107.冒険者ギルド立てこもり事件(3)
「ユーゴ、どうしたの? 大丈夫?」
フィルが心配そうな顔で訊いてきた。どうやら、俺の具合の悪さは外見にも表れているようだ。サクちゃんも訝しんでいる。俺は手振りだけで二人に問題ないことを伝え、ヤス君に訊ねた。
「ヤス君、探知だとどんな状況?」
訊かれたくなかったのだと思う。ヤス君は視線を逸らして表情を暗くした。
「二人、動かなくなりました。おそらくもう……」
俺は「分かった」と頷いた。そして冒険者ギルドの出入口へ向かい歩く。
「ユーゴさん、どうするつもりっすか?」
「誰かがやらなきゃいけないなら、俺がやるよ」
最も単純な解決策。それは殺すこと。人質がいるからと手を拱いていたのでは被害者が増えていくだけ。そんなことはヤス君にだって分かっていたはずだ。
だがそれをしなかったのは、殺人に抵抗があったから。
俺を含め、うちのパーティーメンバーは皆そうだ。どのような状況下に置かれても、その一線だけは越えなかった。
魔物化した者を手に掛けたことはあったが、それは止むにやまれずだ。救えないから、そうせざるを得なかったというだけで、望んでやったことではない。
チエもそうだ。殺したい訳ではない。だが救えない。救いようがない。人に害をなす魔物とどこが違うというのか。サブロの方がよほど人間味がある。
俺はチエを殺す覚悟を決めていた。誰もできないというのなら俺がやる。あれは外見が人なだけの魔物、いや化け物だ。
そういった思いで足を進めたのだが、困ったことに俺の頼れる仲間たちが全員ついてきた。サブロまでが「ピギッ!」とやる気を見せる始末。
「最後の手段、だと思ってたんすけどね」
「皆そうだろ」
「ユーゴでもどうしようもないんだから、諦めもつくよね」
「え? 俺に期待してたの?」
当然、という返答が揃う。俺は頭を掻いて苦笑する。
「そりゃ申し訳ない。ただ命を奪うことが最善だと思う。捕縛できるに越したことはないけど、その後のことを考えると、ここで始末をつけた方が絶対に良い」
「同感だ。おとなしく牢に入っているとは思えん。逆恨みされて逃げられでもしたらまた被害者が出る。となると、あとはルードが通してくれるかどうかだが」
背に声を掛けようとしたところで、ルードに手で止められる。
「撃って、きます」
ルードが呟いた直後、また火球が現れた。ルードはそれを手で払い消し去る。
「僕は、動け、ません。人が、大勢、いるので」
あ、そういうことだったのか。
ルードが出入口の前で仁王立ちしていたのは、逃さない為だけでなく、チエの視界を狭める目的もあったのだと気づく。確かに、野次馬を標的にされたらたまったもんじゃない。
というより、ルードは自分を囮にしているように感じた。
チエの性格的に、許しておけない存在はルードだ。敢えて自分が目の敵にされるような振る舞いをしてきたと思えば、謎の行動も理解できる。
だが、そんなことは結果が分かってないとできない。
とすると、ルードは予知能力でもあるとか?
いや、俺が考えすぎているだけか。
そんなことを考えていると、ルードが「予言」と言った。俺は耳を疑う。
「予言⁉ ルード、どういうことだ⁉」
「予言は、予言です。僕、だけじゃ、大勢死ぬ。ユーゴたち、だけでも、大勢が死んで、しまう。そういう、予言を、昔、されました」
「誰に⁉」
「それは、後で、話します。僕が、この、斧を投げたら、突撃、してください。皆さんが、この街を救って、ください」
言い終えるなりに、ルードが半月斧を振りかぶり、投擲した。赤い閃光が走り、凄まじい衝撃音が鳴り響く。
その音と半月斧の着弾点を中心に発生したと思しき強い向かい風に襲われ、俺は咄嗟に薄く目を閉じ防御姿勢を取った。
暴風に乗って細かな石粒と砂塵が飛ぶ。それが体に当たるのを感じながら風が収まるのを待つ。野次馬の喧騒が五月蝿い。悲鳴も上がっている。だがそれよりもチエの騒ぎ立てる声の方が耳につく。
混乱しているうちに仕留めなければ。自爆なんてされてたまるか。
冒険者ギルド内は煙幕が放り込まれたように視界が悪くなっている。だが風は弱まった。俺は中へと飛び込み、カウンターに向かって駆ける。背後からも駆ける足音が聞こえる。皆ついてきていると覚る。
不意に、火球が目の前に出現した。猛烈な熱が肌を焼く。俺は《陰陽盾》を発動し、火球の左側を受け止め身を躱す。
軽い破裂音が鳴り、歪な半球となった火が横を通り過ぎる。顔だけで振り向くと、その射線にはヤス君の姿が。
「ヤス君!」
「分かってます!」
ヤス君が目の前に《箱庭》の出入口を出して姿を消す。直後、半分になった火球の後ろ側にまた出入口が生じヤス君が駆け出てくる。
「チエを《箱庭》に落とします!」
「分かった! 人質は――」
「僕が行く! サクヤ手伝って!」
「OK! 人質は任せろ!」
フィルが叫ぶように言ったとき、チエの苛立った叫び声が響いた。
「なんで死なないのよ⁉ 死なないとおかしいでしょ⁉ ここは私の世界なんだからぁっ!」
小型の火球が連続で飛んでくる。ローガが使った術だ。標的が無差別になるのを考慮して使ってこなかったようだが、もうどうでもよくなったようだ。
速度も威力も、ローガと同程度。ただ量が多い。途切れなく飛んでくる。
俺は《陰陽盾》と拳で火球に対処。ヤス君の盾になりつつカウンターまで歩く。
電撃作戦の予定だったが、もう駆け寄れるほどの余裕はない。
「ヤス君、チエは⁉」
「大丈夫、捉えてます! このまま真っ直ぐ!」
声は聞こえるが、塵埃で視界が悪く、チエは目視できていない。《箱庭》の射程圏内になるまで、チエが馬鹿をしないことを祈るしかない。
「死ね! 死ね! 死ね! もういい加減にしてよ!」
「お前がな!」
言い返した途端、俺の目前に火球が表れた。予想はついていたので《陰陽盾》で対処しつつ躱す。が、躱した先にも火球があった。
「あーはははは、引っ掛かった!」
チエの耳障りな笑い声が聞こえる。やばいと思った瞬間「ピギーッ!」とサブロが鳴いた。小型の漆黒の球が現れ、火球に衝突し押し合う。
極僅かの間ではあったが火球が停滞した。
ナイス、サブロ!
