でも驚くほど静観に徹することができた。隣からも気配が消えている気がする。渡り人組は空気になることを選んだのだと覚る。


 ふと、リンドウとスズランが苛烈な言い争いを止めた。この部屋にいるのが自分たちだけではないと思い出したようだ。やや気まずげな素振りを見せた後で、再び居住まいを正して俺たちと向かい合う。


「渡り人の血肉は売買される」


 スズランが言い終えて間もなく稲光が走り、ドゴーンと雷の轟く音が響いた。


 何というタイミング……!


 絶句。


 俺たちの反応を見て、スズランの表情が腹立たしげに歪む。


「この世界には、度し難い馬鹿がいるのだ」


 話の内容よりも雷の落ちるタイミングに驚いたのはさておき、この言葉を皮切りに、スズランとリンドウが補い合うように話を進めた。


 渡り人は総じて能力が高いという特徴があり、その活躍に基づいた逸話が幾つか存在する。だがそんな逸話の中に一つだけ、渡り人が主人公ではなく、また活躍もしないものがある。


 タイトルは、大帝の最期。


 渡り人を食らうことで力を得ようとした、愚かな大帝ザラスの逸話だ。


 ホウライの肉を食えば不老不死。


 クンルンの肉を食えば不朽不滅。


 いつ、誰がそのような話を出したかについては分かってはいない。ただ、ザラス大帝は実際に存在し、ホウライとクンルンを捕らえ、その血肉のすべてを食らったことが記録として残っているという。


「何も得られず発狂し、心を病んで衰弱死したという事実とともに、な」


 そんな結果が残っているにも拘らず、いまだに渡り人を食べようと目論む馬鹿が大勢いるという。そんな物騒な話を聞いて、俺たちは固唾を飲んだ。


「ど、どうして減らないんっすか?」


「そんなもん、なんぼでも言い掛かりつけれるからに決まっとるやろ。例えば、せやな、ザラス大帝が効果効能を得られんかったんは、ちゃんとした手順を踏まんかったからや、とかな」


「手順って、その、食べ方のですか?」


「うむ。ある者は儀式が要ると言い、またある者は生贄が要ると言う。或いはその両方が必要だと抜かす輩までもがいる。他にも、生で食べねばならぬとか、二日三日おいて熟成させねばならぬとか、果てはテーブルマナーまである」


「テーブルマナー……!」


 渡り人組が驚愕の声を揃えた。どのようなものなのか非常に興味があったが、二人に目配せをすると、神経を疑うような顔でかぶりを振られた。話が進まないから止めておけこのサイコパスと彼らの目が言っていた。


「ほんま、よう思いつくもんやわ」


 呆れたように首を竦めるリンドウいわく、何の根拠もない与太話。金になると踏んだ詐欺師たちが広めた噂に過ぎないとのこと。


 それを聞いて、取り敢えずリンドウが俺たちを食べることはなさそうだと俺は安堵の息を吐く。


「なんや、あからさまにホッとした顔しよって。わしらが取って食うとでも思うとったんか?」


「ああ、いや――」


 俺は慌てて両手を前に出して振り、否定する。だが、ここで嘘を吐くのは余りに失礼な気がして、すぐに頭を下げた。


「すいません、思ってました。まだ会って間もないですし、何というか、ここまで良くして頂いて失礼な話なんですけど、それが逆に疑わしかったというか」


「なっ――!」


 スズランが目を見開いてわななき、リンドウは呆れて物が言えないといったような表情で鼻を鳴らした。


「人なんか食うか、阿呆。考えただけで怖気が走るわ。この顔見たら分かるやろ。後光差しとってもおかしないぞ」


「そ、そうだぞ! 後光はさておき、今のは流石に聞き捨てならんぞ!」


「はい、重ね重ね、すいません。どうも善意には裏があると思ってしまって」


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