111。大きくなっちゃった(1)
なんだか胸の辺りが重くて目が覚めた。
寝ぼけ眼を向けると布団の上に中型犬ほどの大きさがある黒い塊が乗っていた。その塊は、俺が動いたことに反応して「ピギッ」と鳴いて顔に飛びついてきた。
「わぷっ⁉」
俺は軽い恐慌状態に陥りつつも、その生き物を両手で掴み顔から引っ剥がす。仰向けになって高く持ち上げると見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
「まさか、サブロか⁉」
「ピギー」
はっきりと笑んでいるのが分かる顔で、サブロが嬉しげに鳴きながら頷く。たった一日で随分と大きくなった。重さは体感二十キロくらい。頭の側面には小さな曲がった角が二本。蝙蝠のような翼まで背に生えている。
「んー、うるさいよユーゴ? げっ⁉」
フィルが隣のベッドからそんな声を上げた。
「いや、分かるけど、『げ』はないだろう。サブロが傷つく」
「サブロなのそれ⁉」
フィルがベッドから降りて駆け寄ってきた。俺は半身を起こしてベッドで胡座を掻き、サブロを隣に下ろす。サブロは寝そべるような状態だったこれまでとは違い、尻尾を支えにしてしっかりと座った。竜のぬいぐるみのようだ。
「うわ、本当だ。顔はサブロだ。骨格から変わってるけど」
「うん、どう見ても二足歩行になってるからな」
言いつつ、サブロのステボを開いて確認する。昨日のダンジョンで魂格が十二まで上がったが、心当たりがあるとすればそのくらい。
「魔物の成長って魂格依存なのかね?」
「知らないよ。でも目の前で起きたんだから、そうなんじゃない?」
フィルがサブロを撫でてウフフアハハしているのを横目にスキルを確認。
【ダークボール】と【ファイアブレス】と【ダウン】。
【ダークボール】は最初から持っていたスキル。チエとの戦いでサブロが放ってくれた黒い球。説明は『闇属性の攻撃』としかない。
【ファイアブレス】と【ダウン】が新たに習得したスキル。それぞれ『火炎の息吹による攻撃』と『対象の能力値を落とす』ということらしい。
【ファイアブレス】は無理だが【ダウン】はここで使っても大丈夫そうだ。俺も使うことがありそうだし、どのくらい効果があるのかを知っておきたい。
「フィルよ、検証を頼めるか?」
「え、何の?」
俺はフィルの脇に手を入れ高く持ち上げる。その状態で自分に【ダウン】を掛けてみる。薄っすらと黒い煙が周囲に漂いすぐに消える。脱力感に襲われ、重みが増したように感じた。
「何してんの……?」
「体感で確認中」
冷めた顔で訊ねてきた宙ぶらりんのフィルにそう答え、自分のステボを開く。思いのほか能力値が下がっていた。ざっと計算してみる。
は⁉ 二割引き⁉
スーパーのチラシでも見たかのような言葉を心で叫びながら、よく確認する。固定値で能力値が落ちる訳ではなく、全体が割合で落ちている。
ついでに重複できないかを試してみたが、それは不可能なようだった。
「ん? 待てよ?」
「ねぇ、さっきから何してんのさ? 僕は洗濯物じゃないんだけど」
「いや、ちょっと実験中なんだよ。サブロ、俺に【ダウン】を掛けてくれ」
サブロは困ったような顔で小首を捻る。俺に攻撃したくないようだと覚る。
「実験だから大丈夫だ。かけてくれ」
渋々といった様子で、サブロが俺に【ダウン】を使った。能力値が二割落ちた状態から更に二割低下していた。
どうやらサブロと一緒なら重ね掛けができるようだ。これはとんでもない力を得たなと思ったが、すぐにまた二割に戻る。
「あ、そうか、効果時間」
確認してみたところ、十五秒ほどだった。魔力消費量も一回につき五十と結構多め。三属性融合だからかやたらと消費量の多い【迅雷】と変わらない。
「で、実験は終わった?」
「うん、終わった。能力値減衰スキルの効果を試してたんだ。ところでフィルよ、ある数値の二割引き後の二割引きってどうなる?」
「えーっと、三十六パーセント引きくらいじゃない?」
フィルが少し考えた様子を見せて答え、ハッとした顔をする。
「まさかそんなに減衰させられるってこと⁉」
「十五秒くらいだけどね。でも基本は二割だろうな」
興奮して唾を飛ばし始めたフィルを下ろし、代わりにサブロを抱っこする。撫でるとつぶらな黒目を閉じて笑う。ちょっと重量感が出て迫力も増してしまったが、まだまだ可愛い。
しかし、これはもう肩に乗せるのは難しいな。どうしようかね。
従魔の証であるブレスレットは無事だった。左前足、というか今は左腕と表現した方がしっくりくるその手首に緩めて巻いてあった。
おそらく成長を予期したサブロが自分で外し、成長後に付け直したのだと思う。俺でも巻き直すのが難しそうだと思っていたのに、上手く巻き直されていた。
俺の視線に気づいたのか、サブロが誇らしげに胸を張り、従魔の証を見せてきた。
ちゃんと巻けてるでしょ、褒めて褒めて、と言っているように感じたので「よーしよしよし」と全身を撫で回してやる。
サブロはくすぐったいのかギャピギャピ鳴きながら転げ回る。可愛い。
「ユーゴ、思ったんだけどさ、こんなに大きくなっちゃったら、サブロはもう肩に乗せられないんじゃない?」
「うん、それは俺も考えてた。だけど隣を連れて歩くのも歩幅が違いすぎるからね。こっちに合わせて無理しちゃうだろうし、どうしようかなって」
そんな会話をしていると、サブロがいそいそと俺の手から逃れて立ち上がり腕組みした。誇らしげに胸を張って、鼻息をふんすと吐き出す。




