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11.五十六の名言と希望ある推測で迎える幸せな朝(2)




「待った! カタセ君、ちょっと待った、整理させて」


「俺も、少し、時間が欲しいです」


 正直、戸惑った。リンドウから受けた説明を思い返し、どうしてこの可能性に気づけなかったのかと震えた。


 道理でイノリノミヤ神教の教えに山本五十六の名言が出てくる訳だ。


 カタセ君の推測は、的を射ていた。あり得なくはないという話ではなく、それで間違いがないと思わせられるほどに説得力があった。


 カタセ君は、イノリノミヤ様が、イノリ・ノミヤという渡り人ではないかと言ったのだ。そしてそれは、俺たちの世界で行方不明になったイノリンというネットアイドルの可能性があるという。


「ステボの表示もそうだけど、こっちって、姓と名前と逆にするじゃないっすか? それで、イノリノミヤって聞いたとき、中で分けたらそうなったんすよ」


「そのノミヤさんって、有名な人だったの?」


「元々の知名度は高くなかったみたいっすね。事件になってから知られた感じかと。俺もそれで知って、問題になった動画も見ました」


「ああそれ、俺も見ました。フェイクじゃないかとか、オカルト扱いというか、結構賑わってましたよ」


「テレビや新聞でも取り上げられて、野宮伊乃里って本名も公開されてましたね。十七歳の現役女子高生っていうのも話題になった理由っすかね」


 事件が起こるまでは、視聴回数が三桁の動画配信者だったらしい。それがライブ配信中に突然周囲を見回し始め、意味不明な発言を繰り返して消えたことで、一躍時の人となったとのこと。


「そのとき『何これ、泡が出てる』とか言いながら、手で振り払うような動きをしたり『皆は見えてないの?』とか言って怯えてて、それで一瞬でスッと」


「消えたの?」


「ええ、椅子から立ち上がってすぐ」


「何それ俺じゃん! それ俺と同じじゃん!」


「そうなんっすよ。カガミさんの話があったからこの部分がガッチリ繋がっちゃったんすよ。だからややこしくなっちゃったんです」


 イノリノミヤ神教ができたのは五百年ほど前のこと。野宮伊乃里が行方不明になったのは半年ほど前のことらしい。


「かなり大まかな計算なんすけど、最初は、向こうの一ヶ月が、こっちの百年くらいになるんじゃないかって考えたんすよ。けど、実際はそうじゃないってことが、マツバラさんの話で分かったんです」


「俺は、西暦二〇二二年から来たんです」


「は⁉ 一年先⁉」


 マツバラさんは未来人だった⁉


「カガミさんが料理してる間、二人で話してたんすけど、なーんか噛み合わなくて、それでこっちから質問したら、日付は同じだけど、ここに来た年が違うって分かったんすよ」


「どの年代に転移するのかは、ランダムってこと?」


「それは分からないっすけど、俺たち、というか、渡り人にとってすごく親切な状況が整えられてるじゃないですか。だから、イノリ・ノミヤが同郷の、あー、転移者の為に環境を整えてくれたのかな、と」


「んー、五百年前に十七歳の女の子が一人でこの世界に転移して、しかも半年くらい前ってことは冬でしょ? それで俺と同じってことは海から出てて、そこで下手したら歳も食われてるから、子どもがあんな魔物から逃れて生き残るって……」


「言いたいことは分かります」


 マツバラさんが察してくれた。かなり無理がある。少なくとも、リンドウの助けが入らなければ、俺たちは生きてはいない。推測に推測を重ねることになるが、十七歳より下の年齢になったと思しき少女がたった一人で生き延びられるとは到底思えない。


「ね? ややこしいでしょ?」


「確かに、ややこしいね。同姓同名の別人だって言うなら、こうはなってないよね。屈強な筋トレ女子って訳でもなかったんでしょ?」


「動物好きの、華奢な女の子って感じっすね」


「運動苦手とか言ってたような」


「うわー、でも色々と合致してるんだよねぇ。十代以下の少女が死ぬ思いで頑張って、神として崇められるところまで上り詰めたって、これ相当キツい話だよ」


 俺は頭をわしわしと掻きむしる。もしそうだとしたら、イノリ・ノミヤは一体どれほどの苦労をしただろうか。


 この安穏とした環境が、たった一人の少女の力によって作られ、俺たちに与えられたのだと思うと、どうしようもなく不甲斐ない気持ちに苛まれる。


「カガミさん、まだ続き、というか、こっからが本題なんすけど、俺の考えだと、まだイノリ・ノミヤは生きてる気がするんすよね」


「は⁉」


 俺とマツバラさんは二人で驚きの短い声を重ねた。そこからのカタセ君の推測は、突拍子もないにもほどがあるものだった。だが、やはり視点が鋭く、絶対にあり得ないとは言い切れなかった。


 カタセ君の着目点は、イノリノミヤ神教が行う魔素溜まりの対処にあった。そもそも、イノリ・ノミヤは何故それを行なおうと思ったのか。


「魔素溜まりに触れた魔物が、俺たちの世界と、この世界とを繋ぐってリンドウさんが言ってたじゃないっすか? 大きくなり過ぎると異世界と繋がるとも言ってましたよね? だから、魔素溜まりを使って、元の世界に戻る為の研究とかしてるんじゃないかなーって。ほら、俺たちが見たときも、なんか、上に吸い上げられるみたいに消えてったでしょ? ああやって、どこかから魔素を集めてるんじゃないかって思うんすよ」


 魔素はこの世界のどこにでもある。集まりすぎても魔素溜まりができて危険だが、なくなると土地が枯れ、魔素欠乏により動植物が死ぬなどの深刻な被害が起きてしまう。


 人為的に集めるなどしない限り、魔素がなくなるということはあり得ないので、仮にそういったことが起きた場合は原因究明が急がれ、結果次第では戦争にまで発展する。


 リンドウはそう言っていたが、それならイノリノミヤが魔素溜まりを消滅させた場所はどうなるのか。カタセ君はそんな疑問を抱いたのだという。


「消滅させたんじゃなくて、問題がない量になるまで吸収したって考えれば、辻褄が合ってくるんすよ。どうすかね、これ」


「いや、でも、五百年だよ?」


「普通、死んでますよね」


「そこは『異世界だから』で説明がつくとこなんで。不老不死の食べ物とか、術とかもあるかもしれないでしょ」


「うっ、それを言われるとなぁ……」


「何でもありになる気が」


 俺とマツバラさんが唸っている間に、カタセ君は大あくびをして「ま、所詮は推測っすよ」と言って横になった。


「真実はどうあれ、まずは生き残る力をつけなきゃなりませんからね。帰れるかもしれないって希望があった方が、前向きになれると思いません?」


 それじゃ、俺はそろそろ寝ます。カタセ君はそう眠たげに言ったのを最後に口を開かなくなった。間もなく聞こえてきた寝息を耳にして、俺とマツバラさんは顔を見合わせて苦笑し、おやすみなさいと挨拶を交わして眠りに就いた。


 翌朝、俺とマツバラさんの間でウイナとサイネがすやすやと寝息をたてていた。何事かと驚いて慌てたが、先に起きていたマツバラさんが顔の前で人差し指を立てたことに気づき、俺は声を出さずに頷いた。


 この小さな狐人たちが、少しでも長くささやかな幸せを味わえますように。


 微笑ましい寝姿を見てそんな風に願いながら、二人が起きるまで静かに見守った。


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