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105.冒険者ギルド立てこもり事件(1)




 ずっと謎だと思っていたことがある。それは、闇術の《影転移》について。


 俺の知る限り、使えるのはリンドウさん、サイガ組のレインさん、そしてラグナス帝国の工作員と思われる、ハンを名乗る黒いローブの男。この三人のみ。


 ヤス君は使うことができなかったと言った。いや、俺たち渡り人組は術についての知識を得ることが遅れた為に、特殊な形で術を開発行使するので除外しよう。


 閑話休題。


 魔物化の呪いを完成させた工作員は十二年もアルネスの街に滞在していた。


 呪いというからには、闇属性を得ていたはずだ。にも拘わらず《影転移》を習得できていなかった。


 という訳で、闇術の《影転移》は習得難度が高いのだろうという結論に至った。の、だが、これは以前から頭の片隅にあったことなので置く。


 本題はもう一つ思っていたことの方。それは《影転移》には使用時に条件があるのだろうな、ということ。それが今回の件でよりはっきりしたように思う。


 人身売買。これが行われたことが鍵。


 というのも《影転移》を無条件で行使できた場合、ラグナス帝国から他国に転移し、適当に国民の手を掴んでまたラグナス帝国に戻るという行為を繰り返すだけで、延々と人攫いを繰り返すことができてしまうからだ。


 こんなことが可能なら、人身売買の必要などなくなる。なので、それを行っていない時点で、何らかの制限があると見て間違いないと思った次第。


 これは重要なことだと思い、帰りに立ち寄る予定のリンドウ邸で、皆で楽しく食事でも食べながら、それとなくリンドウさんに訊いてみようと心に決めていたのだが、それを行う前に、図らずも《影転移》について知ることとなった。


 時は少し遡る――。


 衛兵詰所から解放された俺は、まずは宿に向かった。皆と別れたのは四時間前、流石にもう用事を済ませて帰っているだろうと思ったからだ。


 だが、宿に着き受付で確認したところ誰一人として戻っていなかった。


 これは何かあったに違いないと思い、大急ぎで冒険者ギルドに向かったのだが、付近に到着してみると人だかり。何やら騒然としていた。


 なんだなんだ?


 近づいて背伸びし、人だかりの向こうを確認して目を疑った。


 扉の破壊された出入口の前で、半月斧を手にしたルードが仁王立ちしていたのである。


 後ろには、ルードを支援するように構える俺の仲間たちの姿。その様子からは、絶対に冒険者ギルドの中からは出さんぞ、という気概が感じられた。


「ちょっ、何やってんの⁉」


 人混みを強引に掻き分けて声を掛ける。真っ先に気づいたのはフィルだった。


「あ、ユーゴ! あいつがいたんだよ!」


「何⁉ あいつが⁉ くそっ、こんなところにいやがったか!」


「そうなんだよ! もうびっくりしちゃって!」


「確かに驚きだ! それでフィルよ、あいつって誰だ?」


 フィルがぽかんとした。間もなく、自分の天然ぶりに気づいたのか口を手で覆って身を震わせた。


 顔を赤くし、怒ったような恥ずかしいような様子のフィルを見ながら、俺は人垣を押さえている衛兵に通してもらい仲間と合流した。


「フィル君、興奮しすぎっすよ。そんなだからユーゴさんに遊ばれちゃうんす。あいつの一言で分かるほど察しが良い人じゃないっすよ、ユーゴさんは」


「駆けつけ悪口ごちそうさま。あいつで分かる方が異常だよ。で、誰なの?」


「指名手配中の黒いローブの男っす。顔はしっかり覚えてましたんで」


「もう見る影もないがな」


 出入口の側に、顔の腫れた男が倒れていた。巨大で歪な人型サツマイモに、冒険者ギルド職員の制服を着せてあるように見える。


 いや、赤黒いじゃがいもにも見えるな。特殊メイクみたいだ。


 普通なら、うわなにあれ怖い、となる光景なのだろうが、あまりに浮世離れしているので驚くほど何も感じなかった。うん、やっぱり赤黒いじゃがいもだ。


 体はロープで簡単に拘束されており、術封じの呪符が何枚か貼られている。その側には衛兵。戦乙女隊ではなくウェズリーの街の正規兵が二人。他にも十数人の衛兵が野次馬を押さえている。