焦熱を《冷涼薄霧》で緩和。サブロが漆黒の球を発動すると同時に俺も術を使っていたが、焼け石に水もいいところ。
僅かに生まれた余裕で《念動力》を使い押し返すが止まらない。肌に疼痛が走る。早く躱さなければ。
熱っ! 駄目だこれ避けきれん!
サブロを庇うことを考えたところで、すっと床が抜けた感覚。体が落下の浮遊感に見舞われる。ヤス君が《箱庭》に落としてくれたのだと覚る。
危なげなく着地したところで、出入口が開いてヤス君が中に入ってくる。
「ひゃー、ありがとう、助かったよ! マジで死ぬかと思った!」
「冗談抜きで冷や汗もんでしたよ。サブロがいなかったら間に合ってなかったっす。チエやばいっすわ。手数多すぎ。でもここから転移した先で射程圏内なんで、出てすぐ《箱庭》に落とします」
「あ、じゃあ俺は残るよ。後で皆で入ってきて」
ヤス君が「了解っす」と首肯して出て行く。
本当は、ある程度距離を詰めたところでヤス君から預かっていた《天眼芯》をチエに向かって投げるつもりだった。
そこに転移したヤス君が、チエを《箱庭》に落とすという作戦をひっそり抱えていたが、実際はそんな余裕もなかった。
侮っていた訳ではないんだけども……。
こんなことなら突入前に投げておくべきだったかもしれない。と振り返りつつ《箱庭》に入った瞬間ポケットから消失した《天眼芯》のことを思う。
ま、いっか。もう落とせるくらい近づいてるし。
あ、そうだ。
俺はふと思いつき《過冷却水球》を《箱庭》の中央に設置した後で魔力を注ぎ続けた。イメージ通り《過冷却水球》が徐々に肥大化していく。
五秒ほどで天井に出入口が出現してチエが悲鳴を上げながら降ってきた。
《過冷却水球》は直径七十センチほどに成長している。後はその中に体を収めてもらえれば氷結拘束できるのだが、気づいたチエが小型の火球を生成し連射した。
くっそ、やられた!
忌々しく思っているうちに大型《過冷却水球》に幾つもの小型火球が直撃。その衝撃により大型《過冷却水球》は飛散した。
かに見えたが、そうなったのは一部分だけ。残りは鋭く尖った氷柱のオブジェに変化しその場に留まった。
あっ――。
チエはその氷でできた剣山のようなオブジェに足から落下した。着地した瞬間、滑って前のめりになり、歪で鋭い氷塊に顔面を強打。鈍い打撃音が鳴り鮮血が散る。
「いぎゃああああ⁉」
チエが悲鳴を上げた。両目と首に氷柱が突き刺さっていた。俺が氷結解除する前に、手足をばたつかせながら、突き刺さっている氷柱をズルリと引き抜いてしまう。夥しい量の血が噴き出し《箱庭》の中が赤く染まる。
とてもではないが、見れた光景ではなかった。顔は打ちつけたことで潰れ、眼球も抜け落ち失っている。首は抜くときに無理に力を加えたことで抉れていた。
氷漬けにできれば捕縛も可能かもしれないと思ってしたことが、直視できないほど凄惨な現場を作り上げてしまった。だがそれもチエ自身が招いたこと。抗わずに氷漬けになっていればこんなことにはなっていなかったはずだ。
出血が酷すぎる……。回復術を使ったとしても、もう助からないな……。
事故死。自業自得な最期。そう思えたので罪悪感はなかったが、チエの壮絶な最期と断末魔が記憶に焼きついた。しばらくうなされるかもしれない。
不快感を胸に眺めているうちに、チエが仰向けに倒れていった。事切れたのかと思ったが、胸に手を当てて何かを呟いたのが聞こえた。
聞き間違いじゃなければ「死ね」と言ったような……。
まさか――!
壁に出入口が生じた。俺はそこに向かって駆ける。ヤス君が入ってきたが、押し出すようにして《箱庭》から飛び出す。
「痛っ、なっ、なんす――」
冒険者ギルドの床に二人で倒れ込んだ刹那、背後で爆発音が鳴り響いた。
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