113.ダンジョンはゲーム感覚で入る場所ではない(1)
向かいの部屋の扉をノックし、出てきたサクちゃんを誘って宿の食堂へ。
いつも通り目立たない隅のテーブル席に着き朝食セットを注文。
すぐに運ばれてきたパンと腸詰めと野菜のスープを食べながらフィルは淡々と話し始めた。
フィルはウェズリーの街を訪れてから、俺の知らない間に情報収集に努めていたらしい。
情報の入手先は基本的には冒険者ギルドの職員や友好的に接してくる冒険者たちらしいのだが、このウェズリーの街の冒険者ギルドはアレだったので大した情報を得ることができなかったという。
それで空いた時間は宿の最寄りの本屋に入り浸ったそうなのだが、そこの店主をしている老いたドワーフの女性や学者風の客たちが博識で、色々と情報を与えてくれたとのこと。
「多分、彼らに聞けば、従魔の勾玉に似通った性能を持つアイテムの入手法が分かると思うんだよね」
「おおー、流石だねー」
俺はそう口に出してしまうくらいには感心していたのだが、サクちゃんはまるで無関心な様子で黙々と食べ続けていた。
「サクちゃん、君はフィルの情報収集能力の凄さに感動しないのかい?」
「なんの話か分からんからな。聞きながら把握しようとしてる」
素っ気ない態度だったのは俺たちが説明を怠っていたからだと判明。サブロは現在部屋でお留守番中なので、余計に意味が分からないだろうと思う。
朝食を済ませた俺たちは、二手に分かれた。事情を説明する為に、俺とサクちゃんはサブロの待つ部屋へ。フィルは本屋に情報収集に向かった。
「なっ――!」
部屋の扉を開けた直後、サクちゃんはそんな声を上げて硬直した。サブロは床に座っていたが、俺たちを見ると嬉しそうに笑って両手を振った。
「ピギー」
サクちゃんが部屋に入って行き、ウイナちゃんにするようにサブロを片腕に載せて抱っこする。サブロも人懐っこいので、嫌がる素振りはまったく見せない。
「ユーゴ、これはどういうことだ?」
「見ての通り、一日で大きくなっちゃったんだよ」
「何か特別なことをしたのか?」
俺は「いや」と肩を竦める。
「思い当たるのは魂格を上げたことくらいだね」
サクちゃんがサブロを高く持ち上げる。サブロは飛んでいる気分を味わっているのか、ギャピギャピ鳴きながら大喜びしている。
「一日でこんなに……」
呆然とサブロを見つめていたサクちゃんの顔に決意めいたものが表れる。
「よし、決めた。俺も従魔を持つ」
「ん? んん? 突然どうしたのサクちゃん?」
戸惑う俺に、サクちゃんがきょとんとした顔を向ける。
「何だ? 何かおかしいか? 従魔を持つことを決めただけだが」
「いや、決めたって言っても、従魔を得る方法が分からんでしょうに」
「大丈夫だ。要は懐いてくれる魔物と出会えば良い訳だろう? なら魔物がいる場所に向かうだけだ。サブロみたいな可愛い感じの魔物がいる所にな」
サクちゃんがサブロをベッドの上に置き、隣に腰を下ろして撫で始める。
「はぁー、もう完全に竜の子供だよなー。格好良いよなー」
「ああ、サクちゃん、竜が好きなんだ。それでか」
俺はサブロを挟んでサクちゃんの隣に座る。撫でられて目を細めているサブロのお腹を指の腹で掻くと、サブロはコテンと寝そべった。
もっと掻いて、とねだっているように見える。サクちゃんがそんなサブロの様子を見て微笑む。
「竜は、そうだな、好きだな。だが、竜に限ったことじゃないんだよ。特殊な生き物に憧れてるんだ、俺は。例えば、北欧神話に出てくるフェンリルとかスレイプニル、エジプトだとホルス、国は知らんが、グリフォンやフェニックスとかな」
「なるほどー。神話好きだったんだね」
「ああ。今じゃ考えられんが、子供の頃は幻想世界を夢見てたんだよ。小学生の頃なんて、飼ってた猫が寝て起きたら虎みたいに大きくなってるんじゃないかって真剣に思ってたからな」
サクちゃんが眉を下げて笑う。
「どうせなら、虎みたいな魔物を従魔にしたいな。昔夢見てたことが、ここなら現実にできる。虎なら背中にも乗れそうだしな」
「じゃあ、従魔の勾玉が二つ以上は必要になるってことだね」
従魔の勾玉? とサクちゃんが訊き返してきたので、それに関しての説明をする。事情を話し終える頃に、扉が三度ノックされた。
返事をすると、扉が開いてフィルが部屋に入ってきた。
「分かったよ。ウェズリーダンジョンでも四十階層で従魔の勾玉がドロップするみたい。共通レアドロップなんだって」
「共通ってことは、どこのダンジョンでも落ちるってこと?」
フィルが自分のベッドに腰を下ろして「うん、そうらしいよ」と首肯する。
「アルネスダンジョン四十階層限定レアドロップは『狂気の山高帽』と『気狂い曲芸師のナイフ』で、どっちも装備すると巧力が十上昇するんだって」
「え、能力値上昇すんの⁉ ドロップ装備凄くない⁉」
「そうなんだよ。盲点だったけど、階層主って結構良い物落とすみたいでさ、特に三十階層は人気。四十階層以降は事故死する確率が高いのと苦労に見合わないから不人気なんだって」
ウェズリーダンジョン四十階層の主であるマーダードールベアのレアドロップは『ドールコア』と『殺人熊の手』とのこと。ドールコアは人形の核にすると命令可能な無機物生命体を作れるアイテムで、殺人熊の手は手袋型の武器らしい。
「レアドロップがあるってことは通常ドロップもあるってことだよな?」
「うん、ある。だけどそれは周回してれば嫌ほど見ることになると思うから、人目の少ない今のうちにダンジョンに向かっちゃおう。サブロは目立つから」
「ちょっと待って、周回って?」
「従魔の勾玉がないと、サブロが目立ってしょうがないでしょ? 魂格が上がる度に大きくなるとしたら、宿に泊まるのも難しくなっちゃうんだからね」
言われてハッとした。確かにそうだ。闇竜というくらいだからかなり大きく成長しても不思議はない。外に置いて自分だけが街に入ると言うのも忍びないし、何より心配だ。結局は従魔の勾玉を入手する必要があるという訳だ。