 見えねぇ邪魔だ、誰だ足踏んだ奴は、誰よお尻触ったの、と喧々囂々(けんけんごうごう)。人垣から抜ければそういう目にも遭わんだろうに。


「状況がまったく分からんのだけど、何でこんなことになってる訳?」


「あ、それはね――」


 四時間前、俺と別れた三人は、予定通りルードにサラマンダーを届けに冒険者ギルドに向かった。その道すがら、たまたま通りがかったルードと合流し、捕れたてほやほやのサラマンダーを麻袋ごと引き渡したそうだ。


 本来ならば、ここでルードに感謝されつつ、じゃあまたね、で終わる話だったのだが「ここまで手伝ったんだからさ、どうせなら事の顛末を見届けようよ」というフィルの言葉で、ルードと共に冒険者ギルドに向かうことになったのだとか。


「それで冒険者ギルドに到着したんだが――」


 中に入ると受付にはチエがいた。それもいけしゃあしゃあと。まさかいるとは思わなかったのでルード以外の全員が驚いたのだが、もっと驚いたのはルードの行動。他の受付が空いているのに、敢えてチエの元へと向かったらしい。


「その後さ、チエが『あれー、遅かったですねー。依頼完了の手続きをするから待っててくださーい』って言ったんだよ。もう、憎たらしい言い方でさ」


「あれは殺意を覚えましたね。ドヤった顔も相まって余計に腹立つんすよ」


 五分ほどして、チエがギルマスを伴って戻ってきた。


 また難癖をつけて時間稼ぎでもするつもりだろうと皆が思ったそうだが、その陰湿そうな顔立ちの、長身(ちょうしん)痩躯(そうく)の長い黒髪の男を見たヤス君とフィルは「あ!」と同時に指差した。


 ギルマスの方も二人に見覚えがあったようで、慌ててチエを連れて逃げ出そうとした。


「よっぽど焦ったんでしょうね。《影転移》って叫んだんすよ」


 そう、このときに俺は《影転移》の制限について知ることになったのだ。使われたにも拘らず発動しなかったことがそれを知る切っ掛けとなった。


「なんで発動しなかったの?」


「多分、チエが拒否したからっすね」


「『やーめーてーよー、なんで逃げるのー、はーなーしーてー』って感じ」


「似てるな。けど実際はもっとごねた感じで腹の立つ言い方だったけどな」


「いや、サクちゃん、モノマネ大会の審査員じゃないんだから」


 ヤス君の見解によれば《影転移》は連れて行く者の許可がないと一緒に転移することができないという制限があるらしい。


 しかも拒否する相手が体に触れている場合は自身も《影転移》を行使できないようだったという。


「へー、なるほどねー。で、それからどうなったの?」


「ギルマスとチエがもたもたしている間に、ルードがギルマスを殴ったんだよ」


 俺は「ん?」と首を捻り、赤黒いじゃがいもを見て指差す。


「つまり、あれがハンを名乗ってた黒いローブの男でギルマス?」


「うん、そうだよ」


「えーっと、ルードは何発殴ったのかな?」


「見た限りでは、一発、だと思う」


 嘘だろおい。一発であんなんなるってどんな腕力してるんだ。


 そもそも殴った理由は、チエが嫌がっていたからだというからまた驚き。ルードは一体どういう奴なのかがサッパリ分からない。


「まさか、チエに想いを寄せているとかではないよね?」


「あー、それはないっすね。ルードの場合は、何か違うんすよ。なんていうんすかね、害意のない嘘をいっぱいついてる感じがしますし、上手く言えないっすけど、存在が人間離れしてるというか、神がかっているというか」


「はっきり言って最強だ。奴の顔を殴ったときも振り抜いてなかったからな。それどころか、俺の見間違いじゃなければ寸止めの風圧でああなった」


「何それ化け物じゃん⁉」


「それ本人を目の前にして叫ぶ言葉じゃないよね。失礼極まりない」


 何があったかは途中まで聞いたが、どうして冒険者ギルドの前で戦闘態勢をとっているのかが分からない。それを聞こうとしたときに、出入口に巨大な火の玉が出現して飛んできた。轟っという音が聞こえ、肌が一瞬で熱くなる。


「ルード!」


 俺は叫んだ。上半身を丸飲みにしそうな脅威的な火術攻撃。当たれば無傷では済まないと感覚で分かる。あれは危険だ。避けなければ駄目だ。


 くそっ、間に合わない! ルード!

 

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